社会的背景と研究の経緯
食料自給率の向上のため、我が国の基幹農産物である米の消費を拡大してゆくことは、重要な研究課題となっています。これまで、小麦に含まれる蛋白質(グルテン)を添加した米粉パンが開発されてきましたが、小麦アレルギーの方は摂取できないなどの問題点がありました。そこで農研機構では、グルテン不使用の米粉100%パンの研究開発に取り組んできました。
研究の内容・意義
グルタチオンは様々な生物の体内に存在し、サプリメントにも利用されています。これを米粉生地に添加し、一晩放置後に発酵させることで、パンの容積比を約2.4 倍に高めることができました(図1)。この米粉パンは小麦パンと同じような多孔性の微細構造をもち、パン酵母が発酵により産生した炭酸ガスを閉じ込めていたことを示し
ています(図2上)が、小麦パンやグルタチオンを添加しない米粉パンに比べて表面が滑らかになっている (図2下) ことから、米デンプンが十分に水和することで膨潤・糊化しやすくなっていると推察できます。
- グルタチオン添加米粉パンの特性について

米粉生地にグルタチオンを添加することで発酵時の膨らみが増大し、パンの容積比が高まります。米粉パンの製造に必要な原料は100%米粉(グルテン不使用)、水、グルタチオン、酵母、砂糖のみで小麦パンに必須な食塩の添加は不要です。

グルタチオンを添加した米粉パンは小麦パンと同じような多孔構造をもっています (x30)。一方、小麦パンやグルタチオン無添加米粉パンがデンプン粒の痕跡を残しているのに対し、グルタチオン添加米粉パンは表面が滑らかになっています (x1000)。これは、グルタチオンの作用によりデンプンが十分に膨潤・糊化していることを示しています。
- グルタチオンがデンプンの膨潤・糊化を促進するメカニズム
グルタチオンの添加が米粉の製パン性を高めるメカニズムはまだ明らかになっていません。デンプンが糊化する際には蛋白質が分子間で結合することにより高分子化し、これがバリアとなって糊化を妨げると考えられています。本研究ではグルタチオンが蛋白質間の結合を切断することでそのバリアを破壊し、膨潤・糊化を促進することが推察されます。論文を投稿した際の審査員から
も”extremely interesting and novel approach(極めて興味深く新しいアプローチ)”と評されています。
今後の予定・期待
本研究成果は100%米粉パン(グルテン不使用)をはじめ、米粉を原料とした新しい食品の開発に広く利用が期待できます。また、食塩を全く添加しなくてもパンが膨らむため、減塩食品の開発にも利用できます。
また、この原理を利用した他の穀物の加工への応用も期待されます。
用語の解説
グルタチオン
3つのアミノ酸からなるトリペプチド「γ-L-グルタミル-L-システイニルグリシン」で、広く生物が持っています。
グルテン
小麦由来のタンパク質で、その粘り気が、パン酵母が出す発酵ガスを閉じこめるため小麦パンが膨らみます。米はグルテンをもたないため、ほとんどの米粉パンでグルテンやそれに代わる増粘剤が添加されています。