【背景】
養豚業で発生する豚舎汚水の中には、水質汚染物質である高濃度のリンが含まれており、汚水を放流する前にリンを除去する必要があります。また、リンは枯渇が懸念される有限資源でもあるため、汚水中のリンを回収し再利用することが望まれています。
豚舎汚水にはリン酸イオン、マグネシウムイオン、アンモニウムイオンなどが、リン酸を結晶化するMAP(リン酸マグネシウムアンモニウム)反応にちょうど適した濃度で含まれています。そのため、何らかの方法で豚舎汚水のpHを8~8.5の結晶化に適した値にまで上昇させれば、リン酸の結晶化反応が進行します。苛性ソーダなどのアルカリ剤を加えれば確実にpHを上昇させることができますが、劇物であるため養豚農家が用いるのには適しません。そこで簡便で安全な手段として、曝気により汚水中に溶存していた炭酸ガスを追い出しpHを上昇させる方法を採用してリンを結晶化させ、さらにはこれを回収することができる装置を開発するとともに、回収したリンの再利用の可能性についても検討してきました。
【リン除去回収技術の概要】
- 汚水処理施設のうち汚水原水が流入する部分に、汚水中に空気を送る「曝気部」と、汚水中の固形分を沈殿分離する「沈殿部」を併せて有するMAPリアクターを設置します(図1)。
- 曝気することで汚水のpHを8~8.5まで上昇させることができます(図2)。
- 汚水のpHが上昇すると結晶化反応であるMAP反応が進行します。生成したMAPや汚水中の浮遊物質をMAPリアクターの沈澱分離機能により汚水から取り除くことで、汚水中の全リン濃度や浮遊物質濃度が低減化できます(図2)。
- 曝気している槽に金網などの回収用部材を沈めると、その表面にMAPが付着・成長します。付着・成長したMAPは回収用部材を引き上げた後に容易に剥落させることができます。(MAP付着回収法)(特許第4129953号:畜舎汚水からの燐回収装置)(図1、図3)
- 生成されるMAPのほぼ5割をMAP付着回収法にて回収できます。また、1m3の豚舎汚水から最大で約170gのMAPを回収できます。肥育豚1,000頭規模の一貫経営の養豚場を想定すると、最大で1日におよそ1. 7kgのMAPが回収できることになります。但し、回収できるMAP量は豚舎汚水の性質(リン酸イオン濃度など)により異なりますので注意が必要です。
- MAPリアクターの設置コストを抑制する手段として、既設の最初沈殿槽や流量調整槽の一部を区切り曝気用の設備を付設し簡易MAPリアクターを構築して対応する方法もあり、この方法でもMAPリアクターとほぼ同等の機能を発揮できることが明らかになりました(図4)。
- 剥落させて回収したMAPは、天日乾燥後、肥料会社等における加工を経ることなく、直ちに肥料等として利用できることが明らかになってきました。市販のリン酸肥料よりもゆっくりと溶出すること、土壌のpHによりMAP中リン酸の溶出のパターンが異なること(図5)、市販のリン酸肥料に比べタマネギ栽培にMAPが優れていること(表1)、などが明らかにされつつあります。釉薬などの陶磁器原料としての利用も検討しています。
- 除去回収効率を向上させたい場合は、曝気を実施している槽へのニガリ液(塩化マグネシウム液)などのマグネシウム液の添加が有効です(図1)。入手が容易な場合は海水(約0.12%のマグネシウムイオンを含有)を利用することで、低コスト化をはかることも可能です。
- 曝気部での発泡が激しい場合は、消泡用油の添加が有効です。
【リン除去回収技術の実用化の効果】
わが国は必要とするリンを全て輸入に頼っていることに加え、近年の穀物増産等に連動してリン価格が急騰していることから、今後リンの回収再利用の動きはますます強くなるものと思われます。そのような情勢の中、本技術は簡便な手段にて豚舎汚水中リンを除去できると同時に回収もできることから、養豚農家でも実施可能な水質汚濁物質濃度低減化と有限枯渇資源回収を同時に実施できる技術として、今後の普及が期待されます。

図1 結晶化法による豚舎汚水中リンの除去回収技術の概要図

図2 3年間にわたるMAPリアクターの実証試験における運転性能
(畜産草地研究所にて実施した実証試験)

図3 MAP付着回収法の実証試験の様子(畜産草地研究所にて実施)
A:MAPリアクター曝気部へ浸漬する直前のMAP付着回収用部材
B:曝気部中へ1月間浸漬後に引上げ解体中の回収用部材
C:回収用部材へのMAPの付着状況
D:付着したMAPを剥落し乾燥中のもの

図4 国内の養豚農家(肥育豚2,400頭規模一貫経営)における実証試験の一例
A:既設の流量調整槽の一部を区切り曝気設備を付設して構築した簡易MAPリアクター
B:簡易MAPリアクターの曝気部に浸漬させたMAP付着回収用部材(金網)
C:回収用部材表面に付着したMAPの拡大図
D:付着したMAPを剥落し乾燥中のもの)

図5 pHの異なる土壌におけるMAP中リン酸の溶出特性
(溶出特性は、回収されたMAPをガラス繊維ろ紙に封入後、国頭マージ(pH4.6)、島尻マージ(pH6.7)、ジャーガル(pH7.9)の3種土壌に埋設し、一定期間に溶出したリン酸量により評価した。)
表1 回収されたMAPの施用が各種作物の収量に及ぼす影響

【用語解説】
豚舎汚水:
養豚業で発生する汚水のこと。豚尿や豚舎の洗い水の他に、程度の差はありますが豚ふんの一部も混じっています。
MAP:
リン酸マグネシウムアンモニウムの英名Magnesium Ammonium Phosphateの略称。ストラバイト(Struvite)ともいいます。MAP反応により生成される白色の結晶。汚水処理施設にて自然に生成し配管やポンプ部に付着したMAPはスケールと呼ばれ、配管の閉塞やポンプの故障などのトラブル(スケールトラブル)の原因となることが知られています。
MAP反応:
下記の化学式で示される結晶化反応(化学反応)。リン酸イオン、アンモニウムイオン、マグネシウムイオンが等モルずつ結合してMAP結晶を生成。弱アルカリ環境下(pH=8~9)で反応は最大となります。
HPO42- + NH4+ + Mg2+ + OH- + 6H2O → MgNH4PO4・6H2O (MAP)↓ + H2O
苛性ソーダ:
水酸化ナトリウムのこと。pH値を上昇させる場合の薬剤(アルカリ剤)として利用されています。劇物指定。
汚水処理施設:
汚水を浄化するための施設。養豚業で利用されている代表的な汚水処理施設は、下記のように大きく分けて3つのステップから構成されています。
- 前処理設備(スクリーン処理設備、最初沈殿処理設備、流量調整設備)
- 活性汚泥設備
- 後処理設備(最終沈殿処理設備、高度処理設備)
リアクター:
処理を行う反応装置の呼称です。例えばMAPリアクターは、MAP反応を引き起こすための反応装置で、pH上昇のための曝気部と汚水中固形物を沈殿除去するための沈殿部を併せ有しています。
回収用部材:
MAPをその表面に付着させて回収するための部材。ステンレスの金網やパンチングメタルなどで構成されます。
MAP付着回収法:
MAPリアクターの曝気部にMAPを回収するための回収用部材を浸漬させ、MAPをその部材表面に付着させて回収する方法。
市販のリン酸肥料:
重焼リンや過リン酸石灰など。
ニガリ液:
海水からの製塩工程にて副次的に生成される塩化マグネシウムを高濃度で含む液体で、マグネシウムイオンを高濃度に含有しています。
海水:
およそ0.12%のマグネシウムイオンを含有しています。但し、河川水が流入する河口周辺ではマグネシウム濃度が比較的低くなっているため注意が必要です。
消泡用油:
汚水処理施設の曝気をしている箇所において発生する泡を抑制するための油。汚水処理用としてはシリコン油などが利用されています。
一貫経営:
子豚の生産からその肥育まで全てを行う養豚経営の一形態。
曝気:
エアーポンプなどを用いて汚水などに空気を送り込む操作をいいます。汚水を浄化するプロセスにおいて一般的に用いられており、多くの養豚農家にとっても馴染みのある操作です。