プレスリリース (研究成果)大豆の安定生産と規模拡大を可能にする画期的な播種技術「ディスク式高速一工程播種法」
- 専用アタッチメント市販化にともない標準作業手順書と動画を公開 -
ポイント
農研機構は、逆転ロータリ1) と大型サイドディスク2) を活用したダイズの省力高能率播種作業と大雨でも湿害を軽減し安定生産を可能とする「ディスク式高速一工程播種法」を開発しました。この度、本播種法の実施に必要なサイドディスクアタッチメントを松山株式会社が市販したことから、本播種法を広く普及するために、作業機の設定方法やダイズを播種するためのポイントを分かりやすく解説した標準作業手順書と動画を公開しました。
概要
国内のダイズの生産量を増加させることは国策として掲げられていますが、国内のダイズの生産量は栽培年による変動が極めて大きくなっています。その要因の1つが、近年多発する豪雨による湿害の発生であることから、湿害に強い栽培技術の開発が重要となっています。また、農業従事者の減少により1経営体あたりの作付面積が増加しており、高能率な作業体系を確立する必要があります。
これまでに農研機構では、湿害による減収の軽減と高能率播種作業を両立するために、ムギ類収穫後の未耕起ほ場におけるダイズの「一工程浅( いちこうていせん ) 耕( こう ) 播種法( はしゅほう 」を開発してきました(2023年3月14日プレスリリース)。本播種法を実施するのに必要な専用アタッチメントが2024年10月より松山株式会社から全国販売されました。
今回、本播種法の特徴が明確に伝わるように名称を「ディスク式高速一工程播種法」と改めて、技術普及を図るために、標準作業手順書と動画を公開しました。標準作業手順書では、本播種法の特徴と湿害回避効果、作業体系および作業機の設定方法を図表や写真を使って詳しく解説しています。また、動画では本播種法を用いた播種の様子を中心に標準作業手順書の内容を5分程度にまとめています。これらを活用することで、播種作業の省力高能率化とダイズの安定生産に貢献できます。
関連情報
予算:農林水産省委託プロジェクト研究「センシング技術を駆使した畑作物の早期普及と効率的生産システムの確立」JP20319897
2023年3月14日プレスリリース 『湿害に強いダイズ「一工程浅耕播種法」の開発 -湿害による減収軽減と高能率播種作業を両立し、単収増へ-』
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/karc/157480.html
特許:第7085744号
問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構 九州沖縄農業研究センター 所長澁谷 美紀
研究担当 者 :
同 暖地水田輪作研究領域 上級研究員松尾 直樹
広報担当 者 :
同 研究推進室 広報チーム長緒方 靖大
詳細情報
開発の社会的背景
近年、豪雨等の天候不順によりダイズの単収の年次変動が大きくなっています。特に九州地域においては、2010年以降単収が右下がりに減少傾向にあり、2000年代後半には10aあたりの単収は200kg前後だったのが、2020年代前半には同100kg前後まで減少しました。また、全国的にはダイズの作付経営体数は2020年で5万経営体と2015年からの5年間で4割減少していますが、1経営体当たりのダイズ作付面積は、2020年に2.7haと2015年の約1.6倍となっています。これらのことから、ダイズの安定多収を実現する効率的な栽培技術や作業体系へのニーズが高まっています。
研究の経緯
農研機構は、湿害による減収軽減と高能率播種作業を両立するために、逆転ロータリと大型サイドディスクを利用したムギ類収穫後の未耕起ほ場におけるダイズの「一工程浅耕播種法」の開発に成功しました。2024年10月より松山株式会社から、作業幅2.2mの逆転ロータリで本播種法を実施するためのサイドディスクアタッチメントが全国販売されることになりました。
今回、本播種法の特徴が明確に伝わるように名称を「ディスク式高速一工程播種法」と改めて、多くの方に使っていただくために、標準作業手順書と動画を公開しました。標準作業手順書では、本播種法の特徴と湿害回避効果、作業体系および作業機の設定方法について図表や写真を使って詳しく解説しています。また、動画では本播種法を用いた播種の様子を中心に標準作業手順書の内容を5分程度にまとめています。
研究の内容・意義
標準作業手順書と動画に掲載されている、作業機の設定方法の一例と本播種法を導入した経営体における省力効果および経費削減効果をあわせて紹介します。
本播種法を実施するには、逆転ロータリ(BUR2210H)の側板に専用のサイドディスクアタッチメント「溝付ディスク(BUR10-MD)」を取り付けます(図1 )。本播種法での排水溝形成による湿害回避効果を高め、浅耕播種を行っても播種床を均一に形成するために、ロータリの初期設定の仕様からいくつか設定を変更する必要があります。これらの作業工程について標準作業手順書と動画で詳しく解説しています。また、ムギ類収穫後の未耕起ほ場において、前起こしせずに一工程でダイズを浅耕播種するための機材の設定方法についても詳しく解説しています。
以下に、本播種法を導入された生産者の省力効果や経費削減効果について3つの事例をご紹介します。
事例1) 播種作業の効率化
ダイズを80~90ha規模で作付けされている農事組合法人Aでは、導入前は、前起こしを行った後に正転ロータリで播種を行っており、砕土率3) を上げる必要があるため低速で播種を行った結果、10aあたりの作業時間は約35分でした。導入後は前起こし作業を省略でき、さらに本播種法は砕土率を高く維持したまま高速で作業が行えるため10aあたりの作業時間が約12分に短縮されたことで、播種に関わる作業時間を60%以上削減でき(図2 )、1日1台あたり3ha播種できました。本播種法では浅耕播種を行うためトラクタにかかる負荷が軽減され、100馬力のトラクタで播種すると、逆転ロータリを使った播種では高速な時速3.0~3.5kmで作業ができました。
事例2)高土壌水分での播種・省力低コスト化
ダイズを15ha程作付けされている個人生産者Bでは、導入前は2名で前起こしと播種の組み作業を行っていましたが、導入後は前起こしを省略できるため1名での播種が可能となりました。また、本播種法はコムギ収穫後のほ場を未耕起状態で維持するため、降雨後でもほ場に過剰な滞水はなく、土壌水分が比較的高い条件でも播種が可能で(図3 )、1日あたり2~2.5ha播種ができ、1名の作業でも適期に播種作業を終えることができました。さらに、トラクタの稼働台数が2台から1台に減ったことで、ダイズの播種作業にかかる燃料費はおおよそ半減しました。
事例3)省力低コスト化
ダイズを40ha規模で作付けされている株式会社Cでは、導入前は前起こしに3名、組み作業での播種に2名の計5名で作業を実施していました(図4 )。導入後は、前起こしが不要なため本播種法による播種作業に1名、慣行の播種作業(前起こし+播種)に2名の計3名での作業が可能となり、残りの2名により乗用管理機で播種直後に土壌処理除草剤散布を行うことができました。導入前は5名全員で播種作業を行い、すべてのほ場の播種終了後に土壌処理除草剤を散布していたため、一部のほ場では散布遅れから雑草害が発生していましたが、導入後はすべてのほ場で播種直後に土壌処理除草剤を散布できました。ダイズ栽培に関する作業の中でも、多くの労働時間を要する前起こし作業のオペレーター数が減ったことで、ダイズ播種に関する7月の残業代を13%削減できました(図5 )。また、導入前はトラクタ5台を稼働していましたが、導入後は3台に減ったことで、播種作業にかかる燃料費を約12万円削減できました。
今後の予定・期待
本播種法は、降雨による湿害リスクが大きく、効率的な播種作業が求められる地域で利用できます。本日公開した標準作業手順書と動画では、ダイズの播種に関する解説や導入事例を紹介していますが、今後は水稲後もしくはダイズ後のムギ類の一工程播種にも利用拡大する予定です。様々な土地利用型作物、特に湿害の出やすい水田転換畑での播種法として広く活用されることが期待されます。
用語の解説
逆転ロータリ
ロータリ爪軸の回転方向がトラクタの車輪回転方向と反対になるロータリです。耕うんした土が後方に跳ね上げられ、大きな土塊やワラなどの残渣はロータリカバー内の櫛(レーキ)を通過できずに落ち、通過した細かい土が大きな土塊の上に落ちます。その結果、下層は粗く、上層は細かい二層構造の播種床が形成されます。上層の細かい土壌に播種することで一工程での播種が可能になりますが、作業速度が遅いことが課題です。本播種法では、逆転ロータリであっても浅耕播種することが可能になり作業速度を上げることができました。[ポイントへ戻る]
大型サイドディスク
ロータリ側板に取り付けるアタッチメントで、大型の排水溝の確保とともに掘り上げた土壌を耕うん部へ供給することで浅耕播種の土壌不足を補う効果があり、ロータリ側板へのワラや雑草の絡みつきを軽減させる効果もあります。[ポイントへ戻る]
砕土率
耕起後のほ場の土壌(作土約5kg程度)のうち、一般的に20mmのふるい目を通過した土壌の質量割合のことです。[研究の内容・意義へ戻る]
発表論文
Naoki MATSUO, Shinori TSUCHIYA, Keiko NAKANO and Koichiro FUKAMI (2019) Design and evaluation of a one-operation shallow up-cut tillage sowing method for soybean production. Plant Production Science, 22: 465-478.
松尾直樹、中野恵子、大段秀記、深見公一郎、高橋仁康 (2023) 逆転ロータリを活用した一工程浅耕播種による北部九州における気象リスク下でのダイズの減収抑制効果、日本作物学会紀事、92(2): 161-172.
参考図
図1 市販の逆転ロータリ(BUR2210H)の側板に専用のサイドディスクアタッチメント 「溝付ディスク(BUR10-MD)」(黄色囲み)を取り付けた様子。
図2 農事組合法人Aにおける本播種法の導入前後の10a当たりの播種作業時間の変化。
図3 個人生産者Bにおける高水分条件で播種した際の土壌の様子。
播種当日の3~5日前に合計73mmの降雨があり、握れば容易に固まるほど土壌水分が高い条件でも播種可能でした。
図4 株式会社Cにおける本播種法の導入前後のオペレーターの人員配置の変化。
図5 株式会社Cの本播種法の導入前後のダイズ播種月(7月)におけるオペレーターの残業代の変化。