プレスリリース (研究成果)湿害に強いダイズ「一工程浅耕播種法 ( いちこうていせんこうはしゅほう ) 」の開発
- 湿害による減収軽減と高能率播種作業を両立し、単収増へ -
ポイント
農研機構は、降雨後でも速やかに播種可能で、播種後の降雨による湿害にも有効な逆転ロータリ1) を用いたダイズの一工程浅耕播種法を開発しました。播種時にサイドディスク2) で畝両側に排水用の溝を作りながら浅耕播種をすることで、逆転ロータリとしては高速な時速3km/h以上の播種作業を、ムギ類(コムギ・オオムギ含む)収穫後に一工程で行うことができます。本技術は、近年頻発するダイズの減収をもたらす豪雨などの降水リスク軽減と高能率播種作業を両立します。
概要
近年ダイズの主産地である九州北部では、生育期間の豪雨による湿害によりダイズの単収が大幅に減少する事例が増加傾向にあります。そのため、湿害に強い栽培技術の開発が喫緊の課題となっています。また、農業人口の減少や高齢化が進んでおり一経営体当たりの耕作面積が増加していることから、高能率かつ省力的な栽培技術も求められています。
これまで、省力的な湿害対策として逆転ロータリでムギ類収穫後の耕起と畝立て播種を一工程で行う、耕うん同時畝立て播種法3) が開発されてきましたが、生産現場では播種速度が遅いことが問題となっていました。また、播種速度の向上を目的に浅耕にすると、播種部分の土壌が不足する問題がありました。そこで、逆転ロータリの前方に大型のサイドディスクを取り付け、畝の両側に排水用の溝を掘り、掘り上げた土壌を播種部分へ供給して浅耕播種を実施し、豪雨などによる湿害を軽減しながら安定した高速作業を実施する播種方法を開発しました(図1 )。
生育期間中の降水量が多く、湿害が発生した2019年から2021年の3年間、福岡県の現地ほ場で生産者による慣行栽培と比較試験を行ったところ、慣行栽培比で作業速度が平均31%向上することにより10a当たり作業時間が13%短縮し、単収は52%増加しました。
今回開発した播種技術は、深刻化する豪雨などの降水リスクに対応可能な湿害対策としてダイズの安定生産に貢献します。また、一工程での高速播種による効率化は、ダイズ栽培面積の拡大に繋がることが期待されます。
関連情報
予算:農林水産省委託プロジェクト研究「多収阻害要因の診断法及び対策技術の開発」JP15653568、生研支援センター「革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)ドローンの高精度リモートセンシング技術の活用による乾田直播を基軸とした暖地水田輪作高収益化技術の開発と実証」JP19189824、農林水産省委託プロジェクト研究「センシング技術を駆使した畑作物の早期普及と効率的生産システムの確立」JP20319897 特許:第7085744号
問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構九州沖縄農業研究センター 所長 森田 敏
研究担当 者 :
同 暖地水田輪作研究領域 主任研究員 松尾 直樹
広報担当 者 :
同 研究推進室 広報チーム長 仲里 博幸
詳細情報
開発の社会的背景
農林水産省は「食料・農業・農村基本計画」において、2018年度に21万トンであったダイズの生産量を2030年度に34万トンまで増産することを目標に掲げています。しかしながら全国的なダイズの平均単収は160kg/10aを前後で、収量水準はここ30年間横ばいで推移しています。
一方で、九州のダイズの単収は2008年以降右肩下がりで低下しており、特に、2019年から2021年の3年間の平均単収は約100kg/10aと全国平均を大きく下回っています(図2 )。ダイズは湿害に弱い作物であり、2008年以降に生育期間中の降水量が増加していることが、近年の低収の一因となっていると考えられ、今後のダイズの安定生産に向けて湿害対策が重要となっています。
なお、主食用米の需要減に伴い、転作作物となるダイズの作付面積は今後増えることが予想されます。また、農業従事者の減少や高齢化による農地の集積が進んでいることから、一経営体の耕作面積は増加しています。
これらの状況から、大面積のダイズ栽培を少ない人数で行うための高能率(作業が速い)かつ省力的(作業工程が少ない)な作業体系の確立が喫緊の課題となっています。
研究の経緯
これまで農研機構では、省力的な湿害対策として逆転ロータリでムギ類収穫後の耕起とダイズの畝立て播種を一工程で行う「耕うん同時畝立て播種法」を開発してきました。逆転ロータリは砕土率4) が高く、前作の麦わらの埋没性も高いため、ムギ類収穫後の未耕起ほ場におけるダイズの一工程播種に適していますが、トラクタの進行方向と反対向きにロータリ爪が回転するため、正転ロータリ5) に比べて所要動力6) が大きく、作業速度が遅いことが課題となっていました。一般的に、耕起深度を浅くする浅耕により所要動力が小さくなるため作業速度を向上させることができますが、逆転ロータリでは単に浅耕するだけではロータリ内へ供給される土壌の量が不足するため播種床が不均一となるという問題が生じて実用化されていませんでした。
そこで、既存技術である「小明渠作溝(しょうめいきょさっこう)同時浅耕播種機7) 」の構造を参考に、作溝用のサイドディスクを逆転ロータリ前方に取り付けるアタッチメントを開発し、(1)サイドディスクで畝両側に溝を掘ることで排水対策を実施すること、(2)掘り上げた十分量の土壌をロータリ内へ供給することで、逆転ロータリによる浅耕播種であっても均一な播種床を形成すること、(3)浅耕播種により作業速度を向上させること、(4)ムギ後未耕起ほ場において一工程で省力的にダイズ播種を行うことの4課題を同時に実施可能な播種技術の開発に取り組みました。また、実際の生産現場において開発機の性能を慣行播種法との比較により評価しました。
研究の内容・意義
逆転ロータリの前方にアタッチメントを介してサイドディスクを側板に取り付けます(図1右上 )。サイドディスクの底がロータリ爪の底より5cm程度深くなるよう取り付けるのがポイントです。普通耕播種(図1左上 )と比較して、浅耕播種ではロータリ側板と地表面に空間が生じるのが特徴で、横から見るとロータリ爪が見えます(図1右上 )。
浅耕播種では逆転ロータリによる普通耕播種より耕深が5cm程度浅くなります(図1左下 )。サイドディスクがロータリ爪より深い位置にあるため、畝の両側は土が削られ溝ができます(図3左 )。この時削られた土がロータリ内へ十分量供給されるため均一な播種床が形成され、逆転ロータリで浅耕播種する際に均一な播種床が成形できないという課題が解消されました。さらに、この溝が排水溝となり(図3右 )、降雨後に地表面に溜まった余剰水が速やかに排水されます。さらに、排水効果を高めるため、落水口と排水溝を確実に連結することが重要となります。
ダイズの生育期間中に降水量の多かった2019~2021年の3年間、福岡県の現地ほ場において、正転ロータリを用いた慣行播種法と本一工程浅耕播種法の比較試験を行いました。2021年8月は月降水量が1000mmを超え、実証期間中で最多となる降水量が記録されました(図4下 )。この年の地表面下5cmの土壌の体積含水率8) を測定したところ、慣行播種では降雨中あるいは降雨後に土壌の体積含水率が高い値で一定となる期間が続き(図4上 )、過湿状態が長期間継続したことにより葉の黄化が確認されました(図5左 )。一方、一工程浅耕播種では土壌の体積含水率は一時的に高まったものの、慣行播種と比較し過湿継続時間が短く(図4上 )、降雨後の土壌の体積含水率は低い値まで下がり、降雨後の葉の黄化は抑制されました(図5右 )。
実証した3か年の単収は、湿害が発生した生育時期や降水量が栽培年によりそれぞれ異なったため年次変動がありますが、一工程浅耕播種が慣行播種を35~67%(平均で52%)上回る結果となりました(図6 )。
ムギ後未耕起ほ場において試験を行った結果、慣行播種と比べて一工程浅耕播種では作業速度が慣行栽培比で3年平均31%(0.8km/h)向上し、同様に10a当たりの作業時間は13%(3.5分/10a)程度短縮されました(図7 )。また、一工程浅耕播種の砕土率は81%と慣行播種の67%よりも14%高く、一工程でも逆転ロータリを使用しているため耕起層の砕土率が高く維持されました(図7 )。
今後の予定・期待
今回開発された播種法で必要なサイドディスクを取り付けるアタッチメントについては、現在市販化に向けて農機メーカーと協議を進めています。本手法が普及することで、近年頻発する豪雨などの際の湿害による減収が軽減され、ダイズの安定生産に貢献することが期待されます。また、一工程で高速播種ができるため、播種作業にかかる時間が短縮されることで、作業可能日数が増え、農地の規模拡大への貢献も期待されます。本手法の主な導入予定地域は、作目の切り替え時間の短い多毛作地帯を想定しています。ムギ後ダイズの播種だけでなく、ダイズ後のムギ作においても本開発機により一工程で浅耕播種が行えることを確認しています。
用語の解説
発表論文
Naoki MATSUO, Shinori TSUCHIYA, Keiko NAKANO and Koichiro FUKAMI (2019) Design and evaluation of a one-operation shallow up-cut tillage sowing method for soybean production. Plant Production Science, 22: 465-478.
松尾直樹、中野恵子、大段秀樹、深見公一郎、高橋仁康 (2022) 逆転ロータリを活用した一工程浅耕播種による北部九州における気象リスク下でのダイズの減収抑制効果、日本作物学会紀事、受理済
参考図
図1 逆転ロータリの普通耕播種法(左)と今回開発した一工程浅耕播種法(右)による播種風景および播種作業時の概略図。左上の普通耕播種に比べ、今回開発した手法(右上)では、サイドディスクから持ち上げられた土がロータリ内へ運ばれ、均一な播種床形成に十分な土が供給されます。また、浅耕することでロータリ側板と地面との間に隙間が生じます。 注)下図の斜線部分がロータリ爪により耕起される土層。
図2 九州地域のダイズの単収と生育期間(7~10月)の降水量の推移 注)単収は作付面積が1000ha以上の九州4県(福岡県、佐賀県、熊本県、大分県)の各年度のダイズの平均値(e-Statより引用)。降水量は福岡市、佐賀市、熊本市、大分市のアメダスデータの平均値。
図3一工程浅耕播種法による播種直後の畝の断面図(左)と同内部構造(右)
図4 2021年8月の福岡県の生産者による慣行播種法と一工程浅耕播種法の土壌の体積含水率の比較(上)と降水量(下) 注)図中の横矢印は集中的な降雨があった期間を示す。降水量は現地ほ場に設置した雨量計で測定。当年において、一工程浅耕播種の土壌体積含水率が慣行播種より高いのは、前者の土壌中の隙間量が多かったためである。慣行播種では降雨ごとに土壌の隙間量が減少したのに対し、一工程浅耕播種では降雨を受けても減少しなかった。
図5 2021年における豪雨後の福岡県の生産者による慣行播種法(左)と一工程浅耕播種法(右)のダイズの立毛状況(8月25日撮影)。慣行播種では一工程浅耕播種と比較して過湿継続時間が長く、湿害により葉が黄化していた。
図6 2019~2021年の各年および3年平均した福岡県の生産者による慣行播種法と一工程浅耕播種法の収量。
図7福岡県の生産者による慣行播種法と一工程浅耕播種法による作業能率の比較 注)2019~2021年の平均値。