ポイント
土中の肥料を効率的に吸収できるように根系(根の形態)を改良することは、重要です。ほ場で栽培された作物の根系を計測するには掘り出し、土を洗い流す必要があります。労力がかかるうえ、根の形が崩れるため、これまで根系の評価は困難でした。農研機構は、X線CT(X線断層撮影)を用いて根の形を崩さずに水田で栽培したイネの根系を計測する技術を開発しました。
概要
近年の国際情勢の不安定さと円安により国内の肥料価格が高騰しています。また持続可能な社会の実現に向けて、農業における環境負荷の低減が国内外で望まれています。これらの社会問題に対応するために、低施肥栽培により適したイネ品種の育成が急務となっています。
低施肥栽培に適したイネ品種を育成するためには、未利用遺伝資源から低施肥栽培でも収量を維持する品種を見出し、肥料吸収に関連する育種形質を同定する必要があります。これら育種形質のうち、根系は肥料吸収に影響する重要な形質です。しかし、水田から根を掘り出すと土の中の立体的な根の構造が崩れてしまうため、正確な根系の観察ができません。また、水田から根を掘り上げて観察するためには、多くの労力と時間を必要とします。これらの問題が根系を改良した品種の育成のボトルネックとなっていました。
農研機構は上記の問題を解決するため、水田から収集した土壌ブロックの内部を非破壊で撮影できるX線断層撮影(Computed Tomography: CT)を用いたイネの根系の観察技術を開発しました。本技術では、水田で栽培したイネの根を土が崩れないように土壌ごと収集し、X線CTで撮影して土壌内部の根を非破壊で観察します。X線CT画像には土やわらなど根以外の物体も映り込みますが、根だけを抽出する画像処理法を新たに開発したことで、根のみの情報を取得することに成功しました。本技術を用いることで、土中の根の形を崩すことなく、水田で栽培したイネの根系を立体的に観察することが可能となりました。本技術の画像処理は自動で行われるため、必要な作業は水田からの根を含む土壌の採取と1個体あたり約10分のX線CTの撮影のみで済みます。例えば、従来の土から掘り出して根を洗って計測する手法では、1人が1日で1個体程度しか計測できませんでした(1人日)。500個体の品種や育成系統の根系を評価する場合、約500人日かかることになります。しかし、本技術を用いれば、500個体の評価が約10人日の労力で済み、従来の選抜育種過程では現実的な作業量ではなかった根系の評価が可能となりました。農研機構は本技術を低施肥栽培に適したイネ品種の育成に活用し、持続可能な農業の実現に貢献します。
関連情報
予算 : 農林水産省「戦略的プロジェクト研究推進事業:育種ビッグデータの整備および情報解析技術を活用した高度育種システムの開発(課題番号BAC2001)」、JSPS科学研究費助成事業(課題番号22K14871)、JST戦略的創造研究推進事業(課題番号JPMJCR17O1)、農研機構運営交付金