背景と経緯
北海道東部(道東)は、寒さが厳しく積雪が少ないため、冬に畑の土が凍結します。しかし近年、道東の十勝地方では初冬の積雪量が増加し、土壌凍結が浅くなってきています。その結果、畑で収穫漏れしたバレイショが凍結死せず、翌年に雑草化し「野良イモ」となる問題が深刻化しています。収穫後に小イモは1ヘクタールあたり数万から数10万個ほど畑に残り、越冬後、多いところで野良イモとして2万株以上発生します。野良イモは、雑草として畑地の肥料分を収奪して輪作の後作物の生育を阻害する他、病害虫の温床、異品種イモの混入要因にもなります。十勝地方は1戸当たりの畑面積が数10ヘクタール以上にも及ぶ大規模畑作地帯です。野良イモの防除には人力による抜き取り作業を強いられ、暑い農繁期に1ヘクタールあたり1人で数10時間にも及ぶ重労働を要します。その対策として、生産者の考案により「雪割り」(図1)が十勝地方で始まりました。しかし、経験と勘による雪割りでは野良イモ発生防止の確実性に問題がありました。
そこで農研機構は2011年に「雪割りによって土壌凍結深を制御する手法」を開発し、雪割りによりイモの越冬を効果的に防止できる方法を提案しました。雪割りの作業時間は1ヘクタールあたり数10分程度であり、大幅な省力化が実現しました。さらに、本手法をサポートする情報がWeb発信され、十勝地方で利用されています。2011年の段階では土壌凍結深30cm以上40cm未満を目標値として提案していました。
一般に、土が深く凍ると融雪水が土中に浸透し難くなることで、春作業の開始が遅れるという営農上の問題が生じます。さらに、温室効果ガスでありオゾン層破壊ガスである一酸化二窒素(N2O)の土からの排出量が増加するという環境上の問題が生じます。したがって、土壌凍結深は野良イモ発生を十分抑えられる範囲でできるだけ浅く制御する必要があります。一方、土が深く凍ることが化学肥料等に由来する硝酸態窒素の地下水・河川・海への流出を抑え、水質汚染を防ぐという環境保全的側面もあります。そのため、この影響も考慮した土壌凍結深の制御目標の見直しが求められていました。
内容・意義
農業生産性を高めつつ環境負荷を小さく抑える土壌凍結深の目標値を、約30cm(28cm以上33cm未満)に改定しました。土壌凍結深をこの範囲内にすることにより、野良イモ発生の防止、春作業の遅れの防止および土からの温室効果ガス排出抑制に加え硝酸態窒素の流出低減による水質汚染の低減効果が期待できます(図1)。この目標値は、火山灰土壌からなる実験ほ場もしくは現地実証試験で得られた以下の結果から決定しました。
? 野良イモの発生は年最大凍結深28cm以上でほぼ抑制できます(図2a)。
? 土壌凍結が浅いことで融雪水が浸透しやすくなる効果(図2b)と土壌凍結が深いことで硝酸態窒素が土に残りやすくなる効果(図2c)の両方が、土壌凍結深33cmでバランス良く得られます(図3)。
なお、透水性の低い圃場では土壌凍結深が33cmでは融雪水が浸透しにくくなる可能性があり注意が必要です。
今後の予定・期待
本成果は、本年度から実施中の農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業(現場ニーズ開発型)「土壌凍結深制御手法の高度化・理化学性改善技術への拡張と情報システムの社会実装」(2017~2019年)において、現在生産者に提供している「土壌凍結深制御の情報システム」に土の理化学性改善効果も含める計画です。現地試験では、土壌凍結深を制御すると後作の収量が増加することが確認されています。この理由は、土が凍ることにより肥料成分の流出が抑えられるためと考えられます。そこで、このプロジェクトにおいて、野良イモの発生防止に加えて、タマネギなどの作物の収量向上など、生産性向上のための土壌凍結深制御の効果を実証して、社会実装することを目指しています。この技術開発は、寒冷地における生産性向上と環境負荷低減に役立ちます。
雪割りによる土壌凍結深の制御は、世界の寒冷地に先駆けた、わが国オリジナルの農業技術です。冬季の気温が十分に低くかつある程度の積雪が見込まれるなど、技術の成立に一定の気象資源の制約はありますが、本技術は北海道十勝地方の他にオホーツク地方で活用が検討されつつあります。
用語の解説
1) 雪割り
除雪により土を凍らせる作業です。スノープラウを付けたトラクターやブルドーザーなどを用いて畑の積雪を一定間隔で割り、地表面を縞状に露出させます (図1右写真)。断熱材の役割をする雪がなくなった露出部分は凍結が進みますが、雪山の部分の土は凍りません。そこで、露出した部分の土が十分な深さまで凍結した後に、雪山になった部分を同様に機械作業により除雪して、十分な深さまで凍結した後に雪を割り戻すことで、広大な畑でも全面の土を凍らせることができます。この方法は、作業を畑の中で完結できることが特徴で、除雪した雪を捨てる場所を確保する必要がありません。
2) 土壌凍結
土に含まれている水が冷えて氷になること。気温の低下に伴い土の浅い部分から徐々に凍り、地中深く発達します。雪が積もると地面が断熱され土が冷えなくなります。
3) 十勝地方
北海道の中央にある日高山脈の東側にある平野部。コムギ・バレイショ・マメ類・テンサイなどの輪作体系が確立しているわが国最大の食料生産地帯で、ナガイモやキャベツなど野菜類の生産も盛んです。かつては厳寒少雪のため土壌凍結地帯と呼ばれ地表から50cm以上も土が凍ることがありましたが、近年では厳寒でも多雪のため、土壌凍結がほとんど起きない年もあります。
4) 硝酸態窒素(NO3-N)
化学肥料や堆肥などに含まれるアンモニウムイオンが微生物の作用をうけて変化した肥効成分で、水に溶けやすく、農地から川や海へ流れ出ると富栄養化の原因となります。
発表論文
Yosuke Yanai, Yukiyoshi Iwata, Tomoyoshi Hirota (2017) Optimum soil frost depth to alleviate climate change effects in cold region agriculture, Scientific Reports, 7: 44860, DOI: 10.1038/srep44860
著者: 柳井洋介†、岩田幸良‡、廣田知良
†現:農研機構本部、‡現:農研機構農村工学研究部門
参考図

図1 農業生産性を高めつつ環境負荷を低減するための土壌凍結深の調節
(左)雪割りのメリット
雪が少ない場合は土壌の凍結が深すぎることで、また、雪が多い場合は土壌の凍結が浅すぎることで、問題が生じます。雪割りにより土壌凍結深を30cm前後に調節することで、農業生産性の向上と環境負荷の低減を両立できます
(右)雪割りを行った畑

図2 年最大土壌凍結深と、野良イモ発生割合(a)、融雪水浸透割合(b)、硝酸態窒素の残留割合(c)の関係

図3 野良イモ発生を抑えつつ融雪水の浸透を妨げず、かつ硝酸態窒素を作土に残す土壌凍結深の探索
「野良イモ発生割合(赤)が低く、融雪水の浸透割合(青)がある程度高く、硝酸態窒素残留割合(紫)が高い土壌凍結深が望ましい。」