背景と経緯
イチゴ栽培では夏季に育苗した苗を9月に栽培ハウスに植え付けます。このときに苗が病害虫に汚染されていると、その後の防除が困難になります。これまで無病虫苗の確保には、化学農薬が使用されてきましたが、化学農薬に対する病害虫の抵抗性が発達し農薬が効きにくくなったため、農薬のみに頼らない防除法の開発が必要になってきました。そこで農研機構は、株式会社FTHとの共同研究により、一定温度以上の水蒸気をイチゴ苗に処理することで病害虫を防除する蒸熱処理防除装置を開発しましたが、装置が大型であったため使用電力が大きく、価格が高いという問題がありました。蒸熱処理による防除を広く普及させるためには、装置の小型化・省電力化・低コスト化が必要でした。
このたび農研機構は、株式会社FTH、エモテント・アグリ株式会社、三好アグリテック株式会社、福岡県、佐賀県農業試験研究センター、熊本県農業研究センターと共同研究を行い、蒸熱処理防除装置の小型化を実現しました。そこで、今年7月より新たな装置の販売を開始したところです。
小型化された蒸熱処理防除装置の特長(表1)
- 今回開発した小型の蒸熱処理防除装置(54×50×140cm、約30kg)は、イチゴ生産者が一般的に保有するプレハブ冷蔵庫(1?1.5坪)内に設置できます(写真1)
- 旧型の装置では一体となっていた処理庫の代わりに、断熱性と気密性が維持できる既設プレハブ冷蔵庫を活用することとし、そこへファンとヒーター、加湿用ミストノズル、温湿度センサーを一体化した装置本体を設置することにより、導入コストの低価格化を実現しました。
- 使用電力は最大で三相200V 30Aで、従来の大型装置よりも約70%省電力化しました。対応したコンセントがあれば新たな電源工事は不要です。
- 本装置は、保有する冷蔵庫に穴を1?2箇所あけ、庫外の制御盤との接続ケーブルを通すだけで簡単に設置できます。蒸熱処理の終了後、装置本体と接続ケーブルを庫内から取り出せば、元の冷蔵庫として利用できます((図1)。
- 病害虫の防除効果は従来の大型装置と変わらず、1回に約1000株の処理が可能です。
蒸熱処理と天敵などを組み合わせた防除体系をマニュアル化
- 蒸熱処理はイチゴの病害虫を蒸気によって直接的に殺虫・殺菌します。その温度や処理時間はイチゴ苗の耐熱性の上限にも近く、誤った操作を行うと苗にダメージが生じる場合があります((図2)。一方で処理後には様々な病害虫の感染・寄生にさらされる可能性があります。
- そのため、正しい蒸熱処理の方法と防除方法を分かりやすく説明したマニュアルを作成しました。生産者向けに装置の使い方や実際の防除の事例等を解説する第1部と、農業技術者向けに蒸熱処理の原理や防除効果の具体的なデータ等を詳述した第2部との2部構成になっています((写真2)。
- 本マニュアルでは、蒸熱処理した苗の果実生産能力を検証した結果についても記載しました。マニュアルで推奨する蒸熱処理条件(50°C、10分間)では、葉のダメージ面積は全体の20%以下となり、その後の果実生産にほとんど影響がないことを確認しています。
- 本マニュアルでは、蒸熱処理と天敵や気門封鎖剤を組み合わせた、定植期から年内までの病害虫防除法についても解説しています。この防除法は、化学薬剤抵抗性ナミハダニに対しても効果的です。うどんこ病に対する殺菌剤の使用も削減でき、年内の散布が9回から4回に減少した例もあります。
- 本マニュアルに沿った防除を行うことで、病害虫(ナミハダニ、うどんこ病)の年内の発生をほぼゼロにすることができます。
今後の予定・期待
- 防除マニュアルは、本装置を購入する生産者に配付します。また、蒸熱処理防除に興味のある生産者向けに、農研機構のホームページからダウンロード開始予定(2017年12月末頃)です。
- 蒸熱処理により化学農薬を用いずにイチゴ苗の消毒ができ、マニュアルに示したような天敵などを組み合わせた防除によって、さらなる減化学農薬を進めることができます。
- 今後、イチゴ以外の種苗への応用を検討していきます。
参考図
表1 小型化された蒸熱処理防除装置と従来の大型装置の比較


写真1 プレハブ冷蔵庫内の小型蒸熱処理防除装置
ステンレス製の装置本体(銀色の部分)は、幅54cm、奥行50cm、高さ140cm、重量約30kg。ファンとヒーター、加湿用ミストノズル、温湿度センサーを一体化したユニットとなっています。庫外の制御盤とケーブル類で接続されています。

図1 小型蒸熱処理防除装置の内部の気流の流れ

図2 10分間の蒸熱処理でのイチゴ苗と病害虫の耐熱性の関係
50°C、10分間の蒸熱処理でナミハダニの90%以上が死亡し、うどんこ病を100%防除できます。より高い温度では、イチゴ苗の葉に大きなダメージが生じるようになり、さらに高い温度では苗が枯死します。52°C、4分間処理では、ナミハダニはほぼ死滅しますが、葉に大きなダメージが残る可能性があります。

写真2 小型蒸熱処理防除装置を用いたイチゴ苗の病害虫防除マニュアル(表紙)
用語解説
1)蒸熱処理
蒸熱処理は、農作物に感染・寄生した病害虫を50°C前後の蒸気で殺菌・殺虫する方法です。これまで熱帯産果実内部の害虫を殺虫するため、原産国で輸出の際に蒸熱処理が利用されてきました。精密な温度制御により、果実には悪影響を与えずに病害虫を死滅させることができます。従来、大型装置による大量処理が可能な技術であったことから、果実などの収穫物が対象でしたが、そのままではイチゴ苗へ適用できませんでした。今回、蒸熱処理した苗の定植後の果実生産に悪影響がないことを最優先に考慮して、適切な蒸熱処理条件を設定した防除マニュアルを作成しました。