プレスリリース
(研究成果) 農業経営計画策定支援システムの開発とスマート農業経営指標の公開

- スマート農業の導入効果を見える化 -

情報公開日:2025年12月 3日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、水田作におけるスマート農業導入効果を可視化するための「農業経営計画策定支援システム」を開発し、その一部を公開しました。

このシステムは、スマート農業実証プロジェクトで得られたデータをもとに構築した農業経営指標1)と、それを活用してシミュレーションを行うWebアプリで構成されています。スマート農業を導入した効果を簡易にシミュレーションすることができます。

概要

スマート農業の導入には、追加の農業機械投資が必要となるため、収入増加や経費削減、労働時間の短縮といった生産性向上効果と、新たな経費負担を事前に評価し、詳細な経営計画を立てることが重要です。こうした効果は経営規模や立地条件によって異なるため、自らの経営条件に合わせた推計が求められます。

このため農研機構では、スマート農業技術の導入を検討している農業者や普及指導機関が、経営収支や年間作業時間の変化を、経営条件を変えながら繰り返しシミュレーションすることで、対象経営の現状や将来の経営意向に合ったスマート農業技術の導入計画を立てられる、「農業経営計画策定支援システム」の開発を進めてきました。

本システムは、水田作経営を対象に、スマート農業技術の導入効果を推計した農業経営指標のデータベースと、それを用いて個別の経営条件に応じた導入効果をシミュレーションできるWebアプリで構成されています。

今回、まず移植水稲を対象とした320の農業経営指標(スマート農業技術を導入した場合の指標については、「ロボットトラクタと慣行トラクタの協調作業」、「操舵支援付き田植機」、「ラジコン草刈機」、「防除用ドローン」など、フルセット導入を前提としたもの)と、それらを用いたWebアプリの提供を開始しました。

なお、一部のスマート農業技術のみを選択して導入する場合の効果を示す農業経営指標については、現在、提供方法を検討中です。また、水田作経営全体の計画策定に必要となる麦・大豆の農業経営指標についても、早期の提供に向け検証を進めています。

農業経営計画策定支援システムは、ユーザーがWebアプリ上で気候(寒地/寒冷地/温暖地/暖地)、地形(平地/中山間)、経営規模(15ha/30ha/50ha/80ha/100ha)、ほ場区画(大区画/中小区画)、品種(多収/慣行)を選択し、スマート農業と慣行農業の10a当たりの収量、販売単価、費目別経費、作業別労働時間などのデータセット=農業経営指標(合計320指標)をWAGRI2)から取得します。

本アプリでは、農地面積や小作料、常時従事者の人数や臨時雇用の利用などの条件を設定し、取得した農業経営指標を組み合わせて、売上高、変動費、減価償却費、経常利益などをシミュレーションできます(図1)。試算結果を比較することで、経営条件に合ったスマート農業技術の導入投資や、その効果を活かした規模拡大などの経営計画を事前に検討することが可能です。

さらに、労働時間は旬別に棒グラフで表示されるため、田植えや稲刈りなど、繁忙期の労働負荷の現状と、スマート農業導入による省力効果を視覚的に把握でき、規模拡大や雇用導入に向けた判断材料として活用できます。

図1農業経営計画策定支援のためのWebアプリの概要

関連情報

予算 : スマート農業産地形成実証(令和3年度補正)、生物系特定産業技術研究支援センター

: スタートアップ総合支援プログラム(SBIR支援)農林漁業者の高齢化や担い手不足等、生産現場の課題解消「スマート農業導入支援サービス」

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 本部 農業経営戦略部長宮武 恭一
研究担当者 :
同 農業経営戦略部 営農支援ユニット長松本 浩一
広報担当者 :
同 広報部広報課粕谷・笹村

詳細情報

開発の社会的背景

高齢化や労働力不足が急速に進行する中、農作業の効率化、作業負担の軽減、品質や収量の向上を図る手段として、スマート農業技術がますます重要になっています。しかし、スマート農業技術の導入には多くの投資を必要とする場合があり、その効果は経営規模や地域条件によって異なります。そのため、期待した効果が得られなかったり、過剰投資となったりするリスクが存在することが、導入をためらう要因の一つとなっていました。

研究の経緯

農研機構では、スマート農業技術の実用化に向けて、令和元年度から「スマート農業実証プロジェクト」に取り組み、技術の現場導入とその効果の検証を進めてきました。プロジェクトでは、作物・品種・作型・栽培方法・導入技術などの組み合わせ(技術区分)ごとに、収入、経費、耕種概要、労働時間などの技術・経営データを収集してきました。

これらの経営データをもとに、地域条件、経営規模、ほ場条件などの違いを反映させながら、スマート農業技術を導入した場合の10a当たりの収量、販売単価、費目別経費、作業別労働時間などの変化を定量的に推計し、「農業経営指標」を作成しました。さらに、この指標を活用して、導入効果や費用等をシミュレーションできるWebアプリを開発し、農業経営計画策定支援システムとして構築しました。

研究の内容・意義

■ Webアプリ操作画面

本システムでは、Webアプリを開くと最初に「生産計画設定」画面(図2)が表示され、ここで農業経営指標と経営条件の設定を行います。農業経営指標の設定では、「WAGRI取得」ボタンをクリックし、標準データセットの中から地域条件などを選択して、指標を取得します。取得した指標の詳細は、取得した各指標の「編集」ボタンから確認できます。

経営条件の設定は、「条件編集」ボタンから行い、労働力、臨時雇用、農地、固定費などを入力します。臨時雇用は、常時労働力の上限労働時間を超えた場合に自動的に雇用するよう設定されています。固定資産については、決算書の実績値や導入予定のスマート農機の価格などから算出した値を入力するのが望ましいですが、農業経営指標をCSV出力すると10a当たりの施設費・機械費が参考値として表示されるため、それに経営面積を乗じた値を用いることも可能です。

このように、ユーザーは自らの経営条件に合わせて柔軟に設定を行い、スマート農業導入の効果をシミュレーションすることが可能になります。

■ 農業経営指標の作成方法と特徴

農業経営指標は、スマート農業実証プロジェクトのうち、令和元年度に採択された水田作コンソーシアムから収集した約500件の技術・経営データをもとに作成されています。指標の作成には「経営改善予測値推計モデル」を用いており、単収、単価、費目別費用、作業別労働時間などの項目ごとに、地域条件、ほ場条件、経営規模、栽培方法、使用機械などを説明変数として、経営成果を線形回帰により推計しています(松本2025参照)。このモデルにより、一部のスマート農業技術のみを選択して導入した場合の効果も推計可能ですが、組み合わせが膨大になるため、今回公開する農業経営指標は、「ロボットトラクタと慣行トラクタとの協調作業」、「操舵支援付き田植機」、「ラジコン草刈機」、「防除用ドローン」など、スマート農業技術をフルセットで導入した場合に限定しています。

図2Webアプリ上の「生産計画設定」画面(例)

■ 試算結果の出力と経営計画の策定

農業経営指標と経営条件の設定が完了したら、「試算実行」ボタンをクリックしてシミュレーションを行います。結果は、経営収支の一覧表(図1)と旬別労働時間の棒グラフ(図3)で表示されます(CSV形式で出力することも可能です)。

経営収支の試算結果は、経営面積に比例して増減する変動費や限界利益と、面積が拡大しても変化しない固定費に分けて表示します。労働費については、常時労働力の年間賃金を主とするため固定費としています。これにより、出力結果を用いて簡易な損益分岐点の推計を行うことが可能です。

また、農業経営指標の組み合わせや経営条件を変更しながら複数のシミュレーションを行い、結果を比較することで、より精緻で実態に即した経営計画の策定が可能になります。

図3旬別労働時間の出力(例) 320時間の横線は、常時労働力の上限労働時間を示しており、この例では4月上旬から 5月下旬には上限時間を超えるため、残業か臨時雇用が必要になることがわかります。

■ 農業経営計画策定支援システムの利用方法

農業経営計画策定支援システムの利用には、ログインアカウントの取得が必要です。システムの利用を希望される方は、下記のメールアドレスまで問い合わせください。

お問い合わせ用e-mail : sh-fmnaro@naro.go.jp

今後の予定・期待

今回提供を開始した農業経営計画策定支援システムは、スマート農業の導入を検討している農家や農業法人に対して、普及指導機関が経営面からの支援を行う際の有効なツールとして活用されることが期待されます。また、稲作農業の担い手育成に向けた経営モデル作成にも役立つと考えられます。

現在は、スマート農業技術をフルセットで導入した場合の農業経営指標を提供していますが、一部の技術のみを選択して導入するケースに対応した指標についても、提供方法を検討中です。さらに、水田作経営全体の経営計画策定に必要となる麦・大豆の農業経営指標についても、早期の提供に向けて検証を進めています。

用語の解説

農業経営指標
気候、地形、ほ場条件、経営規模、品種などの組み合わせを変えて、スマート農業を導入した場合の10a当たりの収量、販売単価、費目別経費、作業別労働時間を推計したデータのセットを農業経営指標と呼んでいます。 [ポイントへ戻る]
WAGRI(農業データ連携基盤)
農業の担い手が、データを使って生産性の向上や、経営の改善に挑戦できる環境をつくるために作成された仕組みであり、データの連携や提供機能を持ちます。 [概要へ戻る]

発表論文

  • 松本浩一(2024)「スマート農業の導入を支援する「農業経営計画策定支援システム」の開発」農研機構技報16
  • 松本浩一(2025)「スマート農業技術を考慮した水稲の農業経営指標の作成―エラスティックネットによる推計モデルの活用―」関東東海北陸農業経営研究115