プレスリリース
(研究成果) 2024年シーズンの遺伝子解析結果から見えてくる高病原性鳥インフルエンザウイルスの地理的拡散と進化

情報公開日:2025年10月29日 (水曜日)

ポイント

  • 2024年シーズンに国内で検出された高病原性鳥インフルエンザウイルスは、4シーズン連続で確認された1種類と当該シーズンに初めて確認された5種類を合わせた、計6種類の遺伝子型であることが明らかになりました。
  • 全ゲノム解析により、異なる渡り経路の野鳥集団間でウイルスの共有と遺伝子再集合が進んでいることが新たに分かりました。

概要

農研機構は、2024年シーズンに国内の家きんおよび野鳥・環境試料から得られた高病原性鳥インフルエンザ1)(HPAI)ウイルス225株の全ゲノム解析を実施し、4シーズン連続で確認された1種類と、当該シーズンに初めて確認された5種類の計6種類の遺伝子型のHPAIウイルスを確認しました。

特に注目されたのは、異なる繁殖地から渡って来る野鳥集団間でウイルスの遺伝子再集合2)が進んでいたことです。これまでの報告では、野鳥集団が持つHPAIウイルスのHA遺伝子3)は安定的で、異なる野鳥集団由来のHA遺伝子に置き換わる例は報告されていませんでした。このため、HA遺伝子は野鳥の繁殖地ごとにグループピングでき、HA遺伝子から野鳥の渡り経路を推測できます。今回の解析では、HA遺伝子のみが別の集団由来の遺伝子に置き換わり、他の分節はすべて同一集団由来であるウイルスが確認されました。また、置き換わったHA遺伝子は異なる遺伝子グループに属しており、異なる繁殖地の野鳥由来のウイルスとの間で遺伝子再集合が起こったことが示唆されました。すなわち、ある野鳥集団の持つウイルスが野鳥と共に移動し、日本またはその周辺に到達した際に、異なる渡り経路を持つ野鳥集団に共有され、それぞれの繁殖地に持ち帰られたことにより、新たな遺伝子型が形成されたことを示唆しています。このような現象により、ウイルスの多様化が加速し、国内に持ち込まれるウイルスの種類も増えていると考えられます。

ウイルスの多様化は野鳥の移動と密接に関連しており、今後も野鳥集団間でのウイルスの動態を注視する必要があります。野鳥で確認されたウイルスの遺伝子型の一部は、家きん飼養施設でも確認されており、2025年シーズンも十分な警戒が必要です。農研機構は、全ゲノム解析を継続し、国内外のウイルス流行動態の把握と防疫体制の強化に貢献していきます。

関連情報

予算 : 農林水産省委託研究「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業」のうち、「新たな感染症の出現に対してレジリエントな畜産業を実現するための家畜感染症対策技術の開発」(JPJ008617.23812859)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 人獣共通感染症研究領域 グループ長内田 裕子
同 グループ長補佐宮澤 光太郎
同 研究員高舘 佳弘
同 研究員西浦 颯
広報担当者 :
同 疾病対策部早山 陽子

詳細情報

背景

近年、国内では複数シーズンにわたり高病原性鳥インフルエンザが継続的に発生しており、今後のウイルスの動向を捉え、迅速かつ適切な対応を講じるためには、ウイルスの遺伝的特徴や拡散経路の把握が不可欠です。

研究の内容・意義

農研機構では、2024年シーズンに国内で確認されたHPAIウイルスについて、全ての家きん発生事例および一部の野鳥試料から得られたウイルス(合計225株)の全ゲノム解析を実施しました。さらに、当該シーズンに環境省および大学によるHPAIの調査により得られた公表データベース情報や解析結果も活用し、国内で検出された複数の遺伝子型の特徴を明らかにしました。その結果、家きんおよび野鳥・環境試料から少なくとも6種類の遺伝子型のHPAIウイルスが確認されました。

解析の結果、特に注目されたのは、異なる繁殖地から渡って来る野鳥集団に特徴的なウイルス同士で遺伝子再集合が起こっていた点です。2021年シーズン以降、数シーズンにわたるウイルスの遺伝子解析結果によると、HA遺伝子グループのG2dグループは主に北太平洋地域、G2cグループは主に東アジアで検出されていました。2024年シーズンに家きん飼養施設で検出されたウイルスの中には、G2cグループウイルスのゲノムの特徴を持ちながら、HA遺伝子分節のみがG2dグループに置き換わった遺伝子再集合ウイルスがあることが明らかになりました。このことは、野鳥集団ごとに特徴的なウイルスが渡り鳥の移動によって日本またはその周辺に持ち込まれ、別の飛来経路の野鳥集団に共有されて繁殖地に持ち帰られたことで、新たな遺伝子型の形成が促進された可能性を示唆しています。これは、ウイルスの多様化が野鳥の移動と密接に関連していることを示しています()。

野鳥で確認された遺伝子型の一部は家きん飼養施設でも確認されており、野鳥由来ウイルスが国内の家きん飼養施設に侵入し得ることを示しています。この知見は、家きんでの発生予測や防疫対策の強化に重要な情報となります。

図 各野鳥集団におけるウイルス多様化のイメージ 各野鳥集団の中で特徴的なHA遺伝子グループのウイルスが維持されています。オレンジ色の楕円 : 東アジアを中心に検出されるHA遺伝子グループ(G2cグループ)、青色の楕円 : 主に北太平洋地域で検出(G2dグループ)。実線矢印は通常各野鳥集団が移動と共に運搬するHA遺伝子グループのウイルス、破線矢印は通常とは異なるHA遺伝子グループのウイルスの移動経路を示しています。異なるHA遺伝子グループのウイルスが日本またはその周辺を経由して異なる野鳥の繁殖地に運ばれた可能性が示されました。

今後の予定・期待

農研機構では、国内に侵入するHPAIウイルスの全ゲノム解析を継続するとともに、海外の情報と比較することで、世界規模でのウイルス流行動態の把握に貢献します。また、解析結果を活用して、国内の監視体制や防疫対策の一層の強化につなげ、野鳥由来ウイルスの拡散リスクを低減する取り組みを進めていきます。

今回の解析により明らかになった、繁殖地の異なる野鳥集団間でのウイルス遺伝子再集合の可能性は、HPAIウイルスの動態理解や将来的な感染予測モデル構築においても貴重な知見となります。今後も農研機構は、科学的知見に基づく国内防疫体制の強化と、野鳥由来HPAIウイルスのリスク評価に取り組んでまいります。

用語の解説

高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)
高病原性鳥インフルエンザウイルスによって引き起こされ、鶏に高い致死率を示す家きんの疾病。家畜伝染病予防法により家畜伝染病に指定されている(https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/attach/pdf/index-49.pdf)。 [概要へ戻る]
遺伝子再集合
ある個体に2種類のウイルスが感染し、1つの細胞内でウイルスの増殖が起こると、2つのウイルスに由来する遺伝子分節が組み換えられて新たな遺伝子分節の組み合わせを持ったウイルスが出現する現象。インフルエンザウイルスではウイルスゲノムが8本の断片(PB2、PB1、PA、HA、NP、NA、M、NS)に分かれて存在し、それぞれを遺伝子分節という。 [概要へ戻る]
HA遺伝子
インフルエンザウイルスの表面にあるタンパク質、ヘマグルチニンをコードする遺伝子で、ウイルスの感染性や免疫応答に関与する。 [概要へ戻る]