プレスリリース
(研究成果) AIを用いたモモ樹の水ストレス画像診断技術を開発

- 適切なかん水判断を可能に -

情報公開日:2025年3月19日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、深層学習1)を利用したAIによりモモ樹の水ストレス2)状態を画像診断する方法を開発しました。この方法では、樹を撮影した動画を解析することにより、樹体の大きい果樹でも画像診断が可能です。樹の水ストレス程度を簡便に推定することで、適切なタイミングでのかん水が可能となり、果実の品質向上などにつながります。また本技術をかん水支援以外の栽培管理にも発展させることで、果樹栽培の経験が少ない人でもデータに基づいて適切な栽培管理ができることが期待されます。

概要

農業における担い手の減少は深刻であり、今後、担い手を確保するためには、新規参入者が入りやすい環境を整えて担い手や労働力を確保することが重要となります。非熟練者でも熟練者のような栽培管理を可能にするためには、AIやIoTの利用等の革新的なスマート農業技術の利用が有効です。そこで近年発展が著しい深層学習による画像認識技術を活用した果樹の樹体情報の画像解析手法により樹の水ストレスを推定する技術を開発しました。

モモでは、水ストレスは果実の大きさや糖度に影響し、品質の良いモモを生産するためには、適切な水管理が必要です。これまでは天候や樹の生育に基づいて経験的にかん水が行われていましたが、樹の水分状態(水ポテンシャル3))が分かれば、水ストレスを受け始める直前(枝の水ポテンシャル値で-1.4MPa等)でかん水が実施できるなど、より適切なかん水が可能となります。樹の水ストレスの測定には専用の高価な機器と葉を切り取って計測するなどの労力を要しますが、スマートフォンなどで撮影した画像から診断できれば測定の労力や機械のコストを削減することができます。

そこで、モモの樹をスマートフォンで撮影し、深層学習により画像から水ストレス程度を推定する技術を開発しました。本技術では、動画を用いることで立体的で体積の大きな果樹の画像診断に成功しました。

本技術を用いることで、これまで難しかった樹の水分状態に基づくかん水により、樹生育を促進し、果実品質を向上させるような、適切なかん水管理が非熟練者でも可能となることが期待されます。また、本技術は、今後水ストレス以外にも樹生育や果実熟度など様々な画像診断に応用が可能です。また、将来的にロボットによる自動診断へも発展できると考えます。今後は診断項目を広げることで、経験の少ない人でもデータに基づいて適切な栽培管理ができるようになることが期待されます。

関連情報

予算 : JSPS科研費21K05585

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 果樹茶業研究部門 所長井原 史雄
同 基盤技術研究本部 農業情報研究センター
センター長村上 則幸
研究担当者 :
同 果樹茶業研究部門 果樹生産研究領域
上級研究員山根 崇嘉
同 基盤技術研究本部 農業情報研究センター
確率モデルユニット
主任研究員ハバラガムワ ハルシャナ
同 画像認識ユニット ユニット長杉浦 綾
広報担当者 :
農研機構 果樹茶業研究部門 果樹連携調整役
藤野 賢治

詳細情報

開発の社会的背景

果樹農業における担い手の減少は深刻であり、担い手減少の結果、2035年には果樹の栽培面積は2005年と比べて6割未満まで減少するという予測(澤田、2020、関東東海北陸農業経営研究)も示されています。そのため、栽培管理に熟練を要する果樹においても新規参入者が入りやすい(未経験者が就労しやすい)環境を整えて担い手や労働力を確保することが課題です。そのため、AIを用いたデータ駆動型の生育診断技術を開発し、非熟練者でも熟練者の技術を再現できるように一般化することで課題解決の一助とすることを目指しました。

研究の経緯

果樹の栽培管理の中で、適切なかん水は高品質果実を安定的に生産するための重要な技術の一つです。モモでは水ストレスは果実の大きさや糖度にも影響するため、適切な水分制御が必要です。しかし、樹の水分状態を計測し、かん水の要否を判断するためには、高価な機器や専門的な知識、葉を切り取って計測する労力が必要であり、これまではモモのかん水判断は上記のような計測データによらず無降雨日数や樹の生育などを考慮し、経験的に決定されてきました。

今後、非熟練者でも適切なかん水判断をできるようにするためには、樹の水分状態(水ストレス)を数値化して判断基準とする必要がありますが、画像等を利用して簡易に推定する手法はこれまで開発されていませんでした。そこで、判断基準とする数値(水ポテンシャル)をスマートフォン等で撮影した画像から簡易に推定する手法を開発しました。

研究の内容・意義

樹体の大きな果樹では、樹全体を1枚の画像に写すと細部の情報が失われてしまう一方、近接して撮影した少数の静止画では全体を反映していないため、水ストレスの推定に十分な情報や精度が得られないことが問題です。そこで、樹の周囲を移動しながら動画を撮影し、動画から多数の静止画を切り出して深層学習に利用することで、水ポテンシャルを推定し、樹の水ストレスを高い精度で評価する手法を開発しました(図1)。

図1 モモ樹の撮影方法

開発した手法は高い精度で水ストレスを診断できます(図2)。推定した水ポテンシャルから、水ストレスを受け始めるタイミングを逃さずにかん水できるなど、適切で無駄のないかん水判断ができるようになり、果実の肥大を確保し、樹の生育を促進するなどに役立てることにつながります。また、このような診断技術により栽培技術の標準化が可能となります。

図2 検証データにおける枝の水ポテンシャルの実測値と予測値との関係
(赤色が水ストレスあり)

今後の予定・期待

今回開発した果樹の画像診断技術を発展させることで、果実の収穫適期の判断などの熟練を要する作業を容易にする、スマートフォンを活用した低コストな診断技術や、ロボットに果樹園を巡回させる樹体診断技術の開発につながります。今後、樹の生育にかかわる診断項目を他にも広げて果樹栽培技術の標準化につなげることで、適切な栽培管理の実施を容易にし、経験の浅い非熟練者でも作業を担えるようにすることで、労働力を確保しやすくしていきます。さらに、果樹の画像診断項目の開発を進め、スマートフォンアプリとして社会実装していくことを目指しています。

用語の解説

深層学習
人間の神経細胞の仕組みを再現したニューラルネットワークを用いた機械学習4)の手法の1つ。 [ポイントへ戻る]
水ストレス
植物への水分供給が少なく、葉がしおれるなどの乾燥状態になること [ポイントへ戻る]
水ポテンシャル
枝中の水分欠乏程度を表す数値、水が移動するための駆動力、値が小さいほど乾燥していることを示す。 [概要へ戻る]
機械学習
経験からの学習により自動で改善するコンピューターアルゴリズム。典型的には「訓練データ」もしくは「学習データ」と呼ばれるデータを使って学習し、学習結果を使って何らかのタスクをこなすもの。 [用語の解説 1)へ戻る]

発表論文

Takayoshi Yamane, Harshana Habaragamuwa, Ryo Sugiura, Taro Takahashi, Hiroko Hayama, Nobuhito Mitani, Stem water potential estimation from images using a field noise-robust deep regression-based approach in peach trees, Scientific Reports 13、22359 (2023年12月15日)

研究担当者の声

撮影の様子

果樹茶業研究部門 果樹生産研究領域
上級研究員 山根 崇嘉

AIの気持ちを想像しながら樹を撮影しました。AIが理解し、解釈しやすいように。そして、大量の同じような画像を見せられて飽きてしまわないように。具体的には検出したい特徴がバリエーション豊かに映り込むように様々なアングルから撮影し、ほ場の天候や日射に影響されないように様々な日時に撮影するなどの工夫をしました。その結果、AIは私の手ブレに機嫌を損ねたりせず、期待に応えてくれたようです。このような繊細な要素もある技術開発ですが、研究を積み重ねることで、いつか未経験者が参入しても大きな失敗をすることのない果樹栽培を可能にし、日本の果樹産業の発展に貢献したいと思っています。