プレスリリース
(研究成果) AIとIoT、新規センサを活用したスマート畜産排水処理技術

- 浄化処理施設の性能向上と省力化に貢献 -

情報公開日:2025年4月22日 (火曜日)

農研機
山形東亜DKK株式会社
三桜電気工業株式会社
株式会社システムフォレスト
千葉県畜産総合研究センター
熊本県農業研究センター畜産研究所
宮崎県畜産試験場
沖縄県畜産研究センター

ポイント

農研機構は、畜産排水処理施設の自動最適制御(スマート制御)の実現に向けて、AIを活用した新たなセンサの開発や既存システムの改良に取り組み、①改良型BOD1)監視システム、②スマート汚泥管理システム、③AI凝集制御システムを開発しました。また、排水処理にかかる複数の装置を省力的に管理できる④IoT2)遠隔モニタリングシステムを開発しました。これらのシステムを体系的に活用することで、畜産排水に特有な原排水の濃度変動にも対応できる高度な排水処理が省力的に実施可能となります。

図1 排水処理フローにおける4つの新技術の概要

概要

家畜排せつ物は、国内で1年間に約8,000万トン発生します。国土が狭く、都市と農村の混在化が進んでいる日本では、欧米では一般的ではない堆肥化や浄化処理により排せつ物を管理しており、法令に準じた適切な処理を行うことで環境調和型の畜産が営まれています。

畜産排水の浄化工程は各種の装置を連動して制御・管理されています(図1)。効率の良い適正な浄化のためには、曝気槽における①曝気3)時間と②活性汚泥4)の量、そして、③汚泥の脱水における凝集剤5)の添加量が重要で、これらは各種装置の設定において核となるパラメータです。しかし、家畜のふん尿や畜舎の洗浄水などに由来する原排水に含まれる有機物の濃度は飼養管理や季節により変動するため、状況に応じてこれらのパラメータを個々に手動で設定する必要があり、これに多大な労力を要することが畜産における課題となっていました。そこで、今回、排水処理における3つのパラメータ制御に必要な新規センサを開発し、各種装置の自動制御システムを開発しました。

畜産排水は曝気槽からの汚泥(活性汚泥)と混合された後、凝集槽で凝集剤添加により液体と固体に分離されます。固形分は堆肥化され、液分は曝気槽に送られます。曝気槽では、空気を送り込みながら槽中の活性汚泥と液分が混合されることで、活性汚泥中の好気性の微生物によって液分中の有機物が分解されます。一定時間曝気したのち、活性汚泥を沈殿させ、上清(液分)のBODが十分に下がっていれば処理水として放流できます。沈殿した活性汚泥の一部は曝気槽で再利用されますが、余剰汚泥は凝集槽に引き抜かれ、固液分離(脱水)されて堆肥として利用されます。

1つ目の技術はBOD監視システムです。水汚れの指標であるBODを独自開発のバイオセンサを使って迅速に測定し、曝気時間の自動制御を可能とするシステムであり、今回、電極電位の変数化や遠隔操作機能などを追加した改良型BOD監視システムを開発しました。この改良により測定精度と操作性が改善され、スマート制御の性能が向上しました。

2つ目の技術は、汚泥量を最適に維持するスマート汚泥管理システムです。汚泥量を測定するMLSS6)センサを使って汚泥の引抜量を制御して、処理施設の浄化作用を最大化します。

3つ目は、凝集剤の投入量をスマート制御するAI凝集制御システムです。曝気槽から引き抜かれた汚泥は単独、または原排水と混合された後、凝集剤を使った凝集反応を利用して脱水処理されます。AIによる画像認識を利用して凝集の状態を測定する新規センサを開発、これを用いたスマート制御により、脱水処理の効率を向上できます。

さらに、それぞれの装置の運転・稼働状況を遠隔で管理できるIoT遠隔モニタリングシステムを開発しました。IoTとネットワークカメラを利用することで曝気槽や配電盤などの監視、およびMLSSなど測定データを可視化し、排水処理の遠隔でのモニタリングを可能としました。

これら技術の体系的活用により、家畜排せつ物処理にかかる時間と労力大幅削減を実現します。

関連情報

予算 : 生研支援センター「戦略的スマート農業技術等の開発・改良」JPJ011397

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 畜産研究部門 所長石井 和雄
研究担当者 :
同 畜産研究部門 高度飼養技術研究領域横山 浩
山下 恭広
山形東亜DKK株式会社 開発設計部伊藤 和紀
三桜電気工業株式会社 環境ソリューション本部
長峰 孝文
株式会社システムフォレスト
クラウドインテグレーション部井上 孔伸
千葉県畜産総合研究センター 企画環境研究室
長谷川 輝明
熊本県農業研究センター 畜産研究所芝田 晃一
宮崎県畜産試験場 川南支場環境衛生科甲斐 敬康
沖縄県畜産研究センター 飼養環境班高木 和香子
金城 孝
広報担当者 :
農研機構 畜産研究部門 研究推進部野中 和久

詳細情報

研究の経緯

環境調和型の畜産業には、適切なふん尿処理と悪臭対策が必要です。畜舎排水の浄化処理には、法令に準じた適正処理が義務付けられています。特に畜産由来の排水処理では、水質汚濁防止法に基づき、硝酸性窒素等やBOD、浮遊物物質量などに排水基準が設けられており、これらの基準をクリアするよう管理が行われています。この管理で重要となるパラメータは、①曝気槽における「曝気時間の長さ」、②曝気槽の「汚泥の量」、そして③余剰汚泥の脱水における「凝集剤の添加量」です。例えば、曝気時間が長すぎると硝酸イオンが蓄積して排水中の窒素を除去7)できません。短すぎるとBODを除去できず浄化処理になりません。

畜舎からの原排水の濃度や性状、および曝気槽の汚泥量は、飼養頭数の変動や畜舎洗浄の頻度、季節変化などに伴って日々変動します。これに応じて、排水処理にかかる複数の装置を適切に制御する必要があるため、専門知識を持った従事者が多大な労力をかけて排水処理を行っています。

日本は世界でも有数の少子高齢社会であり、多くの産業において労働力不足が深刻化しています。畜産業においても自動化による人手不足対策が急務になっています。畜産排水処理においても、AIやIoT、新規センサなどを活用し、濃度変動に応じて運転条件を自動で制御する、いわゆる、スマート制御技術の開発と導入による省力化が喫緊の課題です。

研究の内容・意義

今回、排水処理における3つのパラメータ制御に必要なセンサを新規開発・改良し、各種装置の自動制御システムを開発しました。さらに、排水処理に係るそれぞれの装置の運転・稼働状況を遠隔で管理できるIoT遠隔モニタリングシステムを開発しました。

① 曝気槽の曝気時間自動制御を可能とする改良型BOD監視システム
従来法でBODを測定すると、5日間もの長い測定時間が必要でした。我々は、これまでに発電細菌8)を利用してBODをわずか6時間で測定できるバイオセンサを開発しています。このセンサを搭載したBOD監視システムは、毎日BODの値を監視してBOD値に基づいて曝気時間の長さをスマート制御する初めての装置です(図2)。過去の実証試験では、処理水の水質を損なうことなく曝気の電力消費を最大で20%削減できました。さらに、BOD監視システムによる曝気時間のスマート制御は、窒素除去と温室効果ガスの排出削減9)にも貢献します。

今回、性能をさらに向上させるために、主に3つの新機能「(1)電極電位の変数化、(2)低BOD排水に対する発電細菌の高活性化、(3)Webブラウザから遠隔操作」を追加しました。これらの新機能により、BOD測定の検出限界が40 mg/Lから20 mg/Lへと感度が上昇し、さらに遠隔操作により装置の操作性が向上して曝気時間の制御が改善しました。

図2 改良型BOD監視システムの概要図

② 曝気槽の汚泥量の自動制御を可能とするスマート汚泥管理システム
曝気槽の汚泥は、浄化処理に伴い日々量が増えます。良好な浄化性能を維持するには、汚泥を曝気槽から引き抜いて曝気槽内のMLSSの値を適正範囲に収める必要があります。しかし、実際には汚泥量の管理は難しく、多くの畜産農家は対応に苦慮しています。そこで、畜産現場でも導入できる安価で実用的なMLSSセンサを選定して、汚泥の引き抜き時間をスマート制御する装置を開発しました(図3)。畜産排水は着色していることが多く測定への阻害が懸念されましたが、着色の影響は見られずMLSSを正確(決定係数R2 > 0.9)に測定できました。実証試験ではMLSSを誤差10%程度で制御することができました。

図3 スマート汚泥管理システムの概要図

③ 凝集剤投入の自動制御を可能とするAI凝集制御システム
曝気槽から引き抜かれた汚泥は単独、または畜舎排水と混合された後、固液分離機で固形分と液分に分離(脱水処理)されます。この脱水では「凝集剤」と呼ばれる薬剤を汚泥に添加して凝集させた後、機械的に凝集した排水を絞ります。凝集剤は、汚泥の濃度や性状に応じて適正な量を加える必要があります。しかし、凝集の程度(凝集度)を測定する既存のセンサは存在しません。このため、現場ではどの程度の凝集剤を投入してよいか分からず、管理に苦慮しています。そこで我々はAIによる画像認識を応用して凝集度を定量する凝集センサを開発しました(図4)。AI凝集センサは凝集槽内を撮影することで凝集度を測定して、測定値に応じて凝集剤の投入量をスマート制御するシステムを構築しました。実証試験では、凝集度を誤差10%程度で制御することに成功しました。

図4 AI凝集制御システムの概要

④ 排水処理施設の省力的管理を可能とするIoT遠隔モニタリングシステムの開発
排水処理施設では各種の装置が連動して排水を浄化しています。これら装置の運転管理には、見回り作業などの多くの労力が必要です。そこで、管理を省力化・軽労化するためにIoTとネットワークカメラを利用した遠隔モニタリング技術を開発しました。曝気槽や脱水ケーキ10)貯留槽、固液分離機、配電盤などをカメラでモニタリングできます。さらに、MLSSやpHなど測定データを可視化できます。本技術は、Webブラウザで表示される設計なのでスマホやタブレット、PCでモニタリングできます(図5)。実証試験では、遠隔モニタリングにより排水処理施設の運転管理に要する労働時間が約70%削減され、省力効果が確認されました。

図5 IoT遠隔モニタリングシステムのサンプル画像

本研究で開発された一連の排水処理スマート制御技術により、排水の濃度が変化しても曝気時間と汚泥量、凝集剤の投入量を常に最適に維持することが可能です。これにより、排水処理施設の浄化性能が向上すると期待されます。また、IoT遠隔モニタリングシステムでの運転管理の省力化により、畜産農家は家畜の飼養管理に集中できるようになり、人手不足への対応に役立ちます。

今後の予定・期待

本技術をセンサメーカーや排水処理施設施工企業等に技術移転を行って畜産排水処理施設への実装を図り、環境調和型畜産および人手不足への貢献を期待しています。

用語の解説

BOD
生物化学的酸素要求量 (Biochemical oxygen demand)のことで、微生物が分解できる有機物の量を反映しています。一般的には水の汚れを示す指標として用いられ、排水浄化処理や河川の水質管理において重要な測定項目です。BODの値が高いほど、水は汚れていて、BODの値が低いほど、水はきれいであると判断されます。 [ポイントへ戻る]
IoT
Internet of Thingsの略で、日本語では「モノのインターネット」を意味します。従来インターネットに接続されていなかった様々なモノ(センサ機器、車、家電、電子機器など)が、ネットワークを通じてサーバーやクラウドサービスに接続され、相互に情報交換をする仕組みです。 [ポイントへ戻る]
曝気
浄化槽に大量の空気(酸素)を注入する操作です。曝気と曝気停止を周期的に繰り返す曝気法は、間欠曝気と呼ばれます。微生物が排水中の有機物を分解してBODを減少させるためには、酸素、つまり曝気が必要です。曝気には大量の電力が消費されており、排水処理施設のランニングコストの多く(約40%)を占めています。BOD監視システムはBODが基準値以下まで低下した時、曝気を停止させて消費電力を削減します。 [概要へ戻る]
活性汚泥
好気性の細菌類、原生動物などの微生物や有機性および無機性物質から構成される凝集体状のものです。曝気槽に空気を吹き込み(曝気)十分な酸素を供給すると、活性汚泥が排水中に存在する有機物を分解して、排水を浄化します。曝気を停止すると活性汚泥は沈殿します。沈殿後の上澄みは浄化されており放流することができます。 [概要へ戻る]
凝集剤
排水に含まれている浮遊性の固形分を互いに結合させて凝集させる作用を持つ薬剤です。凝集した排水はスクリュープレスなどの装置で絞られて、固形分と液分に分離されます。汚泥や原排水の凝集では、カチオン性高分子が凝集剤として使われます。 [概要へ戻る]
MLSS
活性汚泥浮遊物質(Mixed Liquor Suspended Solids)の略で、曝気槽内の活性汚泥の量を示しています。排水処理施設の運転管理において重要な測定項目です。良好な浄化性能を得るためにはMLSSを4,000~6,000 mg/Lの範囲に保つことが重要です。 [概要へ戻る]
窒素除去
水質汚濁防止法により排水中の硝酸性窒素等(アンモニア、アンモニウム化合物、亜硝酸化合物および硝酸化合物)に規制があります。養豚業に対しては、400 mg/Lの暫定基準(2024年)が適用されています。今後、この暫定排水基準はさらに厳格化される可能性があり、排水基準をクリアできる浄化施設の整備が必須です。窒素(硝酸性窒素等)は曝気と曝気停止を繰り返す間欠曝気により最終的に窒素ガスに変換して排水から除去されます。BOD監視システムはBOD値に対応した間欠曝気制御を行うことで、窒素除去を促進します。 [研究の経緯へ戻る]
発電細菌
酸素がない環境で有機物を分解する際に電流を発生する性質を持つ細菌で、土壌や海底、家畜ふん、活性汚泥、堆肥など様々な自然環境に生息しています。発電細菌は単独の細菌種ではなくGeobacter属細菌など、とても多くの細菌種が知られています。畜産排水には発電細菌が多く含まれています。その発電細菌が自発的にBOD監視システムの電極上に付着して、BOD濃度に応じた電流を発生させます。BOD監視システムはその電流量からBOD値を推定しています。 [研究の内容・意義へ戻る]
温室効果ガス排出削減
窒素除去において硝酸イオンが窒素ガスに変換される際、温室効果ガスである一酸化二窒素(N2O)が排出されます。N2Oは二酸化炭素の265倍もの温暖化効果を示すガスです。BOD監視システムはBODに応じた曝気制御を行うことで、硝酸イオンの蓄積を抑制します。硝酸イオンの蓄積が減ることで、N2Oの排出が削減されます。 [研究の内容・意義へ戻る]
脱水ケーキ
固液分離機で分離した後の固形分を指します。 [研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

横山ら、日本養豚学会誌、印刷中