プレスリリース
(研究成果) 培養液の非必須アミノ酸の新しい組み合わせにより高品質なウシ体外受精卵の効率的な作製に成功

- 受胎率の向上と和牛の効率生産に期待 -

情報公開日:2026年2月 4日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、ウシ体外受精卵の作製に用いる培養液に一般的に添加される7種類の非必須アミノ酸1)のうち、アラニンを除き、セリンの濃度を高めた新しい培養液を開発しました。この改変により、高受胎(高い受胎率になること)が期待できる高品質な体外受精卵の作出効率を大幅に向上させることに成功しました。移植可能な受精卵に対する高品質な受精卵の割合は90%に達したことから、体外受精卵移植による受胎率の向上につながり、体外受精卵移植の普及拡大に寄与することが期待されます。さらに、こうした技術の進展は、和牛の効率生産を後押しし、最終的には輸出拡大に向けた和牛頭数の増加にもつながると考えられます。

概要

牛肉の輸出額2)は2024年に過去最高となる648億円に達しましたが、政府は2030年の牛肉輸出目標額を1,132億円としており、和牛の効率生産に向けた技術開発が求められています。和牛生産においては、黒毛和種の体外受精卵の移植が重要な生産手法として活用されていますが、現在の体外受精卵移植による受胎率は40%程度であるため、高い受胎率が期待できる高品質な受精卵を作製する技術を開発し、受胎率を向上させる必要があります。

このたび農研機構は、体外受精卵を作製する際の培養液に添加されている非必須アミノ酸に着目し、一般的には均一濃度(0.1 mM)で添加されている7種類の非必須アミノ酸のうち、アラニンを非添加、セリンを通常の10倍濃度(1 mM)添加に改変した培養液を開発しました。この改変により、移植可能な受精卵に対する高品質な受精卵の割合を25%から90%にすることに成功しました(図1)。

本成果は体外受精卵移植の普及を促進し、畜産現場での移植後の受胎率向上に寄与します。これにより、和牛の効率生産や輸出目標の達成に貢献することが期待されます。

図1. アミノ酸濃度改変による体外受精卵発生培養液の改良

関連情報

予算 : 伊藤記念財団研究助成
「非必須アミノ酸濃度の改変による高受胎性が担保されたウシ体外受精卵培養液の開発」
「非必須アミノ酸濃度の改変による高受胎性が担保されたウシ体外受精卵培養液の開発(II)」

特許 : 特開2025-068446

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 畜産研究部門 所長石井 和雄
研究担当者 :
同 乳牛精密管理研究領域 研究員伊丹 暢彦
主任研究員平尾 雄二
グループ長赤木 悟史
広報担当者 :
同 研究推進室 渉外チーム丸尾 幸絵

詳細情報

開発の社会的背景

牛肉の輸出額は2024年に過去最高となる648億円に達し、さらに政府は2030年における輸出額の目標を1,132億円としています。この目標を達成するためには、和牛生産のさらなる効率化が求められています。現在、国内のウシ生産方法は、人工授精が9割、受精卵移植が残りの1割を占めていますが、人工授精による黒毛和種生産のためには黒毛和種の雌に種付けをする必要があります。一方、体外受精卵移植の場合は、体外で黒毛和種の卵子と精子を受精させるので、乳牛に移植しても黒毛和種を生産することができます。このことから、和牛生産の効率化の手段の一つとして受精卵移植に注目が集まっています。しかし現状では体外受精卵の品質の低さが一つの原因となり、受胎率は約40%にとどまっています。

受胎率の高い体外受精卵の特徴は、発生速度や形態に関する観察結果から「四指標3)」としてまとめられており、四指標全てを満たした受精卵は、70%を超える受胎率が得られます。しかし、この指標を満たした受精卵を大量に作出する培養系は構築されていません。受胎率の向上には、移植可能総受精卵のうち、四指標達成受精卵の割合を高めることが重要ですが、この指標の判定には決められた時間内に複数回にわたって受精卵の発育状態を観察する必要があるため、多くの受精卵を判定し、四指標達成受精卵を選別することに煩雑な作業が伴い、大量生産には向きません。そのため、事前に四指標評価を行わなくても、高確率で受胎率の高い受精卵を作製できる培養方法の開発が求められています。

研究の経緯

一般的な体外受精卵培養液には7種類の非必須アミノ酸全てが均一濃度(0.1 mM)で添加されています。しかし、この濃度は細胞培養において有効とされる濃度であり、ウシ体外受精卵の培養に最適化されたものではありません。本研究ではこれらアミノ酸に着目し、四指標達成受精卵の作出に有効な非必須アミノ酸組成を構築するため、個々のアミノ酸の必要性と最適濃度の検証を行いました。

研究の内容・意義

7種類の非必須アミノ酸を0.1 mMの濃度で添加した培養液を対照区とし、非必須アミノ酸を1種類ずつ非添加とした培養液を合計7種類作製し、対照区を含めた8種類で四指標達成受精卵率4)を比較しました。

その結果、四指標達成受精卵率は、プロリンとセリン以外のアミノ酸を非添加にすることで向上しており、特にアラニン非添加培養液で顕著な効果があることがわかりました(図2)。

図2. アミノ酸非添加培養液における四指標達成受精卵率

そこでアラニン非添加培養液についてさらに実験回数を重ねたところ、対照区との間に四指標達成受精卵率の有意な差が観察されました(図3A)。なお移植可能総受精卵率5)は、アラニンの有無では差がなかったことから(図3B)、アラニン非添加による効果は四指標に基づく評価を行うことで見えてきたと言えます。

図3. アラニン非添加培養液における体外受精卵培養の結果
A : 四指標達成受精卵率
B : 移植可能総受精卵率

次に、アラニン非添加培養液に対して、非添加により四指標達成受精卵率に変化がなかったセリンの適切な添加濃度の検討を行いました。するとセリンを通常の10倍濃度(1 mM)で添加することで、四指標達成受精卵率が向上することを見出しました(図4A)。また、移植可能総受精卵率はセリン10倍濃度添加によって増加傾向にあるものの、有意な差は見られませんでした(図4B)。

図4. アラニン非添加培養液にセリンを10倍濃度で添加した際の体外受精卵培養の結果
A : 四指標達成受精卵率
B : 移植可能総受精卵率

さらに、アラニン非添加とセリン10倍濃度添加を組み合わせた培養液では、移植可能総受精卵に占める四指標達成受精卵の割合が、対照区の25%から90%へと改善されました(図5)。

図5. 移植可能な総受精卵に占める四指標達成受精卵の割合

今後の予定・期待

アラニンとセリンの濃度を変更したこの培養液を用いることで体外受精卵の移植後受胎率が改善される可能性があり、和牛の効率生産への貢献が期待されます。本技術は、特殊で高価な成分の添加を必要とせず、従来の培養液に使用している成分の濃度の調整のみで効果が得られることから、導入が容易です。今後は非必須アミノ酸濃度改変培養液の製品化に取り組み、受精卵生産現場に普及させることが目標です。

用語の解説

非必須アミノ酸
動物が体内で合成できるアミノ酸です。11種類が知られていますが、一般的なウシ体外受精卵培養液に添加されているのはアラニン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、プロリン、セリンの8種類です。このうちグルタミンは細胞培養や受精卵培養に必須であることが広く知られているため、本研究では非添加の対象から除外しています。 [ポイントへ戻る]
牛肉の輸出額
参考 : 農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/progress/attach/pdf/index-43.pdf
[概要へ戻る]
四指標
ウシ体外受精卵の受胎性に関連するとされる指標です。受精後の発生過程における発生速度や形態に関するものであり、全て満たした受精卵は移植後受胎率が70%を超えると報告されています。具体的には以下の通りです。
  • 卵子と精子を同じ培養液に入れてから27時間後までに2細胞期への分割を完了している(直接3細胞以上に分割していない)
  • 31時間後に2細胞期が維持されている
  • 31時間後に細胞断片がない
  • 55時間後に6細胞期以上(6-8細胞)である
[開発の社会的背景へ戻る]
四指標達成受精卵率
体外受精を行った受精卵のうちの移植可能かつ四指標を満たした高品質な受精卵の作出効率を示しています。 [研究の内容・意義へ戻る]
移植可能総受精卵率
体外受精を行った受精卵のうち、四指標に関係なく移植可能なステージまで発育したものの作出効率を示しています。 [研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

Nobuhiko Itami, Satoshi Akagi, Yuji Hirao. Excluding alanine from minimum essential medium (MEM) nonessential amino acid supplementation of the culture medium facilitates post-fertilization events and early cleavages of bovine oocytes fertilized in vitro. J Reprod Dev. 2024 7;70(4):223-228.
doi: 10.1262/jrd.2023-098

Nobuhiko Itami, Yuji Hirao. Supplementation with serine-enriched non-essential amino acids from minimum essential medium promotes blastocyst development of in vitro-fertilized bovine embryos. J Reprod Dev. 2025 5;71(1):55-61.
doi: 10.1262/jrd.2024-090