研究の経緯
畜産農家や食品工場などからの汚水は、生活排水よりも有機物濃度が高く、悪臭などの問題もあり、そのままでは河川等に放流できないため適切な処理が必要です。しかし、従来の機械的処理法では処理や設備のコストが高いため、より低コストの技術が求められています。
農研機構では、平成18年に酪農雑排水を河川に放流可能な水質まで浄化できる多段式のハイブリッド伏流式人工湿地システムを開発しました。その後、酪農雑排水よりも有機物や窒素・リンの濃度が10倍以上も高い養豚尿液やバレイショデンプン工場廃液も処理できるろ過システムの開発に取り組み、浄化効率を検証してきました。その結果、新たなろ過システム(ハイブリッド伏流式人工湿地ろ過システム)を開発し、従来の伏流式人工湿地システムよりも省スペース・高能率で汚水を浄化できることを明らかにしました。
研究の内容・意義
- 新たに開発したろ過システムは、好気的な垂直流ろ床と嫌気的な水平流ろ床の組み合わせで構成されています(図1)。垂直流ろ床には、汚水を間欠的に供給するために重力を利用する自動サイフォン5)を用いています。高濃度の有機性汚水を浄化するため、垂直流ろ床の排水の一部を循環させる機能を採用し、浄化効率を向上しています。処理水は冬季も含めて年間を通じて色も臭いも減少します(写真1)。
- ろ過により生じる目詰まりを防止するためにバイパス構造を強化するとともに、軽量な人工軽石(スーパーソル=廃ガラスのリサイクル資材)等を多くのろ床表面に敷設しました(写真2、図1)。これによりヨシ等6)の地下茎で増える植物や有機物を食べるミミズ6)の繁殖が旺盛になり、処理能力が向上しました。
- ろ床を通過するごとに汚水は次第に浄化されます7)(写真1、図2)。面積あたりの汚濁負荷に応じた浄化効率は、垂直流ろ床・循環あり>垂直流ろ床・循環なし>水平流ろ床の順で、汚水投入量が多いほど大きくなります(図3)。浄化効率の向上により、従来の伏流式人工湿地システムに比べて必要面積を半分から5分の1程度まで減らせます。
- 新たなろ過システムから導かれた汚濁負荷と浄化効率(酸素移行速度)2) の関係(図3)を用いて、汚水の水質、汚水の量、年平均気温、目標水質に応じたろ過システムの構成を設計できます。
- システム構成とコストの試算例を表1に示します。同程度の処理能力をもつ従来の機械的処理法に比べ、初期費用は3分の2程度、電気使用料などの運転費用は20分の1程度です。
- 本システムを導入するにあたっては、ある程度の面積の土地を確保する必要があります。例えば、養豚の場合、豚1頭のふん尿の液分を処理するのに1.0~2.5m2程度のろ床面積が必要になります(表1)。
今後の予定・期待
養豚、酪農、デンプン工場からの排水に加え、鶏卵洗浄排水、チーズ工房排水、国立公園二次処理水などを浄化する実用施設としての検証が進み、北海道・東北・関東、東南アジアの14カ所の現地で運用されています(2013年8月現在)。
低コストかつ省エネルギーな実用的技術であり、農業経営改善と農村環境保全の両立に貢献すべく、広く普及されることが期待されます
用語の解説
1) ハイブリッド伏流式人工湿地ろ過システム
伏流式人工湿地は汚水をろ過して浄化するもので、冬季も浄化能力が持続します。垂直方向にろ過する好気的(酸化的)な垂直流と、浅い地下水として水平方法にろ過する嫌気的(還元的)な水平流があります。垂直流と水平流を組み合わせたものをハイブリッド伏流式人工湿地システムといい、窒素を浄化する能力が優れています。
2) 浄化効率の世界的設計標準値
有機性汚水の浄化効率を表す指標として酸素移行速度(OTR:oxygen transfer rate)が用いられており、OTRが大きいほど面積当たりの能率が良いことになります。時間あたり面積あたりの有機物およびアンモニアの低減量で評価されます。OTR=28 gO2/m2/d程度が世界的な設計標準値として報告されています(Cooper, P. 2005)。
3) 伏流式人工湿地システム
排水を浄化するために作る湿地を人工湿地システム(constructed wetland system 或いは treatment wetland system)と呼び、表面流式、伏流式の2タイプがあります。表面流式は、田んぼのような湛水した浅い池を使った浄化方式です。伏流式は砂利や砂の層を通して汚水をろ過する方式で、1970年代以降にヨーロッパを先駆けに実用化され、主に生活排水の処理向けに世界中に普及が進んでいます。
4) 機械的処理法
機械的汚水処理法には、膜分離法、凝集沈殿法、オゾン処理法などの物理・化学的な手法、及び、活性汚泥処理法、メタン発酵法などの生物的な手法があります。機械的処理法は人工湿地ろ過システムに比べてコストが大きく、管理が複雑になる傾向がありますが、比較的狭い面積で汚水を浄化できるという利点があります。
5) 自動サイフォン
サイフォンとは、隙間のない管を利用して、液体をある地点から目的地まで、その途中で出発地点より高い地点を通って、重力の力で導く仕組みです。自動サイフォンは、サイフォンの動作を自動化したものです。人工湿地システムで用いられる自動サイフォンには、短い時間で汚水をまくことによりろ床全体に水を広げる働きと、汚水をまかないときには1滴も水を流さずにろ床を乾かすという2つの働きがあり、システムの隅々まで水を行き渡らせる役割を担っています。
6) ヨシなどの植物およびミミズの働き
ろ過するタイプの人工湿地システムにおけるヨシなど植物の最も大きな役割は、芽や茎によるろ床の目詰まりの軽減です。このほかにも冬季の断熱効果や生物相を安定させる効果があります。植物による養分吸収の役割は5%未満なので、浄化促進のためにヨシなどの植物を刈り取る必要はありません。
有機物を食べるシマミミズなどはろ床表面に溜まった有機物を食べて団子状の団粒構造をつくり、ヨシなどの植物と共にろ床の目詰まりを防ぎます。
7) 浄化メカニズム
汚水の浄化は、物理的なろ過、化学的な吸着、生物的な分解の組み合わせで進みます。冬には物理化学的なろ過や吸着により、有機物はシステムに蓄積します。夏にはろ過作用に加えて、生物的な働きが活発になって有機物が分解されます。冬にたまった宿題を夏に片付けるという具合です。窒素の浄化は、主に硝化(NH4+→NO3?)と脱窒(NO3?→N2)という微生物の働きで進みます。また、Anammox反応(NH4++NO2?→N2+2H2O)という微生物の働きも判ってきました。これらの働きで、窒素はN2ガスとして大気に放出されます。システムに蓄積するリンはろ過資材で吸着し、必要に応じて農地還元できます。