プレスリリース
(研究成果)アシストスーツの「効き具合」を見える化

- アシスト力計測×生体力学モデルで農作業の腰負担軽減効果を定量評価 -

情報公開日:2026年5月19日 (火曜日)

ポイント

 農研機構は、アシスト力(トルク1))計測と生体力学モデル2)を組み合わせたアシストスーツ3)の評価方法を構築しました。本技術により、重量物の持ち上げや中腰姿勢など、農業現場で負担の大きい作業において、アシストスーツがどの程度体の負担を軽減しているのかを数値で示すことが可能になります。

概要

 少子高齢化による人手不足が進む中、アシストスーツは農業現場の負担軽減の有力な手段として期待されています。しかし、これまで「どの作業に、どの製品が、どのくらい効果があるのか」が分かりにくく、導入が進みにくいという課題がありました。
 今回、農研機構では、アシストスーツが発揮するトルクを安定して計測する方法と農作業中の体に生じる負荷を力学的に解析できる生体力学モデルを開発し、これらを組み合わせることで、負担の軽減度合いを定量的に確認できる仕組みを整えました(図1)。
  市販の腰補助用アシストスーツを対象に、収穫コンテナの持ち上げ作業を想定して評価した結果、最大で約48%の椎間板ついかんばん圧縮力4)(腰への負担)の軽減効果が確認され、持ち上げの繰り返し作業では、作業時間が経過するほど、腰の疲労がたまりにくくなる傾向が示されました。農業での具体的なユースケースと合わせて負担軽減効果を示すことで、利用者は作業内容に合ったアシストスーツを選びやすくなり、製造者は農作業に必要なトルク目標を設定しやすくなります。その結果、農業用アシストスーツの開発や改良のサイクルの円滑化が期待されます。
 農研機構は今後も、作る側と使う側をつなぐ評価技術を通して、アシストスーツをはじめとするスマート農業技術の現場普及に貢献していきます。

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図1 アシスト力計測×生体力学モデルによる身体負荷低減の見える化
本モデルにより、「設計したアシスト力がきちんと出ているか」と「そのアシスト力により体の負担が軽くなっているか」を一つの流れで確認できます。

関連情報

予算:国際ルール形成・市場創造型標準化推進事業費(戦略的国際標準化加速事業:政府戦略分野に係る国際標準開発活動)「分野横断で要求されるアシストスーツのニーズ及び作業姿勢による腰負担評価指標に係るV&V試験方法の標準化」
予算:科研費「腰痛リスクを考慮した農業用身体アシスト装置の設計条件の解明」
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 農業機械研究部門 所長 長﨑 裕司
研 究 担 当 者 :
同 農作業安全研究領域 主任研究員 田中 正浩
              研究員 向 霄涵
広 報 担 当 者 :
同 研究推進部 広報チーム長 大西 正洋

社会的背景と研究の経緯

 少子高齢化が進む中、農業現場では担い手の減少が進み、人手不足が深刻な課題となっています。こうした状況に対応するためには、農作業の負担を軽減し、高齢者を含む多様な人が農作業に参加しやすくする手段が求められます。
 体に装着して作業を助けるアシストスーツは、その有効な手段の一つとして注目されていますが、現場でさらに広く使われるためには、利用者が「どのような農作業で、どのタイプのアシストスーツが有効に使えるのか」を判断でき、製造者が「農作業においてどれだけ負担を軽減できるか」を定量的にわかりやすく示せることが重要です。
 また、我が国は、アシストスーツの研究開発に早くから取り組んでおり、その普及と国際競争力確保のための国際的なルールづくりにも力を入れてきました。ISO 134825)(サービスロボットの安全)は日本が主導して策定された国際規格であり、これを発展させたJIS B 8446シリーズ等の国内規格の開発と利活用も進められてきました。
 このような社会的背景のもと、農研機構には、生産者が農作業に合った製品を選べるような分かりやすい情報を提供することに加え、製造者が製品の有効性を定量的に評価できる方法を示すことが期待されてきました。
 こうした要請に応えるため、農研機構では、国内外で流通しているアシストスーツを整理・分類し、農作業に適した製品を判断しやすくするとともに、農業ならではの代表的な利用場面を明確にしました。さらに、アシストスーツが出す力を安定して計測する方法や、その力によって農作業中の体の負担がどれくらい軽くなるかをわかりやすく数値で示す評価方法を開発しました。
 これにより、利用者は、作業に合ったアシストスーツを選びやすくなり、導入前に「どの作業で、どれくらい体の負担が軽くなるか」を見通しやすくなります。また、製造者は、農作業の利用場面に合わせて必要なトルクの目標を立てやすくなり、より効果的な製品づくりを進めやすくなることが期待されます。こうした利用者の製品選びや製造者の設計・評価の取り組みを支えるとともに、今後の標準化や国際的な議論を支える基盤となることを目指しています。

研究の内容・意義

1. アシストスーツの製品分類と農業で代表的なユースケースの体系化
 今後、アシストスーツが生産現場により広く普及するためには、利用者のアシストスーツに対する認知度と理解を深めることともに、製造者が農作業現場の実態を把握し、双方が農業における利用シチュエーションを共有していくことが大切です。
 我々は、世界中のアシストスーツ製品を調査し、従来の「動力の有無(アクティブ/パッシブ)」や「構造の硬軟(外骨格/サポーター)」といった分類に加えて、各製品が"どの関節に働いて、どの体の部位を補助するのか"という視点から整理を行いました。この結果は論文1で公表しています。
 さらに、ISO 13482やJIS B 8446-26)を踏まえて、農業で特有の代表的なユースケースや利用時に注意すべき事象について体系的に整理しました(表1)。
 今後、アシストスーツの多様化が進む中で、製品や農業におけるユースケースはさらに広がっていくと考えられます。今回整理した分類体系やユースケースは、そうした今後の展開を支える基盤となるものです。

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表1 農業で特有の代表的なユースケース例
農作業でよく見られる代表的なアシストスーツのユースケースを、ISO 13482を参考に整理した一例として示しています。これらの内容は農業経営者向けに下記サイトでも公開しています。https://www.naro.go.jp/org/iam/anzenweb/column/R7/8.html

2. JISの考え方を広げたアシストスーツのトルク計測方法
 アシストスーツは、モーターやばねの力を使って人間の姿勢や動作を補助します。特に腰を支援するタイプでは、重い物を持ち上げたり、中腰姿勢で作業したりする際に、腰の負担を軽くします。このときのアシスト力はトルクという量で表されます。トルクは、アシストスーツの安全性や性能を判断するための重要な目安であり、製品同士を比べたり、作業内容に合った製品を選んだりする際に欠かせません。現在の国内規格(JIS B 8456-17))では、アシストスーツが出せる最大の力の計測方法が決められています。これは、試験の容易さや再現性を確保するために、アシストスーツが最も力を発揮する角度で、出力軸を静止させた状態で発揮されるトルク(静トルク)を計測する方法です。一方、私たちは、このJISの方法をもとにしながら、動いているときのトルク(動トルク)も測れる新しい方法を開発しました。これにより、アシストスーツが実際の運動中にどの程度トルクを出しているかを、簡単かつ安定して測定できるようになりました。その結果、アシストスーツの特性をより分かりやすく把握することが可能になりました(図2)。

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図2 アシストスーツの運動中のトルクの計測
固定したアシストスーツをワイヤで電動シリンダに接続し、電動シリンダを動かしながら、アシストスーツがワイヤを引っ張る力を力センサで計測した。電動シリンダが動いた量(S)からアシストスーツの回転角度(rP)やワイヤとのなす角(θ)を計算することで、角度を直接測る必要をなくし、試験を簡単にした。この方法により、アシストスーツが動いているときのトルクを安定して評価できることを示している。

3. トルク×生体力学モデルによる身体負荷低減効果の見える化
 人の体には、姿勢や動作によってさまざまな力がかかります。特に、前かがみになったり、物を持ち上げたりすると腰に大きな負担がかかり、腰痛の原因になることが知られています。私たちは、農作業中の姿勢や動きをもとに、体にどれくらい負担がかかっているかを力学的に計算できるモデルを開発しました。このモデルは、身長や体重、性別、年齢などを考慮して、その人の体格を再現することができます。
 このモデルにアシストスーツのトルクの測定結果を組み合わせることにより、アシストスーツを使うと腰への負担がどの程度軽くなるのかを数値で示せるようになりました(図3)。さらに、アシストスーツを使った繰り返し作業において、腰がどれだけ疲れにくくなるかを推定できました(図4)。

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図3 アシストスーツによる椎間板圧縮力の軽減効果
図2で計測したトルクを生体力学モデルに当てはめ、30kgの収穫コンテナを持ち上げる動作を想定して評価しました。その結果、アシストスーツを使うことで、最大で約半分(48%)の椎間板圧縮力の軽減効果が確認できました。

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図4 アシストスーツによる繰り返し作業での腰の疲労軽減効果の推定
 人間は同じ作業を続けると、だんだんと出せる最大の力が弱くなり、関節が支えられるトルクも小さくなっていきます。この影響を考慮して、15kgの収穫コンテナを一定のペースで繰り返し持ち上げる作業におけるアシストスーツによる腰の疲労軽減効果を推定しました。
 まず、15kgの収穫コンテナを一定のペースで4分間繰り返し持ち上げる動作のデータを取得しました。次に、この動作をもとに、生体力学モデルを用いて、腰が支えられる最大のトルク(最大腰部許容トルク)が、作業開始時を100%としたときにどのように低下していくかを推定しました。さらに、市販されているパッシブタイプのアシストスーツから計測したトルクをこの推定に反映させました。
 その結果、アシストスーツを使用した場合には、使用しない場合と比べて、作業を続けるほど腰への疲労の蓄積が抑えられ、アシストスーツの効果が大きくなることが分かりました。今回の条件では、作業を続けて9分後には、アシストスーツを使用することで、使用しない場合より腰の疲労の蓄積が約7%軽減されると推定されました。なお、これまでアシストスーツによる負担軽減効果は、筋電図(筋肉の電気信号)を用いた評価が一般的でした。今回の推定結果は、筋電図による評価とほぼ同様の傾向を示しました。

今後の予定

 アシストスーツの開発プロセスでは、アシストスーツが設計どおりに作れているかを検証する際に力やトルクといった力学的な指標が重要となります。JISにおいてもその安全設計や計測方法(静トルク)が規定されており、実際に多くの腰補助用のアシストスーツでは、アシスト力を力やトルクとして諸元表等に記載しています。一方で、アシストスーツが実際の作業においてどの程度の負担軽減効果を有するかについては、筋電図(筋肉の電気信号)やアンケートといった生理学・心理学的な評価手法が用いられることが一般的です。そのため、設計段階でのトルク計測と利用時での負担軽減効果とを一貫して結び付ける評価の流れが確立されていませんでした。
  私たちが開発した、運動中のトルク(動トルク)も安定して測定可能なアシスト力計測と、体格や作業動作を再現して腰の負担や疲労の軽減効果を評価できる生体力学モデルを組み合わせて、アシストスーツの開発プロセスに取り入れることができます。これにより、「設計したトルクがきちんと発揮されているか」と「そのトルクによって体の負担が軽くなっているか」を一つの流れで確認できるようになります。
  本評価方法を通して、製品選びや改良が進みやすくなり、農作業に合ったアシストスーツの開発と普及が加速すると期待されます。

用語の解説


トルク
 トルクとは、物を回そうとする力の大きさを表す量。ドアを押して開けるとき、ドアノブを回すとき、レンチでボルトを締めるときなど、私たちは日常生活の中で無意識にトルクを使っている。
生体力学モデル
 人間の身体を力学的に表現したモデル。関節角度、身体各部の質量や重心位置、外力などの情報から、関節トルクや椎間板圧縮力など、身体に生じる力学的負荷を計算することができる。
アシストスーツ
 身体に装着して作業時の姿勢や動作を補助する支援機器。重要物の持ち上げ・運搬、中腰などの姿勢維持、歩行などの日常動作等を補助し、身体的負荷の軽減を目的として使用される。製品によって使用目的や作用する関節、補助する身体部位が異なり、さまざまな種類があるが、本稿では主に作業支援を目的としたものを扱う。
椎間板圧縮力
 立ったり、前かがみになったり、重い物を持ったりするときに、腰椎の椎体間にある椎間板に上から押しつぶすようにかかる圧縮方向の力。腰痛や腰椎障害のリスク因子の一つとして知られる。生体力学的評価では、腰部負担を示す代表的な指標として広く用いられている。
ISO 13482
 サービスロボットの安全要求事項を定めた国際規格。対象の一つとして装着型身体アシストロボットがあり、安全設計・リスク低減のための要求事項を規定している。日本が主導して策定した。
JIS B 8446-2
 ISO 13482を基礎として作られた日本産業規格。低出力(人間の力を超えない)タイプの装着型身体アシストロボットを対象とし、安全設計・リスク低減のための要求事項を規定している。
JIS B 8456-1
 JIS B 8446-2を基礎として作られた日本産業規格。腰部を補助する装着型身体アシストロボットの安全および性能に関する要求事項を規定している。

発表論文

1.Tanaka, M., & Xiang, X. (2025). Evaluation methods for the assist suit and agricultural applications. Japan Agricultural Research Quarterly, 59(2), 101-118. https://doi.org/10.6090/jarq.23S20
2.田中正浩・梅野覚・菊池豊・向霄涵・難波和彦(2023).パワーアシストスーツの動的なアシスト力の直接的な測定方法の開発.農業食料工学会誌, 85(3): 149-154.https://doi.org/10.11357/jsamfe.85.3_149
3.田中正浩・原田泰弘・梅野覚・菊池豊(2022).アシストスーツの農業利用に関するアンケート調査.農作業研究, 57(1): 21-29.https://doi.org/10.4035/jsfwr.57.21
4.Xiaohan Xiang, Masahiro Tanaka, Satoru Umeno, Yutaka Kikuchi, Yoshihiko Kobayashi (2023). Dynamic assessment for low back-support exoskeletons during manual handling tasks, Frontiers in Bioengineering and Biotechnology. 11, 1-14. https://doi.org/10.3389/fbioe.2023.1289686
5.Xiaohan Xiang, Masahiro Tanaka, Satoru Umeno, Yutaka Kikuchi, Yoshihiko Kobayashi (2024). Fatigue assessment for back-support exoskeletons during repetitive lifting tasks, Frontiers in Bioengineering and Biotechnology. 12, 1-14. https://doi.org/10.3389/fbioe.2024.1418775

研究担当者の声

iam_20260519_05.pngiam_20260519_06.png農業機械研究部門 農作業安全研究領域
主任研究員 田中正浩(写真左)
研究員 向 霄涵(写真右)

国研の研究者として、生産者・製造者・業界団体の皆さまに役立つ共通基盤を提供できるよう取り組んできました。本研究は、多くの方々の支えのもと、構想を形にすることができました。本成果が、生産現場におけるアシストスーツのさらなる普及の一助となれば嬉しく思います。