ダイバーシティ推進 Diversity and Inclusion

逵 瑞枝 東北農業研究センター 畑作園芸研究領域 上級研究員

生きることは食べること。 食べることに困らない世界になるよう貢献したい。

生きることは食べること

大学は教育学部を卒業しましたが、教職に魅力を感じなかったため、民間企業に就職しました。その後、結婚・退職し、夫の勤務地で転職しました。それなりに楽しい平穏な日々を送っていましたが、そんな時にリーマン・ショックが起こり、非正規雇用や外国人が減給・解雇を受けました。とくに外国人の場合は悲惨で、帰国資金も再就職先もなく、食べるのがままならない状況を目の当たりにし、頭を殴られたようなショックを受けました。人間にとっての基本が「食」であることを痛感し、自分も何か「食べる」ことに貢献できないかと考えるようになりました。「食べる」ことに直接関係するのは農業です。まずは農学を学んでみたいと考え、34歳にして静岡大学農学部3年次への編入試験を受けました。最初は農業の大規模集約化に興味を持ちましたが、世界の農業生産の約40%が病気・虫・雑草害で失われており、この40%のうち14%は病気によるものであることを知りました。この14%の損失は、世界で飢餓状態にある8億人分の食糧に匹敵します。作物の病気をなくすだけで、世界から飢餓がなくなるかもしれないのです。これだっ!と直感し、植物病理学研究室のドアをたたきました。

植物病理学に目覚める

植物病理学研究室では、植物病原細菌の同定と分類に関する研究が盛んに行われていました。とくに瀧川雄一教授との出会いは大きく、知らず知らずのうちに研究にのめり込んで行きました。病原細菌の外部形態はどの細菌もそっくりで、形態で種類を判別することが困難です。そのため農業現場では、病気の犯人である細菌を同定せずに、慣行栽培として指定されている農薬を使う場合がほとんどです。もしそれが効かなければ別の農薬を試してみるという場当たり的な管理がなされ、これでは農薬の使用量が増え、コスト的にも環境にも良くありません。瀧川研究室では、培地を変えて植物病原細菌を育成し、培地に対する成長反応の違いに基づいて細菌の同定と分類を行っていました。病原細菌の種類が分かれば、それに有効な農薬も決まり、エビデンスに基づいた効率的な管理が実現します。問題はその分野を担う国内の研究者が少ないことでした。私は、意を決して大学院博士課程に進学しました。

農研機構への就職

博士論文をまとめるのは、決して楽ではありませんでしたし、年齢のこともあり、学位を取得した後に就職できるのかという不安もありました。ところが人生分からないものです。学位取得直前に、農研機構でタマネギの病害分野の研究員の公募が出ていることを知り、応募したところ、意外なことに採用されたんです。
農研機構では、タマネギの病害防除と病原細菌の全国分布を解明する研究に取り組みました。この研究により、国内の病原細菌の種類は産地の気候や栽培時期などの管理方法によっても大きく異なることが分かりました。新しくタマネギ栽培を始める地域では経験が少ないため、病気対策も主産地である北海道や淡路島の真似をすることが多くありました。共同研究の結果、東北に他の産地のやり方を適用しても病気対策はうまく行かないことが判明しました。やはり病気の犯人である細菌をしっかり同定し、エビデンスに基づく対策を講じる必要があるのです。

腐敗が分かる「においセンサー」

パーマネント(無期)になってから手がけている研究は、タマネギの腐敗を簡易に検出する技術の開発です。タマネギ加工業者は、タマネギの腐敗が分かると輸送用のコンテナ単位で返品することもあるため、大量の食品ロスが起こります。腐ったタマネギを検出して出荷しなければ、この食品ロスを抑えることが可能になります。経験的に病気のタマネギは病原細菌が異なると「におい」も違うことを感じていました。偶然テレビニュースで、高い感度で匂いを検出する「においセンサー」を開発した物質・材料研究機構の研究者とそれを利用している農研機構の研究者が取り上げられていました。農研機構の研究者を介して連絡を取ったところ、すぐに共同研究が始まりました。順調に研究は進み、ちょうど特許を出願できたところです。今後はこの技術をほかの作物に適用して、出荷段階で腐敗した農産物を検出することで食品ロスの削減に貢献したいと考えています。

人生はやり直せる

人生を学生時代に決めるのは難しいです。考えてばかりいても始まりません。やりたいと思うことを何でもやってみれば良いと思います。私の経験から言えることは、人生はやり直しがきくということです。だめだったら、やり直せばいいんです。ただ、私の場合、困難な局面ではいつも助けてくれる人がいました。だから、人との出会いは大事にしてもらいたいと思います。

共同研究者の皆さんと、淡路島のタマネギ選果場を視察/台湾・綠島をレンタルバイクで旅行中/栄養源や動態から,肉眼で見えない細菌の「生き様」を知る/マルチロードマップ