ダイバーシティ推進 Diversity and Inclusion

長谷川 利拡 農業環境研究部門 気候変動適応策研究領域 研究領域長

ターニングポイントはアメリカ留学。人とのつながりが私の財産。

始まりはアメリカ留学

「超」外交的人間の父は、私が高校生の頃に、よく外国人を家に連れてきました。しかし、私はその外国人と全く会話ができなくて衝撃を受けました。それがきっかけとなって英会話の勉強を始め、大学時代は留学生と直接、話をする機会を増やすように努力していました。留学のチャンスは大学院修士課程に進学してすぐに訪れ、1年間、アメリカのウィスコンシン大学に留学しました。1ドル230円の時代であったため、余裕のある生活はできませんでしたが、研究には没頭できました。そこでの経験を通して自分に自信を持つことができたため、研究者を目指すことにしました。

人とのつながりが財産

帰国後も、研究室を訪れる外国人研究者の対応を頼まれました。留学させていただいたので断るわけにもいかず、日本に滞在する間のお世話をしました。時間は取られましたが、その結果、世界で活躍する研究者と仲良しになることができたのです。このことは、私の研究人生にとって大きな意味を持つことになりました。ある人とのつながりが、新しい人とのつながりをもたらします。つながりの連鎖は止まることがなく、やがて国際的な共同研究にも誘われるようになりました。これも思い返してみると、1年間の留学がもたらしたことです。ほんの小さな一歩が人生を変えるほどの大事になることを、身をもって体験しました。

農研機構への転職

博士課程2年が終わった時に、九州東海大学から誘われて就職しました。就職しても、院生時代と同様に水稲の成長や収量を予測する数理モデルの研究を続けました。1997年に北海道大学に転職しましたが、時を同じくして農業環境技術研究所(現:農業環境研究部門)の小林和彦さんが岩手県雫石町で水稲のFACE実験を開始しました。FACEとはFree-Air CO2 Enrichmentの略で、自然条件に近い開放系で大気中のCO2濃度を増加させて、作物の成長や収量への影響を調べる研究です。私は2000年からこの研究に参画しましたが、小林さんが2003年に東京大学に移られたため、その後継者として農業環境技術研究所に来ないかと誘われました。FACE研究に心から魅せられていた私は、この話に飛びつきました。FACE研究は、いろんな研究分野から構成される学際研究です。異なる分野の研究者が参画することで、互いに刺激しあって相乗効果が生まれる点が私にはたまりません。しかも、バイオなどの科学技術の進展から新しい研究の切り口が生まれ、さらに扱う分野が広がる方向に発展していき、それが2021年の日本農学賞受賞につながりました。

農研機構の長所

農業環境技術研究所には、大学と変わらない自由な雰囲気がありました。雫石の実験だけでは高CO2による効果の地域性がわからないため、研究所に近い茨城県つくばみらい市の農家水田でもFACE実験を開始しました。FACE実験は大きな予算や人的サポートが必要であり、大学が単独で実施するのは困難です。研究者が多く、予算や支援スタッフの豊富な国の研究機関だからこそできた研究だと言えます。また、つくばみらいは研究所から近かったので、多数が参画する研究がしやすく、その結果、雫石とつくばみらいでは同じ品種でも気候(とくに温度)が異なるため、高CO2による増収効果も異なるという興味深い結果が得られ、それが国際共同研究へと発展していきました。

大事なのは伝えたいという気持ち

2010年に始まった国際共同研究は、地球規模の作物生産を予測する世界統一モデルを構築することが目的でした。世界中から作物生産のモデルを扱う研究者が集まって会議が開かれましたが、最初のうちはどの研究者も自分のモデルの長所を主張するばかりで、世界統一モデルはできそうにありませんでした。しかし、モデルによって計算に使用するデータや計算上の仮定も異なるため、国や地域によってモデルを変えてしまっては地球規模の予測とは言えません。この局面を打破するためには、自分勝手な主張を否定し、より建設的な方向を目指す議論が必要でした。この議論はもっぱら英語で行われました。英語は日本語より、ものごとを明確に表現することに長けています。日本人は、どちらかといえば相手を否定するような言動を控え、協調することを美徳とする文化ではないかと思います。しかし、科学的な議論では、同意しなくてもケンカにはなりません。良いものを作りたいという目的が共有されているので、否定によって建設的な議論が始まります。むしろ、しっかり発言した方が「興味を示している。積極的に参加している」と好意的に受け止めてもらえます。若い人は、国際会議の場でも自分の意見を主張できるように訓練しておくと良いと思います。主張するうえで大事なのは、文法やテクニックではありません。「伝えたい!」という気持ちです。

つくばみらいFACEにおける実験風景:現在よりも二酸化炭素濃度が200ppm高まった際のイネの反応を調査/IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change )政府向け要約のオンライン承認会議での答弁/東北・みやぎ。復興マラソン完走/マルチロードマップ