研究の背景と経緯
キク類は、葬祭や仏事での「供花」をはじめ国民生活に欠かすことの出来ない必需品として位置づけられ、その生産量は切り花全体の約40%(2012年)を占めています。商業的なキク生産が飛躍的に発展した背景には、植物が日長を認識して適切な時期に花を咲かせるしくみを利用した人為的な日長操作による開花調節技術がありました。しかし、これまでキクの開花時期調節のしくみは未解明のままでした。
キクなどを使った実験から、植物が日長を認識し、花を咲かせるとき、葉で開花を決める植物ホルモンが作られるという仮説が1936年に提唱されました。その後、開花を決める植物ホルモンには、花を咲かせるホルモンと咲かせないように働くホルモンの両方が存在すると考えられ、花を咲かせるホルモン「フロリゲン(花成ホルモン)」の正体が2007年に明らかになりました。しかし、花を咲かせないように働くホルモン「アンチフロリゲン(花成抑制ホルモン)」の正体は謎のままでした。
キクのさらなる安定生産を達成するためには「アンチフロリゲン」の解明が必要とされていました。
研究の内容・意義
これまでに私たちのグループによりキクの「フロリゲン」を合成するための遺伝子[FT-like 3 (FTL3) ]が同定され、キクの開花が誘導される短日条件の葉でFTL3遺伝子の発現が高く、開花誘導できない日長条件(長日あるいは暗期中断3))では低いことがわかっていました。しかし、このFTL3の発現だけでは、キクの開花のしくみを説明するには十分でありませんでした。
- DNAマイクロアレイ技術4)を用いてアンチフロリゲン候補遺伝子の探索を行いました。開花誘導できない日長条件で発現が高い候補遺伝子を単離し、Anti-florigenic FT/TFL1 family protein (AFT)と名付けました。キクが通常開花する短日条件でAFT遺伝子を過剰発現させ、アンチフロリゲンを作らせた組換え体は、花を咲かせることが出来なくなりました(図1)。さらに、主に葉で作られるAFTタンパク質が茎先端に長距離移動し、茎先端で開花を抑制する作用を示すことがわかりました。
- 茎先端に移動した花成ホルモン、フロリゲンは、FDと呼ばれるタンパク質と結合して花芽形成にかかわる遺伝子群を誘導します。 AFTタンパク質(アンチフロリゲン)もキクのFD様タンパク質(FDL1)と結合します。AFTタンパク質は、その量がFTL3タンパク質の量に比較して多いとき、FTL3-FDL1の結合を抑えることにより花芽形成遺伝子群の発現を抑制することがわかりました。
- 暗期中断を行う時間帯によって開花抑制効果が異なることが知られています。そこで、AFT遺伝子の発現に影響を与える光照射の時間帯について調べたところ、暗期開始一定時間後から数時間だけAFT遺伝子を誘導するために必要な光情報を感じることができることがわかりました(図2)。さらに、その時間帯は、光を受けて開花が抑制される時間帯と一致していました。
- キクでは、赤色領域(波長600-700 nm)の光照射での暗期中断が開花抑制に最も効果が高いことが知られています。そこで、赤い光を感知する光受容体の一種であるフィトクロムB(PHYB)遺伝子の機能を弱めた遺伝子組換え植物を使って調べたところ、赤色光の情報をPHYBで感知して抑制因子(AFT遺伝子)と促進因子(FTL3遺伝子)の両方を開花しない方向に制御していることがわかりました(図3)。
- 以上から、キクは暗期開始からの時間を計測し、特定の時間帯に葉で赤色光を感知し、「アンチフロリゲン」と「フロリゲン」それぞれの作る量を調節して、開花時期を決めていることがわかりました(図4)。
今後の予定・期待
この研究は、開花を決めるしくみに積極的な開花抑制機構が存在することを明らかにした画期的な成果です。花を咲かせるホルモン様物質(フロリゲン)と咲かせないように働くホルモン様物質(アンチフロリゲン)の両方の存在が明らかになったことにより、花の咲く時期を自由に制御する技術の開発にさらに一歩近づいたといえます。
今後、この成果がキクだけでなく様々な植物の開花時期調節のしくみ解明につながり、需給バランスに応じた農作物の安定生産等に貢献することが期待されます。
用語の解説
1) 花成抑制ホルモン(アンチフロリゲン):
葉で作られ、茎頂部に運ばれて花芽形成を引き起こすホルモン様物質「花成ホルモン(フロリゲン)」に対して、葉で作られ、茎頂部に運ばれて花芽形成を阻害するホルモン様物質を「花成抑制ホルモン(アンチフロリゲン)」と呼びます。
2) 電照ギク栽培
電照ギク栽培とは、キクの切り花長の確保や出荷時期の調節を目的に夜間に電照(光を人工的に照射)を行う栽培方法です。キクは短日植物であるため、夜が一定以上の長さになると開花します。そのため、夜間に電照を行い、キクに夜が短いと感じさせて花芽分化を抑制しています。例えば、秋に咲くキクを年末に出荷するためには、電照を行い開花を遅らせています。いろいろな電照の方法がありますが、22:00から2:00の4時間、照明を行う暗期中断電照が最も普及しています。
3) 暗期中断:
暗期の間に短時間の光を人工的に照射し、暗期を中断すること、光中断とも呼ばれます。キクの電照栽培に応用され短日条件の真夜中に光を人工的に照射し、開花時期を遅らせています。暗期中断処理によって秋に咲くキクを冬に咲かせることができます。
4) DNAマイクロアレイ技術:
ガラスなどの基盤上に高密度に遺伝子情報を固定し、生体内の遺伝子発現量を網羅的に測定することのできる技術。数万から数十万種類の遺伝子の動きを一度に解析できます。
参考データ
図1 : アンチフロリゲン(AFT)による開花抑制
野生型(左)のキクが開花する短日条件においても、AFT 遺伝子を過剰発現する遺伝子組換え体(右)は開花しない。写真は短日条件において56日目の様子。
図2 : AFT遺伝子の発現調節メカニズム
キクは、暗期開始一定時間後から数時間だけAFT遺伝子を誘導するために必要な光情報を感じることができます(赤い点線のピークが高い部分ほど光に対する反応性が高い)。この時間内に光を感じると、その後、AFT遺伝子の発現が誘導されます(黒い実線)。
図3 : 赤色光受容体フィトクロムB (PHYB)を介した開花抑制
野生型のキク(右)が開花しない暗期中断条件下でもフィトクロムB (PHYB)遺伝子の機能を弱めた遺伝子組換え体(左)は開花します。
このことから、PHYBがキクの暗期中断を感知する主要な光センサーとして機能することがわかりました。
図4 : アンチフロリゲン(AFT)とフロリゲン(FTL3)によるキクの開花調節機構のモデル
AFTとFTL3は、赤色光受容体(PHYB)を介して葉で作られる量が調節され、その量に応じて茎頂部に運ばれる。茎頂部でAFTの存在割合が高いと栄養成長(茎葉を分化)を続け、FTL3の存在割合が高いと花芽を形成し、開花する。