研究の背景と経緯
カーネーションは地中海沿岸原産のナデシコ科ナデシコ属の植物で、切り花の生産量がキク、バラと並んで多く、世界の三大花きに数えられます。日本でも2番目に出荷本数の多い重要な花きです(3.1億本、平成24年)。これまでに農研機構花き研究所は、交配を繰り返すことで花持ちを向上させた品種「ミラクルルージュ」、「ミラクルシンフォニー」や、重要病害である萎凋(いちょう)細菌病に対する抵抗性を野生種から導入した品種「花恋(かれん)ルージュ」を開発してきました。これらの特性は重要であるにもかかわらず、原因遺伝子が特定できていないため、選抜とその評価に時間がかかりました。今回、新たな品種の育成とその育種の効率化を図るため、カーネーション研究で成果を上げてきた産学官の4機関が共同してカーネーションの全ゲノム解読に着手しました。
研究の内容・意義
1)日本で生産量の多い赤色品種「フランセスコ」のゲノム解読を行った結果、推定されるカーネーションのゲノム全体(6億2200万塩基対)の91%の解読に成功しました。
2)解読した配列の中から遺伝子の完全または部分構造を明らかにし、カーネーションは約4万3千個の遺伝子を持つことが明らかになりました。カーネーションの持つ遺伝子のほとんどが解読できたと推定されました。
3)アントシアニンなどの花色に関わる色素の合成遺伝子、花持ちに関わるエチレン2)合成遺伝子、病害抵抗性に関わる遺伝子、花弁の展開に関わる遺伝子、花の香りに関わる遺伝子について、これまでカーネーション中には存在が知られていなかった種類のものが新たに多数発見されました。また、それら遺伝子の働きを制御する遺伝子(転写因子)3)や模様の形成に関与する遺伝子(トランスポゾン)4)も新たに発見されました。
4)花きにおけるゲノム情報の解読は世界で初めてです。
今後の予定・期待
1)多数の遺伝子の機能解明が大きく進むため、今後の新しい品種開発のスピードが飛躍的に向上することが期待されます。また、新しい花色を持つ品種、病虫害に強い品種、香りの良い品種など新たな価値をもったカーネーション品種の開発に大きく貢献することが期待されます。
2)遺伝子の機能解析を進めることで、カーネーションが持つ多様な花色や模様の形成機構が詳細に明らかになり、その成果が他の花きでも活用できることが期待されます。
3)ナデシコのような花からカーネーションがどのように育種されてきたのか、ナデシコの進化の歴史など基礎植物科学への貢献も期待されます。
4)カーネーションのゲノム情報を花きにおいて世界で初めて解読できたことにより、今後の花きのゲノム研究が大きく前進すると期待されます。
用語の解説
1)アントシアニン
赤~紫~青色を示す色素で、糖(グルコース、ガラクトース)と結びついた形で液胞に含まれています。
2)エチレン
植物ホルモンの一種であり、花の老化促進、花茎の伸長抑制などの作用があります。カーネーションはエチレンに対する感受性が非常に高く、エチレンの影響で花持ちが短くなります。
3)転写因子
他の遺伝子の働きをコントロールする管理者的なタンパク質。標的となる遺伝子の転写(DNA情報をRNAに写し取る反応)を直接制御し、通常は一つの転写因子が複数の遺伝子の働きの調節に関わります。
4)トランスポゾン
通常の遺伝子とは異なり、ゲノム上の様々なところに動くことができる遺伝子。その性質から「動く遺伝子」とも呼ばれます。トランスポゾンが移動することで近傍の遺伝子の発現を抑制や失活(機能を失う)させる現象が知られています。解読した品種「フランセスコ」ではトランスポゾンが動かないような仕組みが存在していました。
写真1 ゲノムを解読した品種「フランセスコ」