プレスリリース
(研究成果) 農地土壌に含まれるPFASを分析する暫定マニュアルを公開

情報公開日:2024年7月 3日 (水曜日)

ポイント

農研機構では、これまで効率よく安定的に分析するのが難しかった土壌中PFAS1)を分析できるよう、多種のPFASを抽出・検出するための暫定マニュアル(英語版と日本語訳版)を作成し、農研機構のホームページで公開しました。多くの試験研究機関等に活用していただき、分析データのフィードバックにより改良していくことで、分析法の信頼性・汎用性をさらに高めていくことを目指しています。今後、国内外の農地土壌のモニタリングに活用されることを期待しています。

概要

多種多様な有機フッ素化合物のうち、PFAS(ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物の総称)の影響が懸念されています。内閣府食品安全委員会により、PFASのうちPFOAとPFOSの2種について健康影響に関する指標値(それぞれ体重1キログラム当たり1日20ナノグラム)が設定されましたが、農業環境におけるPFASの実態は未解明です。農業環境中のPFAS濃度を測定する方法を確立するため、農研機構は、農林水産省の委託プロジェクト研究課題「農業環境(水、土壌等)からの農産物へのPFOA及びPFOS等のPFASの移行(蓄積動態)に関する基礎研究」において、コンソーシアム構成員((国研)産業技術総合研究所、(地独)大阪府立環境農林水産総合研究所)とともに、農地土壌中の多種のPFASを抽出・検出できる手法を開発し、暫定版のマニュアルとしてとりまとめて、農研機構のホームページで公開しました(https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/163753.html)。

このマニュアルは、以下の特徴を有しています。

  • 代表的なPFASであるPFOA、PFOS、PFHxSを含めた多種PFASの一斉分析が可能
    飲料水や環境水における海外の評価に含まれるPFASの中から選定した30種について、土壌中の濃度を一斉に分析できます。
  • 多数の試料分析に対応できる簡便化した工程
    分析にかかる時間と資源を削減できるよう、不溶物を遠心分離で除去し、溶液をデカンテーションで移し替える方法としました。
  • 分析の手順を分かりやすくビジュアルに説明
    土壌試料採取、前処理などを含む試料調製から含量測定までの工程についてイラストを交え分かりやすく示しています。
  • 条件設定の明示によりすぐに分析可能
    液体クロマトグラフ-質量分析装置(LC-MS/MS)メーカーの協力を得て、使用機種に対応した分析パラメータを収載しました。

農業環境中の多種のPFASを一斉に分析する手法開発は緒に就いたばかりですが、「暫定マニュアル」として公表することで、土壌中のPFAS分析法として多くの分析者に活用され、その分析者からのフィードバックやデータを蓄積して、今後より多くの土壌の種類に対応できる信頼性・汎用性の高いマニュアルへと改良します。これが広く活用されることにより、農業環境におけるPFASの実態の解明に繋がると期待されます。

関連情報

予算 : 農林水産省委託プロジェクト「令和4年度安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業(農業環境(水、土壌等)からの農産物へのPFOA及びPFOS等のPFASの移行(蓄積動態)に関する基礎研究)」(JPJ008617. 22682068)、農研機構 運営費交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 基盤技術研究本部 高度分析研究センター
センター長山崎 俊正
研究担当者 :
同 高度分析研究センター 環境化学物質分析ユニット
上級研究員殷 熙洙(ウン ヒースー)
広報担当者 :
同 研究推進室 渉外チーム 主査杉山 憲明

詳細情報

開発の社会的背景

近年、「Forever Chemicals(永久に残る化学物質)」と呼ばれるほど残存性が高いPFASについて、欧米を中心にヒトの健康へのリスクが注目されており、日本においても注視されています。多種多様な有機フッ素化合物のうち、日本では水道水や河川水において、PFASのうちPFOAとPFOSの2種について暫定目標値が設定されていますが、土壌中の多種のPFASを効率よく安定的に分析するのは難しく、農業環境におけるPFASの実態は未解明です。そこで、農研機構では、土壌中のPFASを一斉に抽出・検出するための分析法の開発に取り組みました。

研究の経緯

農林水産省では「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業」の短期課題解決型研究「農業環境(水、土壌等)からの農産物へのPFOA及びPFOS等のPFASの移行(蓄積動態)に関する基礎研究」で、農地土壌や農産物等におけるPFOA及びPFOSを含む多種PFASの一斉分析法の検証と、国産農産物への移行、蓄積が懸念されるPFASの分子種の予備的な探索等を研究課題として設定しました。農研機構は、コンソーシアム(構成員:農研機構、(国研)産業技術総合研究所、(地独)大阪府立環境農林水産総合研究所)を構築して本研究を実施し、その中で土壌中のPFASを一斉に抽出・検出するための分析法を開発しました。

土壌中のPFAS調査のためには、試料採取から分析までの工程が必要ですが、作業手順書がなかったため、初めてPFASを扱う場合でも円滑に作業を行えるよう、留意点とその理由を丁寧に記載したマニュアルを作成しました。また、日本の農地土壌は炭素含量が豊富なうえ、肥料や有機物など様々な農業資材由来の夾雑物が多く含まれているため、土壌試料からPFASを高効率かつ安定的に抽出して精製する方法が必要です。本暫定マニュアルに記載された分析法により、日本の一般的な農地土壌である黒ボク土や褐色低地土を対象とする分析が可能です。

また、地方自治体や民間分析機関において分析を行う際には、分析装置の違いにより分析値に影響を与える懸念があります。この懸念を排除するため、メーカーの協力で機器毎の測定メソッドファイル作成のための条件設定を行い、現場に導入しやすい分析法を目指しました。

研究の内容・意義

  • 本暫定マニュアルは、「(1)土壌試料の採取と前処理」、「(2)土壌試料からのPFAS抽出・精製」、「(3)液体クロマトグラフ-質量分析装置(LC-MS/MS)を用いたPFASの測定(定性・定量)」に、参考となる「(4)試薬と装置」を加えた4章で構成されています(図1)。
  • 本暫定マニュアルでは、PFAS分析ユーザーの目的に合わせて、30種類のPFASの中から分析需要や注目度に基づいて分類された3つのグループから必要なグループを選択して分析を実施できます(表1)。
  • 本暫定マニュアルには、試料採取、抽出、精製の各工程のチェックシートが掲載されており、工程を漏れなく進めることができます。また、土壌試料の採取地点の選定、採取方法、試料の前処理の方法から抽出、精製、濃縮までのすべての工程に使用する試験装置や試験器具の扱いなどについてイラスト等を用いて、初めてPFAS分析を行う実施者にも分かりやすく解説しています(図2)。
  • 本暫定マニュアルでは、多数の土壌試料の分析を短時間かつ効率よくできるルーチン分析を想定するとともに、分析者の安全面にも配慮しており、必要最低限の量の試験用化学品の使用や、作業の時間及び負担を軽減するための操作(デカントなど)を取り入れるなどの工夫について記述しています。
  • 分析に用いる液体クロマトグラフ-質量分析装置(LC-MS/MS)のメーカー3社(日本ウォーターズ株式会社、アジレント・テクノロジー株式会社、株式会社島津製作所)の協力により、各社主要機種における測定メソッドファイルを作成しています。各装置のユーザーは、測定条件の検討、調整をする必要がなく、マニュアルとともにメソッドファイルを利用することで速やかに分析に着手できます。
  • 本暫定マニュアルでは、日本の一般的な農地土壌である黒ボク土や褐色低地土における内部標準物質の添加回収試験2)の結果から、高効率かつ安定的にPFASの分析ができることを確認しています。例として、表2にグループ1の主要4化合物(PFHxS、PFOS、PFOA、PFNA(ペルフルオロノナン酸))の結果を記載しました。得られた測定値を添加濃度で除した回収率の平均値は、黒ボク土で98~116%、褐色低地土で94~108%、標準偏差はそれぞれ3.09~5.65、4.38~5.79と良好な結果でした。
  • 世界のPFAS問題の早期解決に貢献するために、本暫定マニュアルの英語版と日本語訳版を、農研機構WEBサイトにて無償で提供しています。

※測定メソッドファイルは、装置メーカーのWebページ(マニュアルに掲載のURL)より入手できます。

今後の予定・期待

今後、本マニュアルが、黒ボク土と褐色低地土以外の土壌の測定に対応できるよう改良を進めます。現在、国内外の学会や会議での多数の試験研究機関や分析ユーザーへ周知するとともに、室間共同試験による妥当性確認3)を実施中です。ユーザーからのフィードバックやデータを蓄積していくことで、さらに信頼性・汎用性の高いマニュアルへと改善する予定です。本暫定マニュアルが、農業環境におけるPFASの分布実態の解明や、国内外の農地土壌の継続的なモニタリング等に活用されることを期待します。

本取り組みを含む内容の発表を第3回環境化学物質合同大会(第32回環境化学討論会/第28回日本環境毒性学会研究発表会)(広島市・JMSアステールプラザ・7月2日~5日)にて行います。

用語の解説

PFAS
有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物の総称です。1万種類以上の物質があるとされ、PFOAやPFOS、PFHxSはその一種になります。PFOAについては、フッ素ポリマー加工助剤や界面活性剤などに、PFOSについては、半導体用反射防止剤や金属メッキ処理剤、泡消火薬剤などの幅広い用途で使われてきました。国内では「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」に基づきこれらの物質の製造・輸入等を原則禁止しています(PFOSは2010年、PFOAは2021年)。

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添加回収試験
分析法の妥当性を評価する試験法の一つ。試料に一定量の分析対象物質を添加したものを分析し、分析値から添加回収率を求める試験のことで、一般的に10回以上の繰返し分析を行います。

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室間共同試験による妥当性確認
使用する分析法が、意図する特定の用途に対して個々の要求事項が充たされている(期待される性能を発揮できる)ことを複数の試験室で行う調査によって確認・検証し、客観的な証拠を用意すること。分析対象物質、マトリックス(試料中の分析目的とする成分以外の主要共存成分)、分析法の三者一体のものとして、目的とする組み合わせで行う必要があります。

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参考図

図1 土壌中のPFAS一斉分析暫定マニュアルの構成
表1 本暫定マニュアルの分析対象化合物(30種PFAS)
図2 ビジュアルで理解しやすいマニュアルの内容(一部)
表2 農地土壌における分析値のばらつき(単一試験室における添加回収試験)