プレスリリース
(研究成果) イネ遺伝子情報のデータベースをリニューアル

- イネ品種開発に必要な遺伝子情報を一元化し、研究開発を加速 -

情報公開日:2026年10月13日 (火曜日)

ポイント

農研機構は、約5,000報の論文にもとづいたイネの遺伝子情報をまとめて調べられるデータベース「RAP-DB」(イネアノテーション1)プロジェクトデータベース)をリニューアルしました。これにより、研究者はイネの遺伝子の働きに加え、「いつ、どこで働くのか」や、品種間のDNA配列の違い、農業上重要な遺伝子に関する情報を一つのデータベースで確認できるようになりました。また、AIを活用し、今後も重要な遺伝子情報を継続的に更新できる仕組みを整えました。

本成果により、高温に強い品種や病虫害に強い品種などの開発に必要な遺伝子を効率よく見つけられるようになります。スマート育種研究での活用が広がることで、気候変動に対応した品種開発を加速し、安定的なコメの生産と食料供給への貢献が期待されます。

概要

イネは主要農作物であり、気候変動に対応した安定生産の実現に向けて、ゲノム配列2)や遺伝子情報基盤の重要性がますます高まっています。20年以上にわたり運用されているイネアノテーションプロジェクトデータベース「RAP-DB」(https://rapdb.dna.naro.go.jp/)は、モデル農作物であるイネのゲノム配列や遺伝子の機能情報を提供するデータベースとして、世界中のイネ・植物研究者に広く利用されています。

農研機構は今回、RAP-DBをリニューアルし、学術論文にもとづいて継続的に更新してきた遺伝子機能情報に加え、世界中で公開されている大規模配列データの再解析や学術論文の精査によって新たに整備した、いつ、どこで働くのかを示す遺伝子発現3)情報、品種間のDNA配列の違いを示すゲノム多型4)情報、さらに農業上重要な遺伝子や機能アレル5)の情報を統合しました。これにより、研究者はこれらの情報を一つのデータベースで横断的に調べられるようになり、高温耐性、病虫害抵抗性、収量、品質などに関わる有用遺伝子をどのように組み合わせると良いかを検討しながら、品種改良を進めることができるようになります。

2004年のイネゲノム解読以降、イネの遺伝子機能解析は大きく進展し、収量、品質、病虫害抵抗性、環境ストレス応答などに関わる遺伝子が数多く論文として報告されてきました。しかし近年は、関連論文が急増し、人手だけで最新の知見を追い続けることが難しくなっていました。そこで今回、重要な論文を優先的に見つけるAIによる文献選別支援システムを開発し、キュレータによる確認と組み合わせることで、RAP-DBから提供するデータの信頼性を保ちながら、継続的に最新の遺伝子情報を提供する新たな仕組みを整えました。

今回のリニューアルにより、イネ育種を支える研究基盤が強化され、高温耐性や病虫害抵抗性をはじめとする有用形質の改良に向けたスマート育種研究や新品種開発のさらなる加速化が期待されます。農研機構は、RAP-DBを気候変動に対応した新品種開発や食料安定生産を支える基盤として、さらに強化していきます。

関連情報

予算 :
  • 農林水産省委託プロジェクト研究 ゲノム情報を活用した農産物の次世代生産基盤技術の開発プロジェクト(PFT-1002)
  • 農林水産省委託プロジェクト研究 民間事業者等の種苗開発を支える「スマート育種システム」の開発(DIT-2001)
  • 内閣府 ムーンショット型農林水産研究開発事業「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」(JPJ009237)
  • 科研費(17HP8029, 18HP8028, 19HP8029, 20HP8023, 21HP8026, 22HP8022, 26K08762)
  • 運営費交付金
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 基盤技術研究本部 高度分析研究センター
センター長藤本 瑞
研究担当者 :
同 基盤技術研究本部 高度分析研究センター
ゲノム情報大規模解析グループ
グループ長川原 善浩
広報担当者 :
同 基盤技術研究本部 基盤研究理事室
渉外チーム杉山 憲明

詳細情報

開発の社会的背景

イネは、日本を含むアジアを中心に広く栽培されている主要な農作物であり、安定した食料供給を支えるうえで極めて重要な作物です。イネの品種育成では、DNAマーカーを用いて病虫害抵抗性や品質、収量などに関わる有用遺伝子を持つ系統を効率よく選抜する分子育種6)が広く用いられてきました。近年は、気候変動に伴う高温障害や病虫害の発生動向の変化などに対応しながら、収量や品質に優れた品種を効率よく開発することが求められています。

そのためには、どの遺伝子がどのような働きを持ち、どの形質に関わるのかを整理した情報基盤が必要です。2004年にイネゲノムの完全解読が達成された際には、約4万個の遺伝子が予測されました。しかし当時は、多くの遺伝子について、いつ、どこで働き、どのような役割を持つのかまでは十分に分かっていませんでした。その後、イネの遺伝子機能に関する研究は大きく進展し、収量、品質、病害抵抗性、環境ストレス応答などに関わる遺伝子の機能が次々と論文として報告されてきました。一方で、こうした情報は個々の学術論文に分散しているため、基礎研究や品種改良に活用するには、それらを整理・統合した情報基盤が必要となっています。

研究の経緯

農研機構が2006年に公開したイネアノテーションプロジェクトデータベース「RAP-DB」は、イネのゲノム配列や遺伝子の機能情報を提供するデータベースとして20年以上にわたり運用され、世界中のイネや植物の研究者に広く活用されてきました。

公開の3年後からは、最新の遺伝子情報を提供するため、専門家が学術論文を継続的に精査し、遺伝子の機能や関連形質、機能アレルなどの情報を抽出してRAP-DBに反映する取り組みを続けてきました。イネの遺伝子機能に関する新たな知見は日々論文として報告されており、最新の遺伝子情報を継続的に反映していくことが重要ですが、近年は、関連論文数の増加に伴い、どの論文を優先的に読むべきかを判断するだけでも大きな負担となっていました。

また、論文情報に加えて、公共データベースには大規模なゲノム配列データやRNAシーケンスデータ7)も数多く蓄積されてきています。これらのデータは、品種間でどのようなDNA配列の違いがあるのか、また遺伝子がいつ、どこで働くのかを明らかにするうえで重要であり、基礎研究や品種改良に活用するためには整理、統合する必要がありました。

研究の内容・意義

  • 世界には様々な生物の遺伝子情報を提供するデータベースがありますが、その多くはコンピュータによる配列解析をもとに遺伝子機能を推定した情報が中心です。RAP-DBも当初はこのような配列解析にもとづいた遺伝子機能情報のみを提供していましたが、公開3年後からは専門家が学術論文を一報ずつ読み解き、実験によって確かめられた遺伝子の機能や関連形質、機能アレルの情報を追加し、15年以上にわたり継続的に反映してきました。2026年2月時点で、4,904報の論文にもとづいて、6,747遺伝子の情報を精査、更新しており、このような文献キュレーション8)を継続的に実施しているデータベースは世界的にも稀です。研究者はRAP-DBを参照することで、論文で実証されたイネ遺伝子の最新の知見を得ることができます。
  • 今回、公共データベースに登録された大規模な塩基配列データを再解析し、様々な栽培条件や組織(746サンプル)における全イネ遺伝子の発現情報、約2,000品種・系統間のゲノム多型情報、さらに農業上重要な形質に関わる1,085個の遺伝子と1,129種類の機能アレル情報を統合しました。これにより研究者は、「この遺伝子はどのような機能をもつのか」だけでなく、「いつ、どこで働くのか」「品種間でDNA配列がどのように異なるのか」「その違いがどのような形質に関係するのか」を、遺伝子ごとに一体的に調べられるようになりました。従来は論文・遺伝子発現データ・多型データをそれぞれ別々に調べる必要がありましたが、RAP-DBではこれらを一か所で横断的に確認できます。例えば、高温耐性や病虫害抵抗性に関わる候補遺伝子について、その働きや発現パターン、品種間のDNA配列の違い、既知の有用アレルの報告などをまとめて確認できるようになりました。さらに、研究者コミュニティから情報提供を受け付けるフィードバックシステムの運用も開始しました。これにより新規遺伝子や関連文献の情報提供、既存アノテーションの修正提案を広く受け付けられるようになり、より多くの専門家の知見をRAP-DBに反映できる体制を整えました。
  • 関連論文の数は年々増加しており、専門家がすべての論文を精査し続けることは難しくなっていました。そこで今回、専門家による文献精査を効率化するため、AIを活用した文献選別支援システム「AIキュレータ」を開発・導入しました。このシステムは、これまでRAP-DBの文献キュレーションで蓄積されたイネの遺伝子情報を含む文献情報を学習させたAIモデルを活用しており、AIが論文の内容を評価し、専門家が確認すべき文献を提示します(図1)。情報を自動的に取得、更新するのではなく、最終的な判断は専門家が行うため、データの信頼性を損なうことなく更新作業を効率化できます。
図1RAP-DBリニューアルにより拡充されたデータと最新の遺伝子情報を届ける仕組み
  • 本成果により、イネの収量や品質、病虫害抵抗性、環境ストレス耐性などに関わる遺伝子やアレルの探索が効率化され、分子育種やゲノム編集9)の標的候補を検討しやすくなります。また、公共データを統一的な手法で再整理して提供することで、研究成果の再利用性や異なる研究間での比較可能性も高まり、基礎研究から応用研究まで幅広く活用できます。農研機構は今後、RAP-DBをイネの基礎研究や新品種開発、さらには食料安定生産を支える情報基盤として、さらに強化していきます。

今後の予定・期待

今後、RAP-DBに蓄積される遺伝子機能情報や機能アレル情報がさらに充実することで、病虫害抵抗性、気候変動への適応性、高収量、高品質といった農業上重要な形質に関わる遺伝子の探索が、より効率よく進められるようになります。これにより、有用遺伝子やアレルの組み合わせを活用した新品種開発や、ゲノム編集によるより精緻なデザイン育種の推進に貢献することが期待されます。

また、主要農作物であるコメの安定供給と品種改良の加速は、世界的な食糧安全保障の観点から重要性を増しており、農研機構は、RAP-DBを気候変動に対応したコメの安定生産と食料安定供給を支える研究基盤として、今後さらに強化していきます。

さらに、RAP-DBで構築してきた「専門家によるキュレーションとAI支援を組み合わせた情報基盤」の仕組みは、イネ以外の主要農作物にも展開できる可能性があります。今後は、AIによる文献選別や大規模言語モデル10)を活用した文献からの遺伝子情報の抽出や要約、さらに多様なマルチオミクス11)情報との統合を進めることで、植物研究全体を支える情報基盤へと発展させていくことを目指します。

用語の解説

アノテーション(機能注釈)
遺伝子配列に対して「この遺伝子はこのような機能を持つ」という情報を付け加えること。遺伝子の配列データを研究や育種に活用するうえで欠かせない作業。 [ポイントへ戻る]
ゲノム配列
生物が持つ遺伝情報の全体。DNAの塩基配列として記されており、その生物の設計図にあたる。イネのゲノムには約4万個の遺伝子が含まれると推定されている。 [概要へ戻る]
遺伝子発現
遺伝子の情報をもとにメッセンジャーRNAやタンパク質がつくられる過程のこと。遺伝子は常に働いているわけではなく、植物の成長段階や環境条件によって、どの遺伝子がどの程度働くかが変化する。 [概要へ戻る]
ゲノム多型
異なる品種や系統の間で見られるDNA配列の違いのこと。この違いを調べることで、形質の差異に関わる遺伝子の手がかりが得られる。 [概要へ戻る]
アレル(機能アレル)
同じ遺伝子でも、品種や系統によってDNA配列が少し異なる場合があり、その変異型をアレルという。機能アレルとは、形質に具体的な影響を与えることが確かめられたアレルを指す。 [概要へ戻る]
分子育種
遺伝子やゲノムの情報を活用して、目的の形質を持つ品種を効率的に開発する育種手法。DNA情報を指標として利用することで、品種改良を加速できる。 [開発の社会的背景へ戻る]
RNAシーケンス(RNA-Seq)データ
細胞の中でどの遺伝子がどの程度発現しているかを網羅的に測定したデータ。植物のさまざまな組織や成長段階における遺伝子の働きを把握するために広く使われている。 [研究の経緯へ戻る]
文献キュレーション
専門家が学術論文を読み、データベースに登録すべき重要な遺伝子情報を整理・抽出する作業のこと。 [研究の内容・意義へ戻る]
ゲノム編集
DNAの特定の箇所を狙い通りに改変する技術。目的の形質に関わる遺伝子を直接変えることができるため、従来の育種よりも短期間で新品種の開発が可能になる場合がある。 [研究の内容・意義へ戻る]
大規模言語モデル
大量のテキストデータを学習することで、文章の読み取りや生成ができるAI技術。 [今後の予定・期待へ戻る]
マルチオミクス
ゲノム(全遺伝情報)、トランスクリプトーム(全遺伝子発現情報)、プロテオーム(全タンパク質情報)、メタボローム(全代謝産物情報)など、複数種類の大規模データを組み合わせて生命現象を明らかにする研究やその手法。 [今後の予定・期待へ戻る]

発表論文

Rice Annotation Project Database (RAP-DB): literature-curated gene annotation and integrated omics resources for rice functional genomics and molecular breeding. Kawahara Y., Hirozane-Kishikawa T., Hirata R., Wang X., Tamagaki Y., Teramoto Y., Tabei N., Kumagai M., Sakai H., Itoh T. (2026) Rice
DOI:10.1186/s12284-026-00924-6