プレスリリース
(研究成果) AIを活用した「ばれいしょ異常株検出支援システム」の開発

- 健全な種ばれいしょ生産の軽労化と技術継承を目指して -

情報公開日:2023年10月31日 (火曜日)

ポイント

農研機構は、種ばれいしょの安定供給を図る上で重要な工程である異常株の抜取り作業1) をAIで支援するシステムの開発に取り組んでいます。本システムでは、病害感染により生じたモザイク症状や萎れ症状などを、動画をもとにAIが検出し、作業者に異常株の存在を知らせることで、これまで熟練者により時間をかけて判別していた作業を大幅に省力化することが可能です。作業の軽労化・技術継承により、わが国の基幹作物であるばれいしょの種苗生産面積の回復や担い手不足解消へ貢献することが期待されます。

概要

種ばれいしょ生産は、高齢化などを背景に面積や生産者の減少が続いており、栽培技術の維持・継承や作業の軽労化が喫緊の課題となっています。特に病気に感染した異常株などを抜き取る作業は、健全な種ばれいしょ生産に不可欠な作業ですが、罹病の有無を的確に判定できる経験者の不足や、広大なほ場から異常株を搬出する労力の確保が課題となっており、異常株の判定を技術的に支援しつつ軽労化を図る仕組みが求められています。

農研機構では、抜取り熟練作業者の知識や経験をもとに、異常株検出プログラムの開発と、これを搭載するほ場管理車両の改良を進めており、ソフト開発では、2023年度に「トヨシロ」モデルを開発し、対象品種を拡大するため「コナヒメ」「キタアカリ」モデルの作成に着手しています。また、ハード開発では、日照量を調整する日除けの装備や6畦同時撮影が可能となるよう改良を施しました。今後は、2024年度に、これらの検出モデルを搭載したほ場管理車両を種苗管理センターに試験導入したのち、2025年度には撮影、処理、出力システム等で構成される「異常株検出支援システム」の種ばれいしょ生産現場への導入を目指しています。

このシステムは、北海道において生産量の多い「トヨシロ」「コナヒメ」「キタアカリ」を対象としており、ほ場で撮影した動画像に異常株が写っているか否かをその場でAIが判定し、音と画像によって異常株の存在を作業者に知らせます。また、抜取り株は車両に載せて運搬できるため、ほ場外への搬出に生じる負担軽減を図ることが可能です。本システムで検出できるのは、黒あし病による矮小株や萎れ症状、ウイルス病によるモザイクやれん葉症状などを呈する株で、検出精度は目標値の83%を達成しています。

現在、このシステムを用いて、ほ場での準リアルタイム2)検出試験を実施しながら、対象品種の拡大や6畦同時検出を可能とするなど、より実装効果を高めるための改良を進めています。

関連情報

予算 : 運営費交付金、イノベーション創出強化研究推進事業、戦略的スマート農業技術の開発・改良事業(SA1-423J1)
特許 : 特開2022-139332、特開2022-139333、特開2022-139334

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構農業情報研究センター センター長村上 則幸
研究担当者 :
同 種苗管理センター連携推進課 課長谷口 浩彰
調査員小林 恵
同 北海道農業研究センター寒地畑作研究領域 上級研究員津田 昌吾
上級研究員大木 健広
同 農業情報研究センターAI研究推進室 上級研究員大石 優
広報担当者 :
同 種苗管理センター種苗戦略室 企画チーム長荒関 淳

詳細情報

開発の社会的背景

ばれいしょは世界4大作物のひとつであり、わが国では約220万トンの生産量を有する基幹農作物ですが、種いもを種苗として用いるため、増殖率は一作で10倍程度と少ないことに加えて、ウイルス病等に感染すると半永久的に感染源として存在し続ける特徴を持ちます。

そのため、病害虫感染による減収被害を防止することを目的として、原原種3)を最上流とする段階的な増殖体系(図1)が構築され、植物防疫法4)に基づいた厳格な管理と徹底した病害虫防除が図られています。

図1 種ばれいしょの増殖体系

一方、種ばれいしょ生産は他作物の採種と比較して軽労化が難しく、営農者の高齢化に伴う離農者の増加などを背景に生産面積や生産量の減少「農林水産省調べ(引用)https://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/imo/attach/pdf/siryou-4.pdf」が続いており、近年は種ばれいしょの需要量に対して供給量の不足が危惧されています。

こうしたなか、種ばれいしょの安定供給体制を高い水準で保持するため、高度な知識や経験を要し、かつ多くの労力が必要となる「抜取り作業」をサポートするための技術開発と早期普及が生産現場から求められています。

研究の経緯

種ばれいしょの抜取り作業(図2)において、2021年度までのイノベーション創出強化推進事業などにより蓄積したAI画像認識技術を基盤として、自動化された異常株検出システムを構築するため、原原種生産業務として異常株の抜取りを実践している農研機構種苗管理センター、AI開発や画像認識技術を専門とする農研機構農業情報研究センター、ばれいしょの病害虫に詳しい農研機構北海道農業研究センター、機材の加工やほ場管理を実施する農研機構技術支援部北海道技術支援センター、生産者の視点から作業効率等に関する知見を有する十勝農業協同組合連合会からなる協力体制に、2023年度から、シブヤ精機株式会社の参画を得てコンソーシアムを形成し、異常株検出の要となるAI開発、搭載するほ場管理車両の改良、生産現場のニーズを反映したシステムの構築等、実用化に向けた取り組みを加速させています。

研究の内容・意義

[試作機の開発]
開発した試作機は、ばれいしょ生産において大きな脅威となるジャガイモYウイルス病のモザイク症状(図3)や黄化症状、重要な病害と認知されているジャガイモ黒あし病の萎れ症状や矮小株等を検出対象とし、主に撮影用のカメラと異常株を検出するプログラム(AI)を実装した処理装置、及びそれらを搭載する自走式のほ場管理車両により構成されるものです(図4)。
従来は、ヒトが歩きながら2畦毎に目視判定していましたが、本システムでは自走しながら最大6畦(作業効率3倍)の異常株を検出し、抜き取りのため追従している作業者に音と画像によって通知できます(図5)。

[機能と検出精度]
ほ場における異常株検出では、①ばれいしょの品種により感染症状が多岐にわたること、②判定精度が気象条件、特に日射条件の影響を受けること、③準リアルタイム処理を成立させるため極短時間での判定が必要であること、④大規模ほ場で運用するため時間当たりの処理株数を増やすなどの課題解決が求められます。①については、教師データ5)の追加作成により対応が可能であること、②については、検出精度に大きな影響を与える直射日光への対処として、ほ場管理車両に日除けを装備することで軽減できます。また、③については、実証結果から抜取り作業に支障がない範囲の時間での判定であることを確認し、④については、撮影カメラの増設や検出プログラムの高速化により対応しました。
また、これらの対応により、作業期間中における延べ4回の検出によって、植物防疫法で定められた罹病株の抜き残し0.1%以内を満たすために設定した「1回あたり検出精度83%」の目標に対し、「トヨシロ」の撮影画像を用いた検証では目標精度を達成しています(図6)。

さらなる検出精度の向上や対応品種の拡大に不可欠なAIの深層学習には、質の高い大量の教師データ(画像)が必要であり、その教師データを作成するためには、多くの感染株を用意しなければなりません。

本開発では、農研機構北海道農業研究センターと十勝農業協同組合連合会の2か所で、研究に供試するため罹病させた種ばれいしょを作出するとともに試験ほ場を設置し、農研機構種苗管理センターの抜取り作業に熟練した職員が教師データ作成を担うことで、比較的不明瞭(判定の難しい)な病徴検出が可能となりました。

また、ほ場管理車両についても、動画像撮影時に生じるスパークプラグノイズ6)の解消や、植物体の生長に合わせてカメラ位置を簡単に調整できる機能の付与など、検出精度の安定化に向けた取り組みを推進しています。

今後の予定・期待

2024年度には原原種生産現場等への試験導入を予定しており、更なる検出精度の向上や、同時検出を可能とする畦数の増加、検出プログラムの操作性を高めるGUI7)の開発、処理装置の小型化などによって、システムの実用性や利便性向上を目的とした改良を進め、2025年度には種ばれいしょ生産者による試験利用を開始します。

また、現時点では「トヨシロ」を検出対象としていますが、作付けシェアが大きく、ジャガイモシストセンチュウ抵抗性を持つ「コナヒメ」「キタアカリ」に拡大していくことで実装効果を高め、国内で約5,000haの種ばれいしょの生産現場に普及するようなシステム開発を目指していきます。

農研機構は、本システムの開発により、種ばれいしょ生産基盤の強化に貢献します。

用語の解説

抜取り作業
種ばれいしょの無病性を確保するため、ほ場の中を歩行しながら異常株を除去する作業です。主にウイルス病や細菌病に感染した株が対象となりますが、モザイク症状やれん葉症状の早期判定には多くの経験を要し、専門的な知見を備えた熟練作業者を必要とします。また、栽培の全期間で実施する作業である一方、作業者は一人で2畦程度しか同時判定できないため、非常に多くの作業時間を要します。北海道農業生産技術体系では一般栽培に比べて1ヘクタール当たり40.4時間(総投下労働時間207.6hr/haのうち19.5%)、もの追加労力を要するとされています。また、抜取り株の搬出作業についても、全て純粋な人力で行っていることが多く、作業者負担を増大させる要因となっています。[ポイントに戻る]
準リアルタイム
データの処理要求時において、即座に処理を実行して結果を利用者に返すリアルタイム処理とは異なり、利用者の許容範囲内での遅延時間を認める処理方式を指します。本システムには、自走するほ場管理車両から撮影した動画像に写った異常株を、AI判定に要するごくわずかな遅延時間で処理することができます。[概要に戻る]
原原種
一般生産者が無病の種ばれいしょを用いて生産できるように構築された増殖体系において、最も上位に位置する種苗のことです。種ばれいしょは、原原種生産(農研機構)→原種生産(道県)→採種生産(生産団体)の順序で増殖が行われ、一般生産者に供給されます。[開発の社会的背景に戻る]
植物防疫法
植物の輸出入や国内移動において検疫を行い、有害な動植物の駆除や蔓延防止を図るために定められた法律です。[開発の社会的背景に戻る]
教師データ
機械学習において「教師あり学習」に使用されるデータで、AI(人工知能)が例題の入力に対して正解が出力されるよう訓練するために用いられます。「教師あり学習」では、この教師データの量と質によってAIの性能が左右され、この作成作業には大きな労力と時間を要します。[研究の内容・意義に戻る]
スパークプラグノイズ
エンジンのスパークプラグが放電するときに発生する電波ノイズのことで、カーオーディオや携帯電話などの電子機器に混入して機能を悪化させることがあります。主に「レジスタープラグ」という抵抗体を内蔵した製品を用いることで対策とします。[研究の内容・意義に戻る]
GUI
Graphical User Interface(グラフィカルユーザーインターフェース)の略で、使用者が視覚的に使いやすいよう、コンピューターなどの画面上に表示されたアイコンやボタンを用いて処理の選択や確認などを行う機能です。[今後の予定・期待に戻る]

発表論文

大石 優、HABARAGAMUWA Harshana、張 煜、杉浦 綾、浅野賢治、赤井浩太郎、柴田浩之(十勝農協連)、藤本岳人:Automated Abnormal Potato Plant Detection System Using Deep Learning Models and Portable Video Cameras, International Journal of Applied Earth Observation and Geoinformation, 104, 102509, 2021.

参考図

図2 抜取り作業風景(農研機構種苗管理センター)
図3 れん葉モザイク症状(ウイルス病感染株。右は、本システムにより検出した病徴)
図4 自動検出プログラムを搭載したほ場管理車両(異常株検出支援システム)
※赤枠は、検出システムが異常と判定した箇所
図5 異常株検出支援システムによる検出画像(モニター画面)
図6 健全・異常の例と検出精度(分類精度)