京都府立大学
ポイント
- 遺伝子組換え技術を用いて、多種多様な形・配色パターンの花きを効率的に作り出す技術を開発しました。
- 本技術は花きの生育や草姿には影響を与えないため、作出された新品種は元品種と同じ条件で栽培できます。
- 本技術の開発に用いたトレニア1)以外でも、様々な花き園芸植物で応用可能と考えられます。
概要
- 農研機構佐々木克友主任研究員および京都府立大学大坪憲弘准教授(研究当時、農研機構 主任研究員)らの研究グループは、遺伝子組換え技術を利用して、遺伝子の発現を制御する転写因子2)の働きを花器官において特定の生育時期や部位で抑制することにより、多種多様な形や配色パターンのトレニアを作り出す技術を開発しました。
- 本技術では、花器官だけで遺伝子の働きを変化させることにより、葉の形や草型の変化が回避されます。その結果、元品種と同じ生育特性や草姿を持つ新品種の作出が可能になりました。
- この技術は、様々な花き園芸植物に応用可能と考えられます。本技術により、新しい花弁の形や配色パターンを持つ花きの開発における迅速化、効率化が期待されます。
関連情報
予算:農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業「青色・多弁咲き・二重不稔性シクラメンの実用化と高効率バラエティ作出プログラムの開発」(2012~2014年)、運営費交付金
論文:Katsutomo Sasaki, Hiroyasu Yamaguchi, Ichiro Kasajima, Takako Narumi and Norihiro Ohtsubo (2016) Generation of novel floral traits using a combination of floral organ-specific promoters and a chimeric repressor in Torenia fournieri Lind. Plant and Cell Physiology, 57(6), 1319-1331, doi:10.1093/pcp/pcw081
背景と研究の経緯
植物の花の形や色などの形質は、花器官で働く多くの遺伝子の働きにより決まり、これらの遺伝子の働きを制御する「転写因子」が、形質の決定に重要な役割を果たします。そこで農研機構野菜花き研究部門では、遺伝子組換え技術を用いて、転写因子を利用した効率的な花の形質改変技術の開発を進めています。
当部門ではこれまでに、シロイヌナズナ由来の転写因子をCRES-T法3)という方法で転写"抑制"因子化してトレニアに導入し、植物の全身で目的とする転写因子の機能を抑えることにより、多様な新しい形質を持つ組換えトレニアを作出しています。しかしこの方法は、植物体の小型化や葉の形態変化など、商品価値の低下につながる望ましくない変化も生じるという問題がありました。そこで今回は、花器官だけで転写因子の機能を抑えることにより、望ましくない変化の回避を目指しました。
内容・意義
- トレニアの花器官だけで、目的とする転写因子(シロイヌナズナのTCP34)転写因子に似た転写因子)の機能を抑えるため、CRES-T法により転写抑制因子化したシロイヌナズナのTCP3転写因子の遺伝子と、花器官だけで働く5種類のプロモーター5)(シロイヌナズナ由来;AP1、トレニア由来;TfDEF、TfGLO、TfDFR、TfF3H )をそれぞれ組み合わせてトレニアに導入しました。その結果、花の形や配色パターンが変化した多種多様なトレニアを作出できました(図1)。
- 得られた組換えトレニアの葉と草姿は元品種と変わらなかったことから、花器官だけで働くプロモーター(以降、花器官プロモーター)の利用により、花以外に起こる望ましくない影響を効果的に回避できることがわかりました(図2)。
今後の予定・期待
- CRES-T法と花器官プロモーターを組み合わせて用いる本技術は、トレニア以外の様々な花き園芸植物に応用可能と考えられます。
- 園芸植物において、従来の交雑育種で得られた後代では、両親それぞれの形質を部分的に受け継ぐことによる生育特性の変化が問題になることがありました。本技術では花器官以外の形質への悪影響を回避できるため、多数得られる系統は元の品種と同じ条件で栽培できるという利点があります。このため、本技術により、新しい花の形や配色パターンを持つ花きの開発における迅速化、効率化が期待されます。
- 本技術は、今回用いたTCP3転写因子や花器官プロモーターに限らず、様々な転写因子やプロモーターが利用可能と考えられます。現在、さらにバラエティを増やすことを目指し、様々な転写因子や、花器官プロモーターの組合せの検討を進めています。
用語の解説
1)トレニア
アゼトウガラシ科の一年草。夏の花壇用の花として流通しています。
2)転写因子
特異的なDNA配列を認識して結合するタンパク質で遺伝子の発現を調節します。
3)CRES-T法
転写因子を転写"抑制"因子に変換する手法。この方法で作られた転写抑制因子を植物に導入することで、植物が元々持っている遺伝子の働きを効率よく抑制することができます。本成果では、シロイヌナズナのTCP3という転写因子を転写抑制因子化して導入しており、トレニアのTCP3に似た転写因子の機能を抑えることを狙いました。
4)TCP3
植物特異的な転写因子であるTCPファミリーの一つ。シロイヌナズナやキンギョソウにおいて、葉や花の成育や形の制御に関わることが報告されています。
5)プロモーター
遺伝子発現の制御に重要なDNA上の領域。遺伝子がいつ、どこで、どのくらいの強さで働くかを決めています。
参考データ
本プレスリリースの参考データは、関連情報の論文(Sasaki et al. (2016) Plant and Cell Physiology, 57(6), 1319-1331)の図を改変および転用しました。
参考図