プレスリリース
世界で初めてゲノム編集によりキクの性質を変えることに成功

- キクの品種改良の新技術として期待 -

情報公開日:2017年3月10日 (金曜日)

ポイント

  • これまで困難であった高次倍数性1)かつ栄養繁殖性2)植物のキクのゲノム編集3)による性質改変に、世界で初めて成功しました。
  • キクにあらかじめ導入した蛍光タンパク質の遺伝子にゲノム編集を行い、さらに腋芽由来植物4)を育成すること等により、「蛍光の低下」という性質変化が起こったキクを得ることに成功しました。
  • 今後、キクの品種改良の新しい手法として、ゲノム編集技術の利用が期待されます。

概要

  1. 農研機構野菜花き研究部門では、世界で初めてキクのゲノム編集に成功しました。
  2. キクは6倍体の高次倍数性(1種類の遺伝子につき同じ機能を持つ複数の遺伝子がゲノム中に存在)で栄養繁殖性(交配による変異遺伝子の集積を期待できない)であるため、キクの性質を変化させるには、同じ機能を持つ全ての遺伝子への変異導入が必要です。今回は、複数個の蛍光タンパク質遺伝子が導入された遺伝子組換えギクを作出し、“複数個の蛍光タンパク質遺伝子”を“キクの複数個の内在遺伝子”に見立ててゲノム編集を行いました。
  3. ゲノム編集に必要なDNA切断酵素をキクに導入した結果、複数個の蛍光タンパク質遺伝子の一部に変異が導入されたキクが得られました。しかし、このキクでは蛍光の低下には至りませんでした。そこで、このキクから腋芽由来植物やカルス5)を作出したところ、他の蛍光タンパク質遺伝子にも変異が導入され、「蛍光の低下」という性質変化が起こったキクが得られました。
  4. キクのゲノム編集は、将来的に、キクの品種改良における新しい手法として利用が期待されます。また、狙った遺伝子に対する変異体の作出が可能になれば、様々なキク遺伝子の機能解明にも役立つと期待されます。
  5. 本成果は、キク以外にもイチゴやダリアなど、高次倍数性の園芸植物におけるゲノム編集技術の開発に広く役立ちます。
  6. 本成果に関する論文が、日本の科学雑誌Plant and Cell Physiology電子版にて1月3日に公開されました。また、冊子版では2017年2月号の表紙に選ばれました。

関連情報

予算:内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術;【新たな育種体系の確立(ゲノム編集技術等を用いた農水産物の画期的育種改良)】」(管理法人:農研機構生物系特定産業技術研究支援センター)、運営費交付金

背景と経緯

近年、外部から遺伝子を導入せずに、DNA切断酵素などを使って特定の遺伝子配列を狙って変異を導入する「ゲノム編集技術」が急速な進展を遂げています。植物においては、新品種を効率良く作出するための新しい育種技術として、また特定の遺伝子の機能を解析するための変異導入技術として、イネ、トマトなどを中心にゲノム編集技術の開発が進められています。

キクは、日本国内の切花の出荷本数の40%を占めるなど最も生産量が多い、重要花き品目です。図1に示すように、キクは6倍体(染色体を6セット持つ)で、種子を経ずに挿し芽などで増殖します(栄養繁殖)。そのため、イネなど2倍体(染色体を2セット持つ)で種子繁殖する作物とは異なり、遺伝子に変異を起こさせても、他に変異のない遺伝子が存在するため形質として現れにくく、突然変異による品種改良や変異体の作出による遺伝子の機能解析が非常に困難となっています。

そこで農研機構は、倍数性が高く(高次倍数性)、栄養繁殖するキクでも使えるゲノム編集技術の開発を行いました。

内容・意義

  1. キクは6倍体であり、さらに全ゲノム配列が解読されていないことから、キクが元来持つ内在遺伝子を標的としたゲノム編集の実施は困難でした。そこで代わりに、遺伝子配列が既に報告されている「蛍光タンパク質遺伝子」をゲノム編集の標的としました。まず「蛍光タンパク質遺伝子」が複数導入された遺伝子組換えギクを作出し(写真1図3(模式図-1))、複数個の蛍光タンパク質遺伝子を通常6個あるキクの内在遺伝子に見立ててゲノム編集を行いました。(本研究では、5個以上の蛍光タンパク質遺伝子が導入された遺伝子組換えギクを利用しました)
  2. ゲノム編集に必要なDNA切断酵素の遺伝子をキクに導入した結果、複数ある蛍光タンパク質遺伝子の一部に対して変異(図2図3(模式図-2))が生じたキクが得られましたが、蛍光の強さは外見上はほとんど変わりませんでした。そこでこのキクから、腋芽由来植物、あるいはカルスを作出したところ、変異がなかった蛍光タンパク質遺伝子にも変異の導入が進み、腋芽由来植物では蛍光の低下が見られました(図3(模式図-3、写真))。
  3. この結果から、高次倍数性の栄養繁殖植物を用いて、複数の遺伝子に変異を導入する場合には、一部の遺伝子に変異を導入した植物を用いて腋芽由来植物の育成やカルスの作出が有効であることが分かりました。

今後の予定・期待

  1. キクの内在遺伝子の遺伝子配列の決定や、6倍体のキクに合わせた効率的な変異検出手法の開発を進め、キクの内在遺伝子に対してより効率的にゲノム編集を実施する技術の開発を進めます。
  2. ゲノム編集は、(現在は主に異なる品種間の交配によって行われている)キクの品種改良における、新しい手法としての利用が期待されます。また、狙った遺伝子に対する変異体の作出が可能になれば、様々なキク遺伝子の機能解明にも役立つと期待されます。
  3. 本技術は、キク以外にもイチゴやダリアなど、高次倍数性の栄養繁殖性の園芸植物におけるゲノム編集技術の開発に広く役立ちます。
  4. 今回の実験では、DNA切断酵素遺伝子をキクに導入していますが、今後は、外来DNAを残さない技術やタンパク質等の直接導入技術の開発を予定しています。

論文情報

Mitsuko Kishi-Kaboshi, Ryutaro Aida, Katsutomo Sasaki (2017) Generation of Gene-Edited Chrysanthemum morifolium Using Multi-Copy Transgenes as Targets and Markers. Plant and Cell Physiology, doi: 10.1093/pcp/pcw222

用語の解説

1)高次倍数性;
ヒトやイネは染色体を2セット持つ2倍体です。一方、キクは6セット、イチゴは8セットの染色体を持つ高次倍数性の植物として知られています。高次倍数性植物では、同じ機能を持つ複数の遺伝子が存在するため、遺伝子一つが変異しても性質の変化に至らず、複数の遺伝子に変異が導入されてようやく性質の変化が生じます。そのため、性質の変化を生じさせるために、ある遺伝子セット全てに変異を入れたい場合、イネでは2セットの遺伝子への変異で十分となりますが、キクの場合は6セットへの変異が必要です。

2)栄養繁殖;
種子を経由せず、挿し芽、挿し木や株わけなどの方法で植物が繁殖すること。そのため、栄養繁殖により得られた植物は元の植物と同じ染色体セットを受け継ぎます。

3)ゲノム編集;
DNA切断酵素等を用い、特定の遺伝子配列を標的として、その遺伝子配列内に変異を導入する手法。標的とした遺伝子以外への変異は極めて少ないことが知られています。植物でのゲノム編集でも、外来遺伝子をゲノムに導入することなく特定の配列のみに変異を導入して性質を変えることが可能になりつつあり、このようにして出来た植物は、突然変異(育種)による植物(品種)と遺伝子配列上の違いがなくなります。

4)腋芽由来植物;
葉の付け根の上側に出来る芽(腋芽)を育てて大きくした植物のこと。

5)カルス;
葉や根などの植物器官に分化していない植物細胞の塊のこと。キクでは、切断した葉を適切な濃度の植物ホルモンを含む固体培地上に置くと、切断した葉の縁などから細胞の塊(カルス)が出来ます。さらに、適切な条件下でカルスを再び植物個体に分化(再分化)させることができます。

参考図

図1
図1.イネやトマトなどの2倍体の種子繁殖性の植物では、2個の遺伝子の片方にのみ変異が導入された場合でも、変異が導入された個体の自家受粉により得られた種子の中には遺伝子が2個とも壊れた個体が現れます。一方、キクは6倍体であり、通常、栄養繁殖で個体を増やすため、遺伝子が全て壊れた個体を得るには、他の工夫が必要となります。

写真1
写真1.蛍光タンパク質遺伝子が導入された"光る"遺伝子組換えギク
励起光をあてると葉や花など、蛍光タンパク質が存在する箇所で蛍光を発します。本研究では、この蛍光タンパク質遺伝子を標的としてゲノム編集を行いました。

図2
図2.ゲノム編集による蛍光タンパク質遺伝子への変異の導入
ゲノム編集により、蛍光タンパク質遺伝子に変異が導入されました。確認された複数の変異のうち、1~4塩基の配列が脱離した例を示しています。

図3
図3.腋芽の育成やカルス作出によるゲノム編集箇所の増加
上(模式図):蛍光タンパク質遺伝子が複数導入されたキク(1)にゲノム編集に必要なDNA切断酵素の遺伝子を導入すると、一部の蛍光タンパク質遺伝子に変異が導入されますが、蛍光の強さは外見上はほとんど変わりません(2)。このゲノム編集したキクから腋芽由来植物あるいはカルスを作出すると、他の蛍光タンパク質遺伝子にも変異の導入が進んだ植物やカルスが得られます(3)。蛍光遺伝子;蛍光タンパク質遺伝子の略。
下(写真):蛍光が減少した腋芽由来のキク(白矢印;模式図-3に対応)