プレスリリース
(研究成果) 害虫に超音波を用いた振動を与えて撃退!

- 難防除害虫の新たな防除法の開発 -

情報公開日:2022年5月23日 (月曜日)

農研機構
ピクシーダストテクノロジーズ株式会社

ポイント

様々な野菜・花き類を加害し、多くの化学農薬に対し耐性をもつ農業害虫であるタバココナジラミ1)ワタアブラムシ2)超音波3)を用いた非接触力4)を与えると、作物から離脱することを明らかにしました。特にタバココナジラミについては、1~480 Hzの振動を1分間与えることで、50%~60%の成虫を照射した葉から追い払うことができました。また非接触力を飼育箱中のタバココナジラミに合計8時間(1日あたり4時間)与えると、産卵数が半減し、超音波を用いた非接触力が害虫防除に有効であることが示されました。今後、照射範囲などの改良を進め、SDGs5)の一環である「持続可能な農業生産」に貢献しうる、新しい物理的防除技術として開発を目指します。

概要

タバココナジラミとワタアブラムシは、様々な野菜や観葉植物、花き類などを加害する重要害虫です。食害やすす病が問題となるだけでなく、多種の植物ウイルスを媒介することから、深刻な被害が世界中で広がっています。これらの害虫の防除には化学農薬が使用されていますが、様々な化学農薬に対して強い耐性を示すことから、化学農薬だけに頼らない、新たな防除技術が求められています。

今回、農研機構とピクシーダストテクノロジーズ(株)は、作物上のタバココナジラミとワタアブラムシに超音波を用いた非接触力を与えて反応を観察しました。その結果、タバココナジラミ成虫は約60%が葉から離脱し、ワタアブラムシは有翅成虫の25%、無翅成虫の14%が葉から離脱することを明らかにしました。さらに、非接触力を1日あたり4時間与えることでタバココナジラミの産卵数が約54%減少しました。

【動画】集束超音波で葉裏にいるタバココナジラミを離脱させる様子
https://youtu.be/bgS5VOYyIUQ

本成果から、超音波を用いた非接触力は、化学農薬を用いずに害虫を防除できる点において、これまでになかった物理的防除技術の開発に役立つと考えています。今後の実用化に向けて、温室内全域を移動可能な装置を開発し、離脱した害虫を粘着板や吸引機などで回収可能か検討していきます。

関連情報

予算:運営費交付金、イノベーション創出強化研究推進事業「害虫防除と受粉促進のダブル効果!スマート農業に貢献する振動技術の開発」(R2~4)
特許:特開2020-115855

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構野菜花き研究部門 所長松元 哲
ピクシーダストテクノロジーズ株式会社 代表取締役落合 陽一
研究担当者 :
農研機構野菜花き研究部門 野菜花き育種基盤研究領域
研究員浦入 千宗
ピクシーダストテクノロジーズ株式会社 取締役CRO星 貴之
広報担当者 :
農研機構野菜花き研究部門 研究推進室川勝 恭子


詳細情報

開発の社会的背景

タバココナジラミ(図1)とワタアブラムシ(図2)は、多くの野菜・花き類などに深刻な被害を与える世界的な農業害虫です。幼虫、成虫ともに植物の栄養を直接吸汁するだけでなく、甘露(病原菌が好む栄養素を含む排泄物)を排泄することで、すす病を引き起こし、作物の商品価値を低下させます。また、多くの植物ウイルスを媒介することでも知られています。様々な化学農薬に対して強い耐性を示すことから、化学農薬のみに依存した防除は困難となっています。

一方、昆虫の多くは環境中の振動を検知する感覚器官を持っており、植物を介した振動を感知して様々な反応を示すことが知られています。振動に対する感受性を利用して、昆虫の行動を制御する手法が注目され始めています。この手法は化学農薬が効かない害虫にも適用できることから、様々な農業現場で活用できる可能性があります。

研究の経緯

超音波を用いて非接触力を与えることのできる超音波集束装置6)(図3)は、イチゴやトマトの人工授粉などへの利用も検討されています。また、多くの昆虫がコミュニケーションの手段として振動の情報を用いており、振動を感知して「停止する」「伏せる」「歩きだす」「足踏みする」「飛び立つ」などの反応を示すことが知られています。そこで今回、超音波集束装置の人工授粉以外の農業上の用途として、本装置による非接触力を用いた害虫防除の可能性を検討しました。

研究の内容・意義

  • タバココナジラミに対して離脱効果の検証を行いました。インゲンマメの葉裏についたタバココナジラミの成虫に、超音波集束装置を用いて非接触力(周波数7)を1~1,000 Hzの範囲で8段階に設定し、出力範囲を縦20 cm、横20 cm、奥行き20 cmに設定)を1分間与えました(図4)。その結果、1~480 Hzでおよそ60%の成虫が離脱しました。これは、風速5 m/sの風で吹き飛ばした場合と同程度の離脱率でした(表1)。また、同様に非接触力(周波数を1~1,000 Hzの範囲で7段階に設定し、出力範囲を縦20 cm、横20 cm、奥行き20 cmに設定)を30秒間与えて、離脱までにかかる時間と飛翔方向を調べました。その結果、半数以上の成虫が、非接触力を与え始めてから5秒以内に離脱しました。離脱した成虫の80%以上は下方向に飛翔しました。
  • ワタアブラムシに対して離脱効果の検証を行いました。ナスの葉裏についたワタアブラムシの有翅成虫と無翅成虫に、超音波集束装置を用いて非接触力(周波数を1~1,000 Hzの範囲で7段階に設定し、出力範囲を縦20 cm、横20 cm、奥行き20 cmに設定)を1分間与えました(図4)。その結果、有翅成虫については1、10、30、240 Hzで離脱を促し、無翅成虫については30、240 Hzで離脱を促しました(表2)。有翅・無翅成虫ともに30 Hzで最も離脱し、有翅成虫の約25%、無翅成虫の約14%が離脱しました。
  • タバココナジラミに非接触力を長時間与えた場合の産卵抑制効果を検証しました。播種後1週間のインゲンマメの幼苗1ポットを入れた飼育箱にタバココナジラミの成虫を放して、超音波集束装置を用いて非接触力(周波数は30 Hzに設定し、出力範囲を縦20 cm、横20 cm、奥行きを地面から葉までの距離と等しくなるように設定)を下から与えました(図5)。その結果、非接触力を1日あたり4時間与えた場合に、産卵数が約54%減少しました(図6)。

今後の予定・期待

本研究により、超音波を利用した非接触力は、タバココナジラミ成虫とワタアブラムシ成虫を離脱させるだけでなく、タバココナジラミの産卵数も減少させることが明らかになりました。超音波集束装置の出力可能範囲はおよそ縦50 cm、横50 cm、奥行き50 cm程度と狭いことから、実用化に向けて、温室内全域を移動可能な装置を開発し、離脱した害虫を粘着板や吸引機などで回収可能かどうか検討しています(図7)。現在、振動農業技術コンソーシアム(代表:電気通信大学)において、トマトなどの栽培施設におけるコナジラミ類防除の省力化・減農薬化を目指し、超音波による非接触力を用いた、新しい物理的防除技術の共同開発に取り組んでいます。今後は、タバココナジラミやワタアブラムシ以外の害虫種に対しても離脱効果を示すのか検証します。物理的な防除技術は、化学農薬の使用量を減少させ、薬剤耐性を発達させた害虫にも利用可能であることから、SDGsの一環である「持続可能な農業生産」にも貢献します。

用語の解説

タバココナジラミ
多くの野菜・花き類に深刻な被害を与える世界的な農業害虫です。幼虫、成虫ともに植物の栄養を直接吸汁するだけでなく、甘露(病原菌が好む栄養素を含む排泄物)を排泄することで、すす病を引き起こし、作物の商品価値を低下させます。また、トマト黄化葉巻病ウイルスやウリ類退緑黄化ウイルスなど、多くの植物ウイルスを媒介します。様々な化学農薬に対して強い耐性を示すことから、化学農薬のみに依存した防除は困難となっています。[ポイントへ戻る]
ワタアブラムシ
多くの野菜・花き類・果樹に深刻な被害を与える世界的な農業害虫です。口吻から樹液を吸うため、大量発生すると作物の生育が阻害され、枯死に至る場合もあります。また、唾液を介してキュウリモザイクウイルスなどの植物ウイルスを蔓延させ、大規模な被害を与える場合もあります。甘露を排泄することで、すす病を引き起こし、作物の商品価値を低下させます。様々な化学農薬に対して強い耐性を示すことから、化学農薬のみに依存した防除は困難となっています。[ポイントへ戻る]
超音波
人間の耳には聞こえない高い振動数をもつ音波です。一般に20 kHz以上の音波を指します。[ポイントへ戻る]
超音波を用いた非接触力
物体同士が接触しなくても生じる力(非接触力)としては重力や磁力などがよく知られています。強力な超音波が物体に照射されると、物体表面には音響放射力と呼ばれる非接触力が働きます。これは超音波の振動数とは関係がなく、超音波が照射されている間、静的に生じる力です。超音波を照射する/しないを交互に繰り返すことで、物体表面を振動させることもできます。ここでは、超音波を集束させた焦点において生じる約1.6 g重(一円玉1.5枚分にかかる重力と同程度)の非接触力を用いています。[ポイントへ戻る]
SDGs
2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標で、持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)の略です。農業生産に関係するものとして、「2.飢餓をゼロに」の中のターゲット2.4「2030年までに、生産性を向上させ、生産量を増やし、生態系を維持し、気候変動や極端な気象現象、干ばつ、洪水及びその他の災害に対する適応能力を向上させ、漸進的に土地と土壌の質を改善させるような、持続可能な食料生産システムを確保し、強靭な農業を実践する」などがあります。[ポイントへ戻る]
超音波集束装置
超音波を集束させて、離れた位置から触覚刺激などを与える装置です。およそ1.6 g重の力(一円玉1.5枚分にかかる重力と同程度の弱い力)を直径2 cmの範囲に発生させます。コンピューター制御によって、力を与える場所を3次元空間内で自由に動かせます。入出力を切り替えるスピードを制御して、振動(周波数は1~1,023 Hz)も与えられます。[研究の経緯へ戻る]
周波数
1秒間に繰り返される波の数です。単位はHz(ヘルツ)です。[研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

Chihiro URAIRI, Takayuki HOSHI and Izumi OHTA (2022) Development of a new insect pest control device using noncontact force generated by ultrasonic transducers. Applied Entomology and Zoology, DOI: 10.1007/s13355-022-00774-w

参考図

図1 タバココナジラミ成虫(左がオス、右がメス)
図2 ワタアブラムシの無翅成虫と幼虫
図3 超音波集束装置を用いて物体を非接触で振動させる様子
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicetr/50/7/50_543/_article/-char/ja/より引用)
図4 超音波集束装置を用いた害虫類の離脱試験の模式図
図5 超音波集束装置を用いた産卵抑制試験の模式図
表1 タバココナジラミ成虫に非接触力を与えた場合の離脱率(%)
処理時間はいずれも1分間とした。Dunnettの検定(無処理区と比較)により、*:5%水準で有意、
**: 0.01%水準で有意を示す。
表2 ワタアブラムシの有翅成虫または無翅成虫に非接触力を与えた場合の離脱率(%)
処理時間はいずれも1分間とした。Dunnettの検定(無処理区と比較)により、*:5%水準で有意、
**: 0.01%水準で有意を示す。
図6 タバココナジラミの産卵数(雌雄10匹ずつを放飼してから2日後の合計産卵数)
図7 超音波集束装置を用いた害虫防除のイメージ図