開発の社会的背景
メロンは主要な果実的野菜の一つで、2022年の国内産出額は655億円(生産農業所得統計)ですが、メロン産地では近年、退緑黄化病が発生し大きな問題となっています。退緑黄化病はウリ類退緑黄化ウイルス(CCYV)を病原とするウイルス病で、タバココナジラミ(図3)によって伝搬されます。CCYVに感染すると、葉に退緑した小斑点を生じた後、葉全体が黄化し(図4)、果実重及び糖度が低下するため商品価値が著しく低下します。タバココナジラミは、体長約0.7mmの微小な害虫であるため、ウイルスを持った成虫がハウス内へ侵入するのを完全に制御することは困難です。また、防除効果の高い農薬が限られるタバココナジラミ系統(MED、バイオタイプQとも呼ばれる)の発生が増えていることから、従来の方法では十分な防除が難しいのが現状です。そのため、退緑黄化病に対して抵抗性を有する品種の開発が強く望まれています。
研究の経緯
農研機構が開発した「メロン中間母本農5号」(退緑黄化病抵抗性)とアールス系メロン品種の交配後代から「メロン中間母本農5号」に比べて実用形質が改良された退緑黄化病抵抗性系統を得て、この系統を萩原農場の優良品種「ヴェルダ(春秋系)」の種子親と花粉親に交配した後代から有望親系統を複数育成しました。親系統を組み合わせて試交F1(F1は「交配種」や「ハイブリッド」とも呼ばれる)を9系統作出し、農研機構、萩原農場及び生産者ほ場において試験栽培を実施した結果、退緑黄化病抵抗性を有するだけでなく、果実の外観・糖度・食味に優れた「アールスアポロン」シリーズ4品種(夏系、春秋系、早春晩秋系、秋冬系のF1品種)を育成しました。本研究では、退緑黄化病抵抗性検定及び形質評価による選抜に加えて、退緑黄化病抵抗性に関与する遺伝子を検出できるDNAマーカー4)を用いることで、成長後の病徴の確認を待つことなく幼苗段階で、より多くの個体から退緑黄化病抵抗性を持つ個体を迅速に選抜することが可能になりました。これにより、育種に要する期間の短縮と労力の軽減が実現でき、世界に先駆けた退緑黄化病抵抗性メロンの育種に成功しました。
新品種「アールスアポロン」の特徴
- 4品種とも、果肉が緑色で、果皮にネットがあるアールス系メロンです(図1)。
- 栽培適期:「アールスアポロン(夏系)」は6~7月播種・9~10月収穫、「アールスアポロン(春秋系)」は7~8月播種・10~11月収穫、「アールスアポロン(早春晩秋系)」は8~9月播種・11~12月収穫、「アールスアポロン(秋冬系)」は9月播種・12~1月収穫に適した品種です。
- 退緑黄化病抵抗性:4品種とも、退緑黄化病抵抗性を持っています。退緑黄化病抵抗性検定では、罹病性品種より発病程度が軽い結果になりました(表1)。
- 栽培上の留意点:退緑黄化病に対して完全な抵抗性ではない上、タバココナジラミ自体には抵抗性がないため、本品種を栽培する際には、ハウスに目合い0.4mmの防虫ネットを張る・防除効果の高い農薬を適切な時期に処理することも重要です。
品種の名前の由来
「アポロン」は、ギリシャ神話に登場する神で、太陽の神・豊穣の神・芸術の神・予言の神などに加えて、病を払う治療神としても知られています。本品種は、退緑黄化病という病に抵抗性を持つアールス系メロンであることから、「アールスアポロン」と名付けました。
今後の予定・期待
本品種は、2024年7月から種子販売を開始しました。退緑黄化病が発生している産地において、アールス系メロンの安定生産に貢献することが期待されます。
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用語の解説
- アールス系メロン
- 温室メロンの代表品種「アールス・フェボリット」(アールスメロン)に病害抵抗性や日持ち性を付与したメロン品種で、主に加温等の設備を備えた施設で栽培されます。果梗(果実につながっている枝の部分)を残した状態(T字の「アンテナ」とも呼ばれる部分が付いた状態)で販売されます。なお、メロンには様々な呼び方があり、例えば果皮に網目があるものはネットメロン、果皮に網目が無いものはノーネットメロン、果肉がオレンジ色のものは赤肉メロン、果肉が緑色のものは緑肉メロンなどと呼ばれています。[概要へ戻る]
- ウリ類退緑黄化ウイルス(CCYV)
- ウリ類退緑黄化ウイルス(Cucurbit chlorotic yellows virus、CCYV)はクリニウイルス属のウイルスで、タバココナジラミにより媒介され、退緑黄化病を引き起こします。本ウイルスは、2004年にわが国で初めて発生が報告されました。メロンだけでなくスイカやキュウリにも感染します。[概要へ戻る]
- タバココナジラミ
- タバココナジラミ(Bemisia tabaci、カメムシ目コナジラミ科)は、体長0.7mm程度の微細な昆虫で、吸汁による植物の成長阻害や、すす病(黒いかび)を生じさせる害虫です。CCYVだけでなく、トマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)も媒介することが知られています。[概要へ戻る]
- DNAマーカー
- 品種間でDNA配列が違う部分を見つけ出し、標識(マーカー)にしたものです。その標識が、退緑黄化病抵抗性のような形質と関連性があれば、個体を成長させて形質を確認しなくても、目的の形質を持っている個体を幼苗の段階で選ぶことができます。DNA配列は成長の段階で変化はないため、環境(天候や栽培条件など)の影響を受けずに選抜できるというメリットもあります。[研究の経緯へ戻る]