プレスリリース
(研究成果) イチゴのジャストインタイム生産に向けた生育センシングシステムを開発

- 需要期に合わせた出荷による所得向上に期待 -

情報公開日:2022年5月17日 (火曜日)

ポイント

農研機構は、イチゴのジャストインタイム生産の実現に向け、イチゴの生育情報を自動収集する生育センシングシステムを開発しました。本システムと生育モデルやAIを活用した生育制御技術とを組み合わせることで、イチゴの収穫日を将来的に高い精度で制御することが可能になります。今後、イチゴの需要が高まる時期と出荷の最盛期を確実に合わせることで、イチゴ農家の所得向上が期待されます。

概要

農研機構(理事長:久間和生)は2021年4月に農業ロボティクス研究センター(以後、同センター)を新設し、最先端のロボティクス技術およびシステムインテグレーション技術の農業生産現場への展開を通じて、農業・食品産業分野における「Society5.0」の早期実現を目指しています。この度、同センターの研究成果として、イチゴのジャストインタイム生産(JIT生産)1)に向けた生育センシングシステムを開発しました。本システムにより収穫日予測に必要な生育情報を自動で収集し、本システムと生育モデルやAIを活用した生育制御技術とを組み合わせることで、イチゴの収穫日を将来的に高い精度で制御することが可能になります。

イチゴは我が国の最も市場の大きな野菜の一つですが、年間を通じて需要が大きく変動します。特に出荷の面では、クリスマス・年末年始の需要に出荷ピークを合わせること、イチゴが多く出回る時期では、切れ目ない安定出荷が求められます。現状、栽培管理に基づく出荷量の調整は、生産者の経験に基づき行われています。今後、生産者の減少が続く中で、経験や勘に依存せず、生産者がデータに基づき判断できる、新たな生育制御技術が求められています。

同センターでは、生育を精密に制御し、果実の収穫日を需要期の求められた出荷日に合わせることができるイチゴのJIT生産システムの研究開発を進めています。今回開発した画像自動収集システム、開花認識AI及び果実温度認識AIから構成される生育センシングシステムにより、JIT生産に必要な生育情報を人工気象器で自動収集することが可能となりました。今後、ハウスでの検証を通じて、生産現場で利用可能なイチゴのJIT生産システムを構築することにより、イチゴの需要が高まる時期と出荷の最盛期を確実に合わせることが可能になり、イチゴ農家の所得向上が期待されます。

関連情報

予算:運営費交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 基盤技術研究本部 農業ロボティクス研究センター
センター長中川 潤一
研究担当者 :
同 研究員内藤 裕貴
同 研究員イ ウンソク
広報担当者 :
同 基盤技術研究本部 研究推進室 渉外チーム長野口 真己

詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

イチゴは全国の出荷量が約14万6,800t(2020)、卸売価額が約1,602億円(2020)であり、我が国ではトマトやキュウリと並ぶ、最も市場の大きな野菜の一つです。他の野菜と異なる特徴として、イチゴの需要は年間を通じて大きく変動することが挙げられます。特に、12月中旬から1月上旬までにかけては、クリスマス・年末年始の需要により、イチゴは高値で取引されます。例として、12月の需要週は前週に比べ、日別市場出荷量は1.3倍(152t→203t)、販売単価は1.4倍(1,543円/kg→2,090円/kg)に増加することが知られています(農林水産省 青果物卸売市場調査日別値 2017-2020年平均値)。そのため、イチゴ生産では、需要の高まる時期に出荷ピークを確実に合わせることが、経営上非常に重要です。一方、年明け1月中旬から4月下旬にかけても、イチゴが多く出回る時期であり、出荷量の増減を平準化した切れ目ない出荷が、産地として求められます。

イチゴ生産においては、作型の選択や、定植日を調節するなどの工夫により、高価格な需要期での出荷ピークを狙いますが、年ごとの気象条件の違いにより常に成功している訳ではありません。また、気温管理等によって出荷時期・量の調整も試みられていますが、管理者の経験や勘に依存しています。そのため、新規就農者や非熟練者でも失敗しない、データに基づく生育制御技術が求められています。

同センターでは、施設野菜を対象に、データ駆動型のJIT生産システムの実現を目指しています(図1)。特に、施設野菜の中でもイチゴを対象として、生育を精密に制御し、果実の収穫日を需要期の求められた出荷日に合わせることができるJIT生産システムの研究開発を進めています。今回、開発した生育センシングシステムにより、JIT生産に必要な生育情報を自動収集することが可能になりました。

研究の内容・意義

イチゴのJIT生産を実現するためには、果実の収穫日を正確に予測する必要があります(図2)。収穫日予測には、果実発育の開始タイミングとなる開花日や、果実発育速度に影響する果実温度といった、生育情報が必要となります。本研究では、イチゴ群落の画像を自動で収集し、必要な生育情報を評価する生育センシングシステムを開発しました。

  • 多様な気象環境を再現する人工気象器に格納可能な、イチゴ用生育画像自動収集システムを開発しました。本システムは市販のRGB-Dカメラ、熱画像2)カメラ、電動スライダ3)を組み合わせ、複数株イチゴ群落のRGB画像・熱画像・距離画像を取得します(図3)。近接画像をつなぎあわせるパノラマ撮影方式を採用しており、カメラから対象物が25~40cmと接近していても、ハウスの高設ベッドのような、より長いイチゴ群落を撮影することも可能です。現状の試作機では、RGB画像・距離画像を1株当たり約4.7秒の速度で取得できます。
  • イチゴ開花日は、果実発育の開始タイミングとして重要な情報です。開花日特定のためには、画像から開花状態の花を精度よく認識する必要があります。今回、開発した開花認識AIでは、蕾~花弁離脱までの開花の状態を多段階に分けて学習させる手法を新たに採用しました。その結果、開花認識率は88.8%へ大幅に向上し、人工気象器で試験した45花の開花日を平均絶対誤差±1日以内で特定することが可能となりました (図4)。
  • 果実の発育は温度の影響を強く受けます。そして、果実発育の速度は、気温に加え果実温度を考慮することで、正確な評価が可能となります。今回、構築した生育画像自動収集システムでは、イチゴのRGB画像・熱画像を同時に取得できるため、RGB画像で果実をAIで認識し、熱画像で±0.4°C以内の誤差で計測した果実温度を表示することが可能です。さらに、距離画像を利用して果実同士の境界を検出するプログラムを開発し、果実同士の分離が難しい房なり状態のイチゴでも、個別の果実温度測定が可能になりました(図5)。今後、取得した果実温度を学習用データとして、収穫日を高精度に予測する生育期間予測AIを開発します。
  • 上記の開発技術を統合した生育センシングシステムを人工気象器で栽培するイチゴに供試し、適用性を確認しました。精密な環境制御により多様な気象条件を再現しながら、経時的な生育情報の収集が可能になりました。

今後の予定・期待

今回ご紹介した生育センシングシステムにより収集される開花日・果実温度のデータを用いて、今後、高精度な生育期間予測AIを構築いたします。最終的には、施設環境制御システムと組み合わせ、JIT生産システムの実現を目指します。今年度、ハウス等での試験を通じて、JIT生産システムを実証し、導入効果を検証予定です。

用語の解説

ジャストインタイム生産(適時生産)
「必要なものを、必要なときに、必要な数だけ作る」という発想(JIT, just in time)で製品を生産することを指す。農業界においては、一例として、農産物を工業製品のように安定・均質に生産するシステムが挙げられ、生育・品質センシングとAIによる施設環境制御で、高品質、かつ、均質な作物の計画生産・調製・出荷を実現し、省力化、生産性向上とともに、農産物の高付加価値化を実現し得る発想である。[概要へ戻る]
熱画像
物体から放射される赤外線エネルギーを測定し、当該物体の表面温度分布を可視化した画像。[研究の内容・意義へ戻る]
電動スライダ
主にモーター、ボールねじ、ガイドで構成された直線運動する駆動装置。電動スライダの動作を制御するコントローラーと組み合わせることで、人が操作せずに設定時刻に自動で動作し、高頻度に経時的な画像の収集が可能になる。[研究の内容・意義へ戻る]

参考図

図1 イチゴのJIT生産システムの概要
図2 収穫日予測方法の概要
図3 開発したイチゴ用生育画像自動収集システム
図4 開花日特定に向けた開花認識AIの改良
図5 重なり果実の分離・温度計測プログラム