プレスリリース
(研究成果) 植物体表面温度の3次元計測技術を開発

- 従来できなかった植物全体の温度状況把握が可能に -

情報公開日:2022年9月22日 (木曜日)

ポイント

農研機構は、植物体表面の温度分布を3次元で高精度に可視化する技術を開発しました。温度分布の3次元像と可視画像の3次元像と重ね合わせることで、植物体の複雑な形状や色、表面温度が一体化した立体像を作成することが可能になりました。本技術は、温度変化を伴うような、植物の生理応答性を高精度に定量する技術の確立に貢献します。また、将来、本技術を基盤技術として農作物の環境ストレスや病害の早期検知技術等へ応用することも期待できます。

概要

植物の表面温度のデータは、生育状況や生理的な障害の有無を把握する指標として、農作物の栽培技術開発や基礎科学研究の分野において頻繁に用いられます。

通常、植物体の表面温度分布とその温度を示す部位を正確に特定するためには、熱画像1)RGB画像2)を同一の画角から撮影し、対象が重なるよう二種類の画像を重ね合わせる必要があります。ただし、従来技術で重ね合わせが可能なのは2次元画像のみであり、隠れた部位で生理障害が起きた場合、見落とすことがありました。また、葉の表側と裏側等、異なる角度から見たデータを抽出するには、それぞれの角度から撮影した画像に対して、その都度、重ね合わせを行う等、手間がかかっていました。

図1 イチゴ苗の表面温度の3次元計測

今回、農研機構では、植物体の複雑な立体形状や色、表面温度分布が一体化した高精度な3次元データの取得技術を開発しました。一度の撮影で、あらゆる角度から見た草姿を観測、記録でき、植物体上での温度変化を見落とすことなく検出できるようになります。本技術は、熱画像とRGB画像の各々から3次元像を作成し、それらを正確に誤差数mm程度の精度で統合するものです(図1)。これにより、葉や茎、果実等、指定した部位の面積や体積を高精度に計測した上で表面温度データを取得することが可能になります。

将来は、生理応答の精密計測の基盤技術として本技術を応用し、植物の環境ストレスや病害を早期に検知する技術や、生育不良、収量低下のリスクを予測するシステム等を構築することで、栽培技術の高精度化に貢献します。

【動画】植物体表面温度の3次元計測

https://youtu.be/qd5rYlKKuuE
形状が複雑な植物体の表面温度を3次元計測する様子をご覧になれます。

関連情報

予算:ムーンショット型農林水産研究開発事業「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構基盤技術研究本部 農業ロボティクス研究センター
センター長中川 潤一
研究担当者 :
同 基盤モジュールユニット ユニット長徳田 献一
髙地 伸夫
広報担当者 :
同 研究推進室 渉外チーム長野口 真己

詳細情報

開発の背景と研究の経緯

農作物の生育状況は、栽培環境条件や個体の持つ遺伝情報によって決定されます。近年、ロボット計測技術等の発展を受けて、精緻な生育データが取得可能になりつつあり、環境データ、遺伝子情報との関連性を分析して栽培管理技術を高精度化する試みや、そのための基礎的研究が盛んに行われています。そこで、生育データ取得の基盤となる3次元画像センシング技術の進展に大きな期待が寄せられています。

農作物の生育状況を推定する指標の一つに、植物体自身の表面温度があります。これは、蒸散3)や光合成等、農作物の環境適応性や収穫物の収量、品質を左右する生理機能が、温度変化と密接に関与することを反映しています。この他、植物が病原体に侵された際、感染初期に温度変化が起こることも報告されています。そこで、熱画像を利用して、乾燥や塩害、病害などのストレスに対する応答等、作物の生理状態を解析する研究が広く行われています。

被写体の表面温度分布と形状を重ねて観察することができれば、その温度を示す領域の特定や、指定した部位ごとの生理応答性の定量につながります。そのためには、同一画角から撮影した熱画像とRGB画像を重ね合わせることが有効ですが、従来技術で重ね合わせが可能なのは2次元画像のみであり、植物体の持つ複雑な立体構造を反映させた解析を行うことはできませんでした。例えば、葉が重なり合っている場合やカメラに斜めに写っている場合には、個別の器官を区別して、面積や体積を正確に把握することは困難でした。また、葉の裏側等、一方向からでは陰になる部分のデータを取得するためには、角度を変えて熱画像とRGB画像を取得し、その都度、二種類の画像を重ね合わせるなど、多くの手間がかかっていました(図2A)。

このため、植物の形状や色、表面温度分布が一体化した3次元像を高精度に再現し、あらゆる角度からの観測および正確な定量を可能にする技術の開発が求められていました。

研究の内容・意義

2次元の熱画像と2次元のRGB画像から、SfM/MVS法4)によって各々の3次元像を同時に構築し、それらを統合する技術を開発しました(図2B)。本成果のポイントは、熱画像カメラとRGB画像カメラ双方で認識可能な①特徴点マーク、②基準点マークを新規に開発したことです。

  • ①特徴点マーク

    植物体表面は温度変化が乏しく、温度の特徴点が不足するため、通常のSfM/MVS法による熱の3次元像構築は困難です。そこで、人為的に温度の特徴点を作出する手法を考案しました。色と熱のランダムパターンを併せ持った特徴点マークを被写体周辺に配置することで、熱画像とRGB画像の特徴点を同時に取得し、熱画像・RGB画像の3次元像構築を同時に行うことが可能になりました(図34A)。

  • ②基準点マーク

    ①で得られたRGB3次元像と熱3次元像を統合するには、両者の基準点の位置合わせが必要となります。色と温度の異なるブロックを用いて、熱画像カメラとRGBカメラが認識可能な基準点を作成しました。予め3次元座標を入力した基準点マークを被写体近傍に配置することで、RGB画像と熱画像双方の位置座標計測を可能とし、2種類の3次元像の統合技術を確立しました(図4B)。

これによって、従来法では難しかった以下のデータを測定することができます。
  • あらゆる方向から俯瞰した形状と温度分布を記録できるため、薄い葉が重なり合う等、複雑な草姿を持つ植物体上での温度変化を見落とすことなく検出し、定量することが可能になります。隠れていた葉や茎、裏側も含めて、植物全体の温度状況を把握できるため、収量や品質に影響するような生理応答を検出し、総合的な生育診断を行えます。
  • 栽培を妨げないよう、非接触・非破壊での計測が可能なため、成長過程を経時的に追跡しながら計測することが可能です。
  • 植物の現況をデジタルデータとして保存することができるため、計測時点での草姿と温度分布を3次元像としてパソコン上で再現し、後日、繰り返し確認することが可能です。例えば、生理的な障害が起きた部位について、どのような位置にあっても、時間を遡ってその部位の状態を確認できることから、障害発生初期からの経時的な温度変化を取得できます。

今後の予定・期待

新規開発した異種画像3次元計測・統合技術の原理は、熱画像(遠赤外線)、RGB画像(可視光線)以外に近赤外線や紫外線を利用した撮影にも適用できます。その場合、可視光線では識別が困難な、被写体表面の傷やムラ等も検出できるようになり、より多角的な生育調査が可能になります。植物の環境ストレスや病害を早期に検知する技術や、生育不良、収量低下のリスクを予測するシステム等の構築につなげることで、栽培管理や育種技術の高精度化に貢献します。将来は、企業や研究機関が持つ人工気象装置の他、植物工場、温室、ほ場等、本技術の実用化範囲の拡大を目指しています。

用語の解説

熱画像
人の体を含め、熱を持つ全ての物体は遠赤外線を放射しています。熱画像とは、物体から放射される遠赤外線を分析し、被写体の表面温度分布を図として表した画像です。[概要へ戻る]
RGB画像
光の三原色(赤、緑、青)によって画像を表現するものであり、デジタルカメラなどで使われています。この3色を組み合わせることで、人の目に見えるほとんど全ての色を再現することが出来ます。[概要へ戻る]
蒸散
気孔と呼ばれる、植物体表面上に多数分布する小さな穴から、内部の水が水蒸気として放出される現象で、植物体内の水分収支を左右する重要な生理機能です。蒸散には、気化熱による温度の低下を伴うことから、植物体の温度情報は、蒸散の活発さを推定するための指標の一つとして利用されます。[開発の背景と研究の経緯へ戻る]
SfM/MVS(Structure from Motion/Multi-View Stereo)法
市販のデジタルカメラ等で被写体を多面的に撮影するだけで、3次元データを作成できる技術です。まず、「SfM」では、複数枚の2次元画像から、葉の先端等、被写体上の特徴的な点(特徴点)を抽出し、共通する特徴点を手がかりとして、カメラの位置・姿勢と被写体の大まかな3次元構造(低密度な点群)を推定します。さらに、「MVS」によってSfM点群を高密度化し、高精度な3次元点群データを再現します。[研究の内容・意義へ戻る]

参考図

図2 RGB画像の3次元像と熱画像の3次元像の統合
図3 色と温度のランダムパターンを併せ持つ特徴点マーク
図4 新規開発した特徴点マークと基準点マーク