研究の背景・経緯
無機肥料は速効性に優れた肥料ですが、天然で産出するものはわずかなため、事実上、化学肥料として工業的に製造するしかありませんでした。化学肥料は製造時に大量のエネルギーが必要(1kgの製造に窒素肥料は17,600kcal、リン肥料3,190kcal、カリ肥料2,200kcal必要)であり、原料となるリン鉱石やカリ鉱石は資源量が限られているため、持続可能な技術への転換が求められています。
他方、国内では大量の有機質資源が産出されますが、これを無機肥料に変換する実用的技術はこれまでなく、有機物のままで利用されています。しかし有機質資源は<化学肥料と比べ速効性で劣ること>、<土中でしか無機肥料成分に分解しないため土耕栽培に利用が限定されること>、<必要量をはるかに上回る産出量があること>、<有機物のため「かさばる・腐る・臭う」という欠点があり、保管・輸送に適しておらずコストがかかること>、などの課題を抱えています。このため、化学肥料に代わり、(1)余剰有機質資源を原料として、(2)大量のエネルギーを使わずに速効性の無機肥料を製造する、新たな技術の開発が期待されていました。
そこで、微生物の力を借りて有機物を迅速分解し、無機肥料を製造する技術の開発に取り組みました。
新技術の特徴
- 無機肥料製造に用いる微生物担体は、容器に多孔質担体(軽石・ウレタンなどの鉱物や樹脂)を充填した後、無機化反応を行う微生物群を添加して、微生物を担体に定着させたものです(図1)。用いる微生物群は、有機物を分解する際に起きる二つの反応(アンモニア化成および硝酸化成)を同時並行に進める微生物群です。この微生物担体に有機物(鰹煮汁や菜種油粕などの液体や固形物)を加え、翌日に水で洗うことにより、無機肥料(硝酸イオン、リン酸イオン等)が得られます(図2、図3、表1)。添加した有機物は微生物担体内で分解を受け、有機物と水の添加を毎日繰り返すことにより、無機成分を毎日回収することができるようになります(図3)。
- 有機物や水を添加するだけですので、無機肥料製造時に電気などのエネルギーは不要です。
- 回収した水溶液は無機肥料として利用可能です(図4)。
- 微生物担体を養液栽培の培地として利用すれば、有機物を直接栽培用培地に添加することが可能です(図5)。
図1 微生物担体を充填したカラム
図2 微生物担体を利用した無機肥料製造法
有機物を加えた翌日に水で洗浄する。この操作を毎日繰り返すことにより、無機成分を毎日回収することができるようになる。
図3 無機肥料成分(硝酸イオン)回収の推移
バーミキュライト70 gに微生物を添加した後、<トウモロコシ浸漬液0.2 g添加→翌日250 mlの水で洗浄>の操作を繰り返すと、1週間程度で微生物が定着し、その後は無機肥料成分を安定的に回収できるようになる。
図4 製造した無機肥料での生育実験
微生物担体により製造した無機肥料をコマツナに与えると、正常に生育した(写真左)。微生物担体での処理をしない有機物(鰹煮汁)をそのまま与えると、生育が強く阻害された(写真右)。
図5 有機物を栽培用培地に直接添加した場合の生育状況
微生物を定着させたロックウールを培地に用い、有機物(鰹煮汁)を加えながらチンゲンサイを育てると(写真左)、化学肥料の場合(写真右)と同様に正常に生育した。微生物を定着させていない担体の場合、有機物が腐敗し生育不良となった(写真中央)。
今後の予定・期待
本技術は無機肥料製造時に電気などのエネルギーを必要としないため、従来の化石燃料を大量に使用する方法と比べ、CO2排出量が大きく抑えられます。また、これまで無機肥料は化学肥料としてしか提供されませんでしたが、この技術により、有機質資源から製造できるようになり、循環型農業への貢献が期待されます。回収した無機水溶液は土耕栽培の点滴施肥や養液栽培などに利用できます。さらに、この微生物担体を利用すると、これまで不可能とされてきた有機物直接投入による養液栽培が可能になります。長期保存には、乾燥・減容化が今後の課題です。現在、製品開発を共同で進める企業を募集しています。
利用許諾契約に関する問い合わせ先
農研機構連携普及部 連携広報センター 普及・実用化促進係
Tel: 029-838-8641
用語の解説
有機質資源
産業に利用できる有機物のことを有機質資源と呼びます。食品残渣や畜産廃棄物などが挙げられます。
アンモニア化成・硝酸化成
アンモニア化成は有機物に含まれる窒素がアンモニアに変換する反応で、多くの微生物がこの反応を行います。硝酸化成はアンモニアから硝酸に変換する反応で、硝化菌がこの反応を行います。
トウモロコシ浸漬液
トウモロコシからデンプンを製造する工程において、副産物として出てくる有機物です。