要約
独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構 野菜茶業研究所(石内傳治所長、三重県安濃町)の篠田徹郎主任研究官らのグループは、カイコのアラタ体注1)から、新規の幼若ホルモン(JH)注2)合成酵素注3)-幼若ホルモン酸メチル基転移酵素(JHAMT)注4)の遺伝子を単離した。本遺伝子は若い幼虫では継続して発現しているが、終齢幼虫になるとその発現が完全に停止する。このことから、研究グループでは、終齢幼虫のアラタ体ではJHAMT遺伝子の発現が停止してJHAMTタンパク質が無くなるためにJH合成が停止し、その結果昆虫の変態が誘導されるものと推察している。また本成果は、JHAMTタンパク質を標的とした環境や人に対して安全な農薬の開発につながるものと期待される。
本研究成果は10月7日発行の米国科学アカデミー紀要(オンライン版)に掲載される。
(http://www.pnas.org/papbyrecent.shtml)
背景・ねらい
JHは、昆虫の変態を抑制するホルモンで、脳の後方に存在するアラタ体で合成・分泌される。若齢幼虫期の昆虫体内には高濃度のJHが存在するために幼虫脱皮を繰り返すが、終齢幼虫になるとJH濃度が低下・消失するために、変態(蛹化)が起こる(図1)。このことは、一般にもよく知られているが、変態に先立ってアラタ体がJHの合成を停止する機構については、これまでほとんどわかっていなかった。また、アラタ体特異的に存在するJH合成酵素、およびその遺伝子自体が単離されていなかった。
成果の内容・特徴
- ディファレンシャル・ディスプレイ法注5)を用いて、カイコのアラタ体から、幼虫期には継続して発現するが、変態期になると発現が完全に停止する遺伝子を見つけだした。
- 本遺伝子は、その配列から新規のメチル基転移酵素をコードすると推定された。そこでこの遺伝子を大腸菌で発現させて組換えタンパク質を作成し、その酵素活性を調べたところ、本遺伝子が、JH酸をJHに変換する酵素-JHAMTをコードすることが明らかになった。
- 本遺伝子は1~4齢幼虫期のアラタ体で継続的に発現しているが、終齢(5齢)幼虫のアラタ体では変態に先立って発現が完全に停止することが確認された(図2)。
- 遺伝子の相同性に基づき、全ゲノム配列の解読されているキイロショウジョウバエおよび重要なマラリアの媒介者であるガンビアハマダラカからもJHAMT遺伝子を発見した。
成果の意義と今後の展開
- アラタ体特異的なJH合成酵素の存在は早くから知られていたが、アラタ体は微小な組織であるため、それらの酵素タンパク質の精製や、遺伝子の単離はこれまで成功していなかった。JHAMTは、世界で初めてクローニングされた昆虫特異的なJH合成酵素遺伝子である。
- JHAMT遺伝子の発現パターンから、終齢幼虫では、本遺伝子の発現が停止し、JHAMTタンパク質が消失するためにJHの合成が停止し、その結果、昆虫の変態が誘導されることが示唆される。つまりJHAMT遺伝子は昆虫変態のスイッチとして機能するものと考えられる。
- カイコJHAMT遺伝子の発見によって、配列の類似性に基づいた害虫・天敵由来のJHAMT遺伝子を容易にクローニング可能になった。さらに、それらの組換えタンパク質を利用した害虫JHAMTに対する選択的阻害剤の試験管内スクリーニングが可能である(図3)。選択的JHAMT阻害剤は環境や人に対して安全な農薬となることが期待され、環境保全型害虫防除技術の推進に大きく貢献する。
実施プロジェクト
形態・生理機能の改変による新農林水産生物の創出に関する総合研究
(平成13~15年)