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研究員のすがお【菊池 豊】

研究員の写真

農研機構 農業技術革新工学研究センター
安全工学研究領域 労働衛生ユニット長
菊池 豊 ( きくち ゆたか )

研究者の写真
「革新的な農業技術と安全な農業現場を創る」をビジョンに掲げる農業技術革新工学研究センター。
今回は、農業に携わる多くの人の安全と負担軽減を日々研究する、菊池豊さんにお話を伺いました。
なろりん

「農業技術革新工学研究センター」って、どんなお仕事をしているところなの?

菊池さん

昭和37年に農業機械を研究する機関として設立されました。その頃は戦後の人手不足で、農業の機械化が必要だったのです。機械化が進んでくると次第に事故が増えてきて、農業機械の安全についても研究が始まりました。最近では、スマート農業(注1)関連の研究もしています。

インタビュアー

菊池さんの部署は、どんな研究をされているのですか?

菊池さん

農業機械の安全と農家さんの健康障害低減を研究しています。農業機械は大型で馬力があるので、使う状況や使い方をひとつ間違えると大事故につながります。そこで、事故を未然に防ぐために、不幸にも起きてしまった事故事例の紹介や、事故を起こさない農作業の仕方を紹介するHP「農作業安全情報センター」を平成14年に開設しました。農業に従事している方は、是非参考にしていただきたいですね。このHPには、多いときは年間約1万件のアクセスがあるんですよ。

インタビュアー

農業の事故は多いですか?

菊池さん

ここ数年は、年間約300件の死亡事故が起きています。他の産業と比べたら、多いです。

インタビュアー

だから、こちらのセンターでの研究が必要なんですね。事故の調査もするのですか?

菊池さん

はい、やります。農作業事故の原因究明の調査で、事故についての聞き取りインタビューをするのですが、当然ですが農家さんに歓迎されません。とはいっても、原因がわからなければ対策が立てられないので調査は必要なんです。このように苦労して集めた情報を、農業機械の安全研究に活かしています。

インタビュアー

「農作業の安全・快適性向上に向けた改善事例集I~IV」も農家さん向けに作成されたと伺っています。

菊池さん

農家さんの作業が少しでも楽になるようにと思って、ヒント集のような冊子を作ったんです。これを訪問した農家さんにお配りしたら、「100編の論文以上の価値がある」とコメントをもらったことがあります。うれしかったですね。

インタビュアー

この冊子は、写真やイラストが多くて分かりやすいです。その点も喜ばれたのではないでしょうか?

菊池さん

はい、難しい文章は書いていないです。読み手がぱっと見て興味を引かれるように工夫しました。

インタビュアー

農業機械の安全以外にはどのような研究を行っていますか?

菊池さん

農家さんの健康障害低減のために、最近では鳥取県と共同で「農作業イス」を開発しました。このイスは "スイカ栽培のツル引き"という正座で身をかがめながらの長時間の作業において、膝と足首の負担を軽くする物です。この農作業イスは農家さんに好評で、スイカ以外の作物でも使用したいという連絡をもらっています。

なろりん

とても喜ばれているんだね!

インタビュアー

菊池さんが研究者になろうと思ったきっかけは何ですか?

菊池さん

私は岩手県の農家の次男坊なんですが、長男が家業を継いだので、私は地元の大学へ進みました。その進学先がたまたま農業機械学科というわけです。入ってみたら、楽しかったんですけどね(笑)。

インタビュアー

ご実家が農家だから農学への使命に燃えていたわけではないのですね(笑)。ではこれまでの研究で失敗したことや、逆にうれしかったことは?

菊池さん

失敗はたくさんあります。失敗のない研究なんてないです(笑)。最近でうれしかったことは、ドラマ「下町ロケット」(TBS、2018年放送)で登場したロボットの開発に関わったことですね。

なろりん

どんなロボットなの?

菊池さん

無人トラクターです。世界で初めて市販されました。

インタビュアー

菊池さんは開発にどのように関わったのですか?

菊池さん

私は、安全対策を担当しました。例えば、リモコンでスタート、ストップしますが、リモコンの電池が切れた場合どうすればいいのか?など、考えることはたくさんあります。すでに安全基準をつくって標準化したので、いくつかの農機メーカーさんから販売されています。

インタビュアー

菊池さんといえば、農業機械のユニバーサルデザインについての本も書かれていますね。

菊池さん

「農業機械ユニバーサルデザイン設計指針」を作りました。これは、身長・性別・年代ごとの人間工学データを提示したものです。今ではそのデータを盛り込んで設計された農業機械が増えてきました。

インタビュアー

ユニバーサルデザインを研究するようになったきっかけは何ですか?

菊池さん

農業機械を運転する対象モデルは若い男性でした。でも実際は、農家のお嫁さんやご高齢の方も農作業をやっているでしょう、これはおかしいなと思って。例えば小柄な女性が運転すると、ハンドルにしがみついて顔がちょこんと乗っている状態になってしまいます。視野を確保しつつ重いペダルを踏むためです。運転席の背に背中を付けてペダルを踏むと安全なんですが、小柄だと足が届かないですからね。

インタビュアー

体格に合った設計が安全につながるのですね。

菊池さん

若い男性設計者さんに、せまい視野や動きにくい体などを疑似体験できる高齢者体験セットを装着してトラクターに乗ってもらったことがあります。よくこの状態で運転しているなー、と驚いていましたね。体格の問題だけではなく、視野が狭く暗いところで文字が見えにくい高齢者や、日本語が読めない外国人、レバーやペダルやハンドル操作が難しい障害者への対応策など、まだ課題は残っています。ユニバーサルデザインの研究はこれからも続けていきます。

なろりん

菊池さんは大忙しだね!

菊池さん

農業に新しい品種や技術が生まれると、新たな農作業の安全や農家さんの健康障害低減の問題も出てきます。農業が発展するほど、忙しくなりますね(笑)。

研究者プロフィール

農研機構 農業技術革新工学研究センター
安全工学研究領域 労働衛生ユニット長
菊池 豊 ( きくち ゆたか )

1967年岩手県生まれ。1990年岩手大学農学部卒業、生研機構(農研機構農業技術革新工学研究センターの前身)に入所。現在に至る。
1995年交通事故に遭い、1996年より農作業安全、人間工学の研究室に異動となった。それ以来、農作業安全、健康障害低減のためにさまざまな研究を行ってきた。農作業現場改善チェックリスト、農作業安全情報センターHPは、多数のアクセスがあり広く活用されている。農業機械ユニバーサルデザイン設計指針はトラクタ等の運転席回りの設計に活用されている。その他、低振動刈払機、アスパラガス収穫ハサミ、背負バンドを改良した動力噴霧機などが普及している。ロボット農機の安全要件は、市販のロボットトラクタや国際規格にも採用されている。鳥取県と開発した農作業イスが2019年秋から発売されている。

なろりん

なろりん

農研機構のキャラクター。ダイバーシティ推進室所属。お仕事はダイバーシティ推進室の取り組みを紹介すること。全国を訪れてレポートすること。

なろりんブログ

広報誌「NARO」No.12 掲載記事