国際活動

農研機構 欧州WUR拠点駐在員
研究管理役 後藤一寿

オランダのアニマルウェルフェアとBeter Leven表示

今回はオランダのアニマルウウェルフェアについて紹介します。ヨーロッパの食を考える上での重要な視点は、ここに暮らす人々の思想、嗜好、宗教などあらゆる側面から多面的に見ることです。さらにQuality of Life(QOL)の視点から幸福感について考える必要もあります。食事は人々を健康にし、暖かい食事と健康的な食べものは人々の暮らしの中で最も幸福感を与えてくれる瞬間であると考えられます。食事は他の生き物(植物や動物)の命をいただく行為であり、命に対する感謝が「いただきます」という日本語に現れています。EUではリスボン条約において、この命に対し、「家畜は単なる農産「物」ではなく、「感受性のある生命存在であるSentient Beings」」と定義しています。世界のアニマルウェルフェア畜産の原則は世界獣医学協会の方針にもなっている5つの自由、すなわち、1)飢えと渇きからの自由、2)不快からの自由、3)痛み、傷、病気からの自由、4)正常行動発現の自由、5)恐怖や悲しみからの自由を基準に定められています。これに合わせ日本でも、農林水産省・畜産技術協会が「アニマルウェルフェアに対応した家畜の飼養方針」をまとめるなど、対応を急いでいます。アニマルウェルフェアは、特にオランダにて先進的に取組まれており、官民一体となった啓発活動が繰り広げられています。
オランダでは至る所で乳牛や羊、馬たちが放牧され、のんびりと草を食んでいます。身近なところにたくさんの家畜がいる生活は、そこに暮らす人々の心も豊かになります。このように動物の幸福感に配慮した生産体制をオランダではBeter Levenとして格付けし、スーパーなどの商品にラベリングする展開が広がっています。Beter Levenは2007年にオランダ動物保護協会がオランダ大手スーパーマーケットチェーンなどと共同で制度化した消費者向けの認証制度です。生産者は同協会の定めた認証基準に従って生産し、消費者はアニマルウェルフェアにどの程度配慮された商品かを星の数で判断できます。慣行飼育にはラベルがつかず、アニマルウェルフェアの配慮のレベルに応じて図1のように星が1つから3つまでの3段階で格付けされています。Beter Levenのラベルが添付されている商品は、豚肉、牛肉、鶏肉、鶏卵、七面鳥、ウサギ、牛乳、乳製品およびハムソーセージなどの各畜産加工品です。表1は豚の使用基準を示しています。この基準が示すとおり、とても厳しい管理のもと生産され格付けされています。写真1では、3つ星を中心としたBeter Levenの商品を集めてみました。精肉からマヨネーズのような加工品、バターやヨーグルトなどの乳製品、ハムなど様々な商品にラベルが付いています。この写真の中にはありませんが、3つ星の付いたドックフードも販売されています。

図1: Beter Leven のラベル
写真1: 3つ星を中心としたBeter Leven商品の数々
表1: オランダの養豚におけるBeter Levenの認証基準と慣行飼養水準の比較

(表をクリックすると拡大します)

認証団体の調査によれば、オランダの消費者の94%がBeter Leven表示を認識しているとのこと。Beter Leven表示を商品につけることで確実に認証商品の市場が拡大していることが示されました。これは消費者がこれらのラベルを商品選択の基準として商品を購入していることを物語っています。アニマルウェルフェアの認証が消費者の評価につながりビジネスが拡大しています。欧州のスーパーマーケットではBio(有機認証)商品、グルテンフリー商品、ベジタリアン用商品、ハラール認証商品など、様々な嗜好に合わせた商品展開と認証機構、認証マークが展開されています。これらについては後日紹介したいと思いますが、多様な消費者の嗜好、思想信条、健康状態などに合わせた商品が展開されています。

これらの展開を受けて、今後以下のような研究が重要になると考えられます。

1) グローバルフードチェーンに対応したアニマルウェルフェア認証

欧州への食肉輸出を考える上で、アニマルウェルフェアへの対応が重要であることが考えられます。有機畜産などの高付加価値型の農業生産を進める上でアニマルウェルフェアへの対応はさらなる付加価値を生む可能性があります。今後整備が予想されるグローバル認証への対応なども視野に、グローバルフードチェーンに対応した流通研究も重要となるでしょう。また、我が国内のアニマルウェルフェアへのさらなる対応も検討しておく必要があります。近年、国際基準はハーモナイゼーションの流れをくみ、評価基準の各国間の同等性などが重要視される傾向にあります。アニマルウェルフェア基準も整備されているGLOBAL G.A.Pなど、輸出戦略を考える上での重要な基準への対応も必要かと思われます。

2) 食肉の食味・風味向上に資する飼養方法の検討など

豚の飼養や衛生管理を工夫することで、雄臭を抑える技術の開発がかなえられるのではないかと考えられます。アニマルウェルフェアの観点からもこのことは重要です。近年では、ブリなどの養殖の餌に、かぼすやスダチなどの香酸柑橘の搾汁残渣を活用し、魚臭さを抑える飼養方法などが注目されています。これは、柑橘のオイル成分が養殖魚の脂質に吸収され臭み成分を抑えることに成功した例です。餌の開発、改善から雄臭を押さえブランド豚の開発に成功すれば、欧州での新しい日本産豚の展開も可能ではないでしょうか。スペインのイベリコ豚は市場でも高値の高級ブランド豚です。脂身には餌である樫の実由来のオレイン酸を多く含みます。国産豚もこのようなブランド化を目指し、技術と科学に立脚した商品開発が目指せるのではないかと考えます。

食は人々の暮らしを心身から豊かにします。命をいただく私たちの営みにおいて、命に感謝しおいしくいただく、そのための研究開発を目指したいと思います。日本のとんかつ、しゃぶしゃぶ、生姜焼きを思い出しながら本稿を閉めたいと思います。

参考

https://beterleven.dierenbescherming.nl/english/

松木洋一 オランダにおけるアニマルウェルフェア食品のチェーンおよびブランド開発、畜産の研究、第69巻第7号、579-590.
中野貴史、畜産の情報、2017.8、84−101.