国際活動

農研機構 欧州WUR拠点駐在員
研究管理役 後藤一寿

おいしさの研究が進むオランダトマト !

はじめに

オランダを代表する農産物にトマトがある。オランダのトマトはメキシコに並んで世界の輸出量の1位2位を争っている。光、水、エネルギーなど様々な環境が制御されている高効率な温室を利用する効率的なトマト生産に、世界から注目が集まっている。また、オランダのスーパーに行くと実に様々なトマトが販売されている。1年を通して新鮮なトマトをいつでも食べることができるオランダの食生活。このレポートではオランダのトマトについて紹介する。

オランダトマトの高い生産性 −日本との比較から−

最新の2019年のデータによれば、オランダのトマト生産農家数250、栽培面積1,739ヘクタール、平均栽培面積(Green house)6.69ヘクタールとなっている。同様に日本では2018年度の実績で、栽培面積11,800ヘクタールである。一方で、単位あたりの収量はどうであろうか?2019年のオランダのトマト総収量は91万トン(1,800ha)、面積あたりの収量は驚異の54トン、日本は野菜生産出荷統計によると、総収量73万トン(11,800ha)とオランダに引けをとらない収穫量である。日本の統計では、トマトは冬春と夏秋に分かれており、夏秋には露地も含まれる。オランダは周年生産であるが、日本は冬春、夏秋それぞれ栽培していない期間が含まれるため、オランダに合わせると日本の単収は14.6トンくらいである。

おいしさも追求するオランダのトマト

皆さんは、オランダのトマトについてどのようなイメージをお持ちだろうか?先に触れたように徹底的な効率化により生産されるトマトは、「時に品質よりも量」といったイメージからおいしくないイメージを持たれることが多い。現実に、今ではオランダトマトの主要な輸出先であるドイツなどでは、オランダトマトのことを「Water-bombs」あるいは「Plastics Aqua」などと揶揄し、決して高く評価していなかった。この不名誉な"称号"に対し、オランダではトマトのおいしさに注目した研究が進められている。トマトの様々な情報を展示しているTomato Worldを訪ねると、最新の研究成果を一度に学ぶことができる(写真1)。トマトの味については、ワーヘニンゲン大学が作成した、スパイダーチャートを用いて、香り、ジューシーさ、皮の硬さ、食べごたえ、硬さ、酸っぱさ、甘さを見える化し、味の特徴を表示している。この研究では、食育もかねて小学生でもパネル調査をしたとのこと。オランダのトマトは品種改良と共に、味を見える化したプロモーション活動を通して現在の地位を築いている。ここでガイドをされているエリザベスさんも説明の際に、もうおいしくないとは言わせない! と力強く語っていた(写真2)。

写真1: トマトのすべてが学べるTomato World
写真2: 説明するガイドのエリザベスさん。おいしさチャートの中心はUMAMIである。

これらの味に特化した研究を受けて、オランダのスーパーでは色とりどりのトマトが売り場に並んでいる(写真3)。独自ブランドの商品なども登場するなど、味に特化したトマトマーケティングが始まっている。そこで、新しいオランダのスーパーをのぞいてみて、新しいトマトの販売状況を探ってみよう。

写真3: スーパーマーケットのトマト売り場

オランダの代表的なスーパーはAlbert Heijn(アルバートハイン)、Jumbo(ユンボ)、Coop(コープ)などが挙げられるが、いずれのスーパーでもオリジナルパッケージでトマトを販売している。昔ながらの量り売りももちろんあるが、最近では、個別包装のトマトも多い。販売されているトマトは、スープ用、ソース用、サラダ用、スナック用、サンドイッチ用などに分けられ、Bio(有機栽培)の認証を受けているトマトの販売も多い(写真4)。また、スナックトマトの多くはへたなしで販売されているが、高級路線の商品ラインナップ(例えばExcellentなど)は紙トレイに並べられ、房ごとの販売が特徴である。マーケティングサイエンスを専門とする筆者が驚いたのは、各スーパーとも味と用途を視覚的にアピールしたパッケージを開発し、消費者に訴求している点である。例えば、写真5はオリジナルブランドのトマトTasty Tom。このトマトが入っているトレー(写真6)を見てみると、このトマトはサンドイッチやサラダに向くことが示されている。これらの表示があることで、消費者は店頭に並ぶトマト品種の味の特徴や用途を容易に判断することができ、あらたな消費喚起につながっている。筆者もこのようなエビデンスベースドマーケティングを強く推進している一人であるが、オランダのトマト販売者が味にこだわり、品質や用途を訴求するマーケティングを展開していることは、もはやWater-Bomb等と揶揄されていたオランダトマトの時代は終わり、より高付加価値なトマトが多く流通している事を物語っている。はたしておいしさはどうか?トマト農家の息子として幼少期よりミニトマトに囲まれて育った筆者はどうしても糖度が気になる。糖度計を片手に食べ比べ。なんと、チェリートマトやスナックトマトの大半は糖度(Brix)が10を超えていた。価格は1キロ16.61ユーロ(約2,000円:1ユーロ123円)と単価も高い。

写真4: さまざまなトマト
写真5: オリジナルブランドのトマト"Tasty Tom"
写真6: 品種ごとの用途提案がされたパッケージ

まとめ

今回はオランダに住む筆者が感じるオランダトマトの様子について紹介した。広いガラス温室が広がるオランダの工業的な施設栽培により生み出されるトマトは、オランダを代表する農産物である。日本との比較においても生産性の高さは際立ち、効率的な農業が展開されている。一方で、Water Bomb等と揶揄され高い収量とは裏腹に味に対する評価が低かったオランダのトマトであるが、近年はとてもおいしくなったと感じる。これからは、温室内の環境制御の自動化、労働者の効率的作業配置などに加えて、ロボット技術の導入による収穫作業や葉かぎなどの管理作業の自動化なども進められ、さらに効率的なトマト栽培が展開されるだろう。健康との関連についての研究や、風味についての研究も盛んに行われるなど、トマトにこだわるオランダ農業の挑戦は続いている。Taste Good なオランダのトマトが世界の市場に流通するとき、我が国のトマト産地はどのように対抗し、どのようなマーケティング戦略を打ち立ててれば良いのか? 消費者の視点に立ったさらなる味の追求、用途提案にもとづく戦略を立てるため消費者の視点に立って研究を進めていきたい。

参考図書

エペ・フゥーヴェリンク(編著), 中野明正(監訳):TOMATOES 2nd Edition トマト 100トンどりの新技術と理論: 低投入多収をめざして、2020、農文協