国際活動

農研機構 欧州WUR拠点駐在員
研究管理役 後藤一寿

オランダで取れたてイチゴの季節がやってきました

季節の変化と旬を楽しむオランダの人たち

オランダの皆さんは、季節の変化とともに、その時々の旬を楽しんでいます。3月の最後の日曜日に時計の針を一時間進めて夏時間が始まります。日に日に長くなる日照時間と気温の上昇とともに、ホワイトアスパラガスやイチゴといった旬の野菜・果物がスーパーに並ぶようになってきます。また、オランダのスーパーマーケットチェーンのアルバートハインでは、オランダ産の野菜や果物の旬をアピールする取り組みを実施しており、季節ごとのおいしい野菜や果物を紹介しています。図1は月別の旬を表すプレートです。このプレートが野菜・果物売り場に掲示され紹介されています。例えば4月を見ますと、ホワイトアスパラガス、5月から6月にかけてイチゴ、9月から11月にかけてリンゴやナシなどが旬として紹介されています。それぞれの野菜・果物のうち、旬がオランダ産を示すものには国旗がついています。11月には農研機構開発のりんごフジも旬として紹介されていますが、これはオランダ産では無いようです。このように、一年を通して、様々な野菜や果物が販売され、それぞれの旬が楽しめる様に工夫されています。ところで、オランダではイチゴは夏の果物とされています。旬は夏なのですね。以前フランスの知人に、日本のイチゴはクリスマスシーズンに合わせてたくさん販売される、という話をしたら大変驚かれたのを思い出しました。彼女が言うには、そんな時期にイチゴは採れない。季節のものを旬に食べるのがとても贅沢だと。暗く長い冬が過ぎ、季節の果物がマーケットに並ぶようになると、春を感じると。初夏にイチゴが実をつけ店頭に並ぶのがとても楽しみだと話していました。

図1 オランダのスーパーアルバートハインが作成した旬別カレンダー
https://www.ah.nl/over-ah/lekker/groente-fruit-seizoenswijzer/zomer

オランダイチゴのお味はいかに

早速オランダのスーパーでイチゴを買って味見してみましょう。写真1のように、イチゴは400グラムまたは250グラムのパック詰めが中心です。選別はほとんどされておらず、ゴロゴロとイチゴが入っています。日本のスーパーで芸術的に摘められた宝石のようなイチゴを見慣れている筆者としては、衝撃でした。隙間もたくさん空いているし、イチゴは中でゴロゴロ転がっています。サイズもバラバラ。値段は400グラム詰め1パック2.8ユーロ(350円)程度から高いときは5ユーロ(655円)程度です。またイチゴと一緒によく売られているのがスプレータイプのホイップクリームとタルトビスケット。このタルトにクリームとイチゴをたっぷりのせて楽しみます。早速タルトを作って食べてみました。どのイチゴもほどよい甘みと爽やかな酸味でとてもおいしいイチゴでした。
なお、スーパーにより紹介されているイチゴ生産者の様子では、露地栽培のイチゴを収穫と同時にその場でパック詰めし、出荷しています。選別も細かな基準がなく、効率化が図られているようです。サイズがバラバラなのはこのためですね。繊細なイチゴに手で触れる機会を減らすことで鮮度の維持にも役立っています。

写真1 オランダのスーパーで購入したイチゴとタルト・クリーム
写真2 パックに詰められているイチゴ、サイズもバラバラ
写真3 タルトビスケットにホイップクリームをのせて

オランダイチゴ栽培の生産構造

さて、ここでオランダのイチゴ生産について見てみましょう。オランダ中央統計局が公表している公式統計では、2019年の栽培面積は露地栽培1,149ヘクタール、施設栽培489ヘクタールでした。収穫量は露地栽培で2.4万トン、施設栽培で5.2万トンでした。10アールあたりの反収では露地栽培が2.1トン、施設栽培が10.6トンとなっており、施設栽培での高い収量性が認められます。栽培面積の推移を見ても、過去20年で、露地栽培が若干減少傾向であるのに対し、施設栽培の伸びが顕著です。

表1 オランダのイチゴ生産構造と単収

イチゴ温室で進められる6次産業化も

ところで日本では、農産物の付加価値向上を目指すため、農業者自身が加工、販売、レストラン経営など多角的に展開する6次産業化が進められています。オランダ型農業は、低コスト・低投入大量生産型で6次産業化の様な取り組みは縁が遠いと思われるかもしれませんが、日本同様に多角化を進めている経営も見られます。ここで紹介するイチゴ生産者Aardbeienkwekerij Richard en Annet Kalter社は、2002年よりイチゴの直接販売を開始し、現在は、加工品の販売、イチゴ狩りなどの観光事業、カフェの営業など多角的に展開しています。経営規模は施設栽培1.7ヘクタールで、年間のイチゴ生産量は180トン(=反収10.6トン)です。効率重視のオランダの施設園芸ですが、ここでは消費者との直接の交流や加工品の販売などに取り組んでいます。販路は主としてスーパーなどへの出荷が中心だそうですが、生産者の顔が見える販売を全国チェーンの大手スーパーとの提携で実現し、消費者から指名買いがされるなど大きな成功を収めています。市場価格に左右されない直接販売や加工品販売は、ビジネスが上手なオランダ農家の特徴とも言えるでしょう。

写真4 直売所の様子と農場のオーナー、アネットさん
写真5 イチゴ栽培温室の様子。収穫と同時にパック詰めしています。

イチゴでつながる日本とオランダ

効率化が顕著なオランダの農業ですが、季節感や旬も大切な価値観として重視されています。本稿の最初に紹介したスーパーマーケットの取り組みなど、消費者への食育を通して季節の野菜や果物をアピールし、消費を促す地産地消が進められています。また生産者とスーパーにより取り決められている柔軟な商品規格は生産の効率をあげるほか、鮮度の維持など様々なメリットもあるように思います。今後、イチゴ生産者を再度訪問し、生産の秘密についてインタビューしたいと思います。

ところで、日本で栽培されているイチゴの品種は学名をバラ科オランダイチゴ属(Fragaria × ananassa)というのをご存じでしょうか? 18世紀にヨーロッパで南アメリカ原産チリイチゴ(F. chiloensis)と北アメリカ原産のバージニアイチゴ(F. virginiana)の交雑によって誕生し、江戸時代末期にオランダ船により長崎にもたらされたとのこと。今では300を超える品種を作り出し世界に誇る高品質イチゴの生産国となっている日本ですが、こんなところでもオランダとの深いつながりがあったのですね。初夏のイチゴを楽しみつつ、日蘭の絆を感じながら宝石のような日本のイチゴのおいしさを懐かしく思いだしました。