中日本農業研究センター

所長室より -アドバイザリーボードでのニーズ把握(その1)-所有者不明の農地への対応--

農研機構では、第4期より、アドバイザリーボード委員会を設け、生産現場のニーズの把握に努めるとともに、それらを今後の研究課題に反映させていく取り組みを進めています。このアドバイザリーボードでは、管内の先進的な農業者や、普及組織など関係機関の方々に委員として参加して頂いており、中央農業研究センターでは、これまで、関東地域の水田作について2回開催するとともに、畜産研究部門、野菜花き研究部門の協力を得つつ、畜産及び園芸(露地野菜作)についても開催してきています。
この「所長室より」のコーナーでは、以降、何回かに分けて、このアドバイザリーボードで出された意見のいくつかを紹介します。
なお、委員会で出される意見や問題点は技術的な内容に止まるものではありません。経営運営上の様々な問題や悩みも出されることがあります。ここでは、まず、最初に、本年8月に開催した関東・水田作のアドバイザリーボードでの意見を紹介します。
ある委員の方からの問題提起の趣旨は、以下のような内容でした。それは、「現在、多数の農業者から農地を借りているが、地権者の世代も変わって、相手の人がどのような人か自分にも分からない場合がある。また、農業委員会を通した正式な利用権を設定していない農地も多い。地代は支払っているが、その人が当該圃場の正式な所有権者なのかも分からない。そのため、今後も農地を借り受けていって良いのか不安である。このような状況にどう対応していけばいいだろうか?」というものです。
この意見の背景を少し補足します。この農業者の方は、水稲、麦類、大豆などを中心に述べ作付面積が100haを超える大規模経営です。自作地は一部であり、大半が借地です。農地の地目は水田と畑があり、畑では、他の農業者のタバコ作や野菜作の連作障害を避けるために、この経営と短期間(1年程度)での交換耕作を行っています。また、水田では、いわゆる転作耕作受託(麦類や大豆作の耕作のみを請け負う方式)もかなりの面積を実施しており、そこでは、ブロックローテーションに沿って毎年作付けする圃場が決まります。このように短期間に耕作圃場が変わるため、正規の利用権設定がなされない場合が少なくありません。また、この方の経営がある地域は農村部であり、高齢化の中で、農家における世代交代も急速に進展しており、大きな構造変化が起きてきています。
ところで、先日(平成29年10月26日)、有識者による所有者不明土地問題研究会が、所有者が分からない土地が2040年には北海道の面積に迫る720万?に拡大するとの推計を発表し、大きな話題となりました。このような所有者不明の土地は、現在でも410万?(九州の面積に相当)あるとされています。この背景には、日本社会における少子高齢化の進展や、土地の資産価格の下落などがあり、また、そのような事態をもたらすものとして、相続登記が義務化されていないことや、土地情報基盤が未整備であることなどの要因が指摘されています(吉原祥子著『人口減少時代の土地問題-「所有者不明化」と相続、空き家、制度のゆくえ』、中公新書、2017年を参照)。特に、農地は、資産としての価値の低下や、売買実績もあまり見られなくなる中で、農地の維持管理もままならなくなり、今日では、まさに負の資産となりつつありますが、このことも、積極的な相続登記を躊躇させる一因となっていると思われます。
このような所有者不明の土地の発生は、具体的な対策を講じる上で前提となる所有権者の探索費用の発生や、それら農地を対象とした公共事業の遅延、あるいは、耕作放棄地への対応の手控え、税金の未徴収などの問題を発生させることになり、上記の研究会の推計では、それらによる経済的損失は2016年では年間で1800億円に達するとされています。
上記のアドバイザリーボード委員も、このような事態が発生する中でのまさに借地型経営の現実的な問題を指摘されているわけです。委員の方は、以前は地権者の人もよく知った人だったが、最近は分からなくなっていると話されています。誰が農地を相続しているかも不明です。このような中、安心してこれまで通り耕作を続けていっていいのか、また、圃場条件を改善するために土地改良などの取り組みを実施した場合にその費用(有益費)を回収できるのか、あるいは、今後、正規の相続権者から地代を請求されるといった事態が生じることはないのかといった不安を感じておられます。
このような農地を対象とした場合の問題点は、農林水産省においても認識されています。例えば、農林水産省における相続未登記農地等の実態調査(URL:http://www.maff.go.jp/j/press/keiei/seisaku/161226.html) によれば、(1)相続未登記農地(47.7万?)及びその恐れのある農地(45.8万?)は、全農地の約2割を占めること、しかし、(2)その中で遊休農地になっているのは6%(5.4万ha)であり、実態上は耕作がなされていること、そして、(3)当該農地を農地中間管理機構に貸し付けようとすると、法定相続人を探索した上で同意を集めなければならないため、円滑な貸付けにならず、農地の集積・集約化の妨げとなっているとされています。この全農地の2割というのは驚くべき数字です。また、今後、これらの農地が遊休化していくことが懸念されます。
このような所有者不明農地に対しては、農地法に基づく公示制度や、農業経営基盤強化法に基づく利用権設定などの制度が設けられています。前者については、農地所有者等に対して農地利用に関わる意向を調査し、所有者等を確認できない旨を公示し、農地中間管理機構との協議の勧告、都道府県知事の裁定といった手続きを経ることで、それらの農地の利用が可能となる仕組みが法律により設けられており、静岡県や青森県ですでに裁定が実施されていることが上記の農林水産省の資料により紹介されています。
上記のアドバイザリーボード委員の方に対しても、このような制度的な仕組みがあることは委員会において我々から紹介しています。ただ、これらの手続きには多くの手間や時間がかかることから、委員は、実際上どれだけ農地中間管理機構に対応してもらえるか分からないと述べています。このような農地はこの農業者の方だけをみてもかなりの面積になりますが、もちろん、この問題はこの方に特有と言うことではなく、すでにどこでも生じている問題です。この点では、既存の仕組みのみですでにある93万haもの農地に迅速に対応していくことはかなり困難であると思われます。この点では、より効率的な方式も今後必要となるかもしれません。
今回のアドバイザリーボード委員のケースに限ってみれば、場合によっては、農地に対する利用権の設定ではなく、作業の受委託に切り替え、農地を管理するという観点から、その都度、契約の締結を図っていくことも考えられます。ただ、通常は、それらの契約は単年度であり、長期の利用権設定にはならないこと、また、大規模経営であるがゆえに地権者も相当な人数となっているため、その際には事務処理面での効率化も不可避となるでしょう。その際には事務処理面での効率化も不可避となるでしょう。
この問題についてはすでに様々な対策が政府において検討されているようです。アドバイザリーボードでは、技術面でのニーズの他にも、このような現実の営農問題を紹介されることも多く、農業経営に関わる広範な改善テーマを知ることができる貴重な場となっています。我々は、このような営農現場における様々な問題の発生も認識した上で、今後の技術開発に取り組んでいきたいと考えています。