中日本農業研究センター

所長室より -アドバイザリーボードでのニーズ把握(その2)-「1人50?の営農モデル」--

   前回の「所長室より」の掲載から時間が経ってしまいました。本号からまた引き続き、アドバイザリーボードでのニーズ把握に関わる意見を紹介します。
   今回は、茨城県のある水田作経営の経営者から出された「1人50?を耕作できる技術がほしい」という意見です。
   この経営は、現在、100?を超える経営規模に達していますが、地域には他に担い手経営はほとんどなく、今後も農地の貸付け依頼が増えていくことが予想されます。このような状況のもとで規模拡大は進むものの、一方で作物の収量・品質を維持・向上させていくためには丁寧な栽培管理が必要となります。そのため、大規模化に対応しつつ、稠密な管理を、人手をかけないで実施できる技術の開発を進めてほしいということなのです。
   もちろん、従業員の数や機械の台数を増やしていけばそれは可能になります。しかし、それでは、経費も増加し、利益は確保できません。また、人手不足を背景に雇用情勢が比較的いい中で、農業経営が従業員を増加させようとしても、優秀な人材を容易には確保できなくなってきているのが実態です。そのため、この経営では、将来的な方向性として、オペレーター10名程度で、約500?(これは、この経営が所在する地域の水田面積に相当します)を耕作していくことを考えています。1人当たりでは50?という面積であり、これを、収量や品質を低下させることなく安定的に生産していける技術を構築してほしいということが、上記の意見の背景にあると思われます。
   なお、筆者がこれまで実施してきた経営調査によれば、水田作経営の平均的な耕作面積は従事者1人当たり約10?となっています(梅本(2015):大規模営農の形成史、pp.519)。これは、通常の家族経営(労働力2人)で20?という経営面積に相当します。1人50?は、これと比較すると約5倍という大きな規模です。
   もちろん、実際の経営では野菜類などの集約作物や加工部門の導入もなされており、上記の1人10?という規模は、それら土地利用型の作物以外の部門への対応も含む平均の経営面積であることに留意する必要があります。事実、上記の要望を出された農業者は水稲作を中心とする経営であり、現状でもオペレーター1人当たり平均約20?の耕作規模となっています。しかし、それと比較しても、1人50?はかなり大きな面積であり、それを実現するためには抜本的な作業性の向上、あるいは、部門構成の変更や栽培条件の改善など、様々な事項の再編を行わないとこれだけの技術効率は達成できません。この点は、1人50?は、家族経営として考えると約100?の経営面積となることを考えても明らかです。
   ところで、アドバイザリーボードでのこのような提案は、必ずしも突飛なものとは言えません。
   すでに多くの地域で見られるように、高齢化の進展に伴い、農地の貸付希望が大きく増加しています。現状においては農業就業人口の約半数を70歳以上の者が占める状況にあり、加齢に伴い農業生産からの退出者が急速なテンポで増えています。このような状況を念頭に置き、農林業センサス個票を用いて、農業者が75歳以上となり、かつ、後継者が不在の場合には農業生産から離脱するという仮定を置いて離農に伴い供給される農地面積を算出し、さらに、それらの農地を担い手がすべて借り受けるとして、担い手に期待される経営面積を試算するという研究が実施されています(門間(2014):農業経営通信267,p2-3)。その分析によれば、2030年には、現状の4倍の約80?(労働力は2名程度なので1人当たりでは約40?)という面積の耕作が担い手に期待されるという結果となっています。耕作放棄地の発生を回避するという観点から、離農する者の農地を担い手がすべて借り受けていくという前提のもとでの計算ですが、この結果を見ても、上記の農業者の要望は決して非現実的なものではないことが分かります。
   中央農研では、現在、上記のアドバイザリーボード委員の意見を踏まえ、複数の作物や品種を組み合わせるともに、乾田直播栽培など省力技術の導入、さらには、緑肥作物なども組み込んだ営農モデルを構築し、それによるシミュレーション分析を進めています。しかし、それでも、現在の想定では、収益性や作業性を考慮すると1人当たり39?が限界規模となっており、先の1人50?という耕作面積を達成できる条件を提示していくにはさらなる検討が必要です。また、その際には、技術面だけでなく、土地条件の改善(大区画化、農地の面的集積など)も含め様々な取り組みが求められると考えられます。しかし、それを可能とする条件を明らかにし、それに向けた技術開発を進めていかないと、将来において、大規模な耕作を前提としつつ食料を安定的に供給していくことは困難になります。この点では、このような将来に向けた技術開発方向の整理と、そのための技術開発に引き続き取り組んでいきたいと考えています。