動物衛生研究部門

家畜・家禽のコロナウイルス病

家畜・家禽のコロナウイルス病

掲載日: 2003年4月14日

コロナウイルスは、1本鎖のRNAウイルスであり、多形性(直径80-220 nm)を示す。ウイルス粒子表面に存在するエンベロープが花弁状の長い突起(S蛋白、約 20 nm)となり、コロナ(太陽の光冠)のような外観を呈するのでその名が付けられた。血清学的に大きく3群に分けられている(表1)。一般の消毒薬に感受性を示す。コロナウイルスは哺乳動物や鳥類にさまざまな疾病を引き起こすが、これまでに知られている家畜家禽のコロナウイルス病には、重症急性呼吸器症候群(SARS)のように重篤な急性呼吸器病を起こす疾病はない。以下、現在までに知られている家畜家禽の主なコロナウイルス病についてとりまとめた。

写真
豚の下痢便中にみられたコロナウイルス(動物衛生研究所原図)

表1 コロナウイルスの種類と自然宿主および関与する疾病(Fields Virologyより改変)

抗原群

ウイルス*

宿 主

関与する疾病

呼吸器病

消化器病

肝 炎

神経感染

その他**

I

HCoV-229E ヒト     ?  

TGEV

ブタ        

PRCoV

ブタ        

CCoV

イヌ        

FECoV

ネコ        
FIPV ネコ

RbCoV

ウサギ      
PEDV ブタ        

II

HCoV-OC43

ヒト ?   ?  
MHV マウス  

HEV

ブタ    
BCoV ウシ      
ECoV

ウマ

       

III

IBV ニワトリ      

TCoV

シチメンチョウ

     

* HCoV-229E:ヒト呼吸器コロナウイルス229E株、TGEV:ブタ伝染性胃腸炎ウイルス、PRCoV:ブタ呼吸器コロナウイルス、CCoV:イヌコロナウイルス、FECoV:ネココロナウイルス、FIPV:ネコ伝染性腹膜炎ウイルス、RbCoV:ウサギコロナウイルス、PEDV:ブタ流行性下痢ウイルス、HCoV-OC43::ヒト呼吸器コロナウイルスOC43株、MHV:マウス肝炎ウイルス、HEV:ブタ血球凝集性脳脊髄炎ウイルス、BCoV:ウシコロナウイルス、ECoV :ウマコロナウイルス、IBV:ニワトリ伝染性気管支炎ウイルス、TCoV:シチメンチョウコロナウイルス

** 腹膜炎、免疫異常、矮小症候群、腎炎、膵炎、全耳炎、心筋炎等

ウシのコロナウイルス病

ウシコロナウイルスは第2群に属するが、第2群ウイルスの多くはS蛋白のほかに短い突起(HE蛋白、約5nm)も有する。ウシコロナウイルスはウシの腸管(小腸と大腸)と上部気道の粘膜上皮細胞に高い親和性を有する。このため、本ウイルスは子ウシ下痢の主要原因の一つであるほか、諸外国で古くからwinter dysentery(冬季赤痢)と呼ばれている成牛の伝染性下痢の原因であり、また、ウシの呼吸器病にも関与している。ウシコロナウイルスの血清型は単一と考えられるが、中和試験により一部の株間で抗原性の違いが若干認められる。ウシコロナウイルスと遺伝学的に酷似したコロナウイルスがヒトの下痢便から検出されているが、ウシコロナウイルスがヒトに直接感染して呼吸器病を起こしたとする報告はない。

本ウイルスによる子ウシ下痢は世界中で認められ、日本でも全国的に発生がみられる。本ウイルスは広くウシ集団に浸潤し、多くの成牛は本ウイルスの抗体をもっている。そのため子ウシは初乳摂取により免疫を与えられるが、初乳中の抗体価は分娩後急激に低下する。よって生後4~5日ごろから本病の発生が認められ、1~3週齢の子ウシに多発する。本病のような腸管局所の感染病では初乳摂取により子ウシの血液中に移行した抗体で感染や発病を完全に防御するのは困難な場合が多い。ウシロタウイルス、クリプトスポリジウム、毒素原性大腸菌などとの混合感染例も多く認められ、混合感染は症状や予後を悪化させる。また、不顕性感染や再感染も多い。 

ウシコロナウイルスは成牛の下痢、特に冬季赤痢の原因であることも明らかにされている。冬季赤痢は晩秋から初春に多く発生する成牛の伝染性下痢で、日本を含め多くの国でその発生が認められている。舎飼の成雌乳牛、特に搾乳牛に多く発生する。農場内で本病が発生すると搾乳牛のほとんどが一斉に下痢を呈し、産乳量が激減するため、経済的被害が大きい。冬季の急激な気温や気圧の低下が冬季赤痢の発症誘因となる。一般に冬季赤痢が発生した牛群では6ヶ月から2~3年間は再発生はみられない。

前述の如くウシコロナウイルスはウシの呼吸器にも感染し、特に鼻腔や気管といった上部気道の粘膜上皮細胞に高い親和性を示す。不顕性感染が多いが、時に軽度な呼吸器症状が主に2-16週齢の子ウシに認められる。また、輸送熱との関連も最近指摘されている。

ウシコロナウイルスの伝播は糞口ルートだけでなく、鼻汁や唾液、またくしゃみや咳に伴う飛沫を介しても起こると考えられている。

ウマのコロナウイルス病

分離報告は少ないが、下痢を起こしたウマの糞便や腸管上皮細胞から、免疫組織学的にコロナウイルスが検出されている。実験感染により下痢症状を発症させたという報告はない。また、分離例はいずれの場合も下痢便からであり、呼吸器症状を示したウマからの分離報告はない。

コロナウイルスの自然感染例と思われる症例では、食欲不振、元気消失につづいて38.9~40.5 °Cの発熱が見られ、急激なリンパ球減少が起こる。2~4日間激しい下痢が続き、死亡することもある。感染馬の発症率は低いが、発症した場合の死亡率は約25%という報告がある。品種、性別に関係なく発症し、成馬での報告が多い。

ウマコロナウイルスのNC99株の遺伝子を他の動物由来のコロナウイルスと比較した報告では、ウシコロナウイルス、ヒト呼吸器コロナウイルスOC45株、マウス肝炎ウイルスなどの第2群と類似しており、ブタ伝染性胃腸炎ウイルスなどの第1群やニワトリ伝染性気管支炎ウイルスなどの第3群とは異なっている。特にウシコロナウイルスとの類似性は高く、免疫組織学的検査ではウシコロナウイルスの抗血清を代用することができる。

ウマコロナウイルスの培養には、ウシコロナウイルスと同様に、ヒト大腸癌由来のHRT-18細胞が用いられるが、細胞変性効果は認められず、ウイルスの増殖は抗血清を用いた蛍光抗体法で確認されている。

ブタのコロナウイルス病

ブタに感染するコロナウイルスには以下の4種類のウイルスが知られている。

  • ブタ伝染性胃腸炎ウイルス(Transmissible gastroenteritis virus ; TGEV)
  • ブタ呼吸器コロナウイルス(Porcine respiratory coronavirus ; PRCoV)
  • ブタ流行性下痢ウイルス(Porcine epidemic diarrhea virus ; PEDV)
  • ブタ血球凝集性脳脊髄炎ウイルス(Porcine hemagglutinating encephalomyelitis virus ; HEV)

ブタ伝染性胃腸炎ウイルスはブタの伝染性胃腸炎の病原ウイルスであり、1つの抗原型のみである。ブタ呼吸器コロナウイルスはブタ伝染性胃腸炎ウイルスの表面蛋白質をコードするS蛋白遺伝子の一部が欠損した変異ウイルスと考えられ、ブタ伝染性胃腸炎ウイルスがブタの腸でしか増殖しないのに対して、呼吸器でのみ増殖するという特徴を持つ。ブタ伝染性胃腸炎ウイルスとブタ呼吸器コロナウイルスは共通抗原性を持つため中和試験によっても両者の感染を区別することは困難である。

ブタ流行性下痢ウイルスは、ブタ流行性下痢の病原ウイルスであり、1つの抗原型のみである。本ウイルスはブタ伝染性胃腸炎ウイルスとはまったく異なるウイルスであり、両ウイルス間に交差反応性は認められていない。

1.ブタ伝染性胃腸炎

ブタ伝染性胃腸炎ウイルスの感染によって起こる嘔吐と水様性下痢を主症状とする急性伝染病であり、監視伝染病(届出伝染病)に指定されている。ブタの日齢を問わずすべてのブタで発生するが、発病率や致死率は若齢豚ほど高く7日齢以下の哺乳豚では致死率はほぼ100%に達する。ウイルス感染後1~3日の潜伏期間の後激しい水様性の下痢を示すとともに、発病初期には嘔吐が見られることが多い。若齢豚は脱水により死亡することがあるが,育成期以降の成豚は回復する場合が多い。本病の発生は世界各国で認められており、日本ではワクチンも使用されている。

2.ブタ呼吸器コロナウイルス感染

ブタ呼吸器コロナウイルスはブタの呼吸器で増殖し消化器ではほとんど増殖しない。感染したブタは軽度の発熱や咳が認められることもあるが、ほとんどは不顕性であり症状を示さない。本ウイルスが常在化しているヨーロッパでは伝染性胃腸炎の発生が減少しているという報告もある。

3.ブタ流行性下痢

ブタ流行性下痢ウイルスの感染によって起こる水様性下痢を主症状とする急性伝染病であり、監視伝染病(届出伝染病)に指定されている。症状は伝染性胃腸炎に極めてよく似ており、1~3日の潜伏期間の後激しい水様性の下痢を示す。哺乳豚は下痢に伴う脱水によりほぼ100%が死亡するが、日齢が進むにしたがって症状は軽度で回復する場合が多い。本病はヨーロッパやアジアの国で報告されているが、米国やオーストラリアではないとされる。日本ではワクチンも使用されている。

4.ブタ血球凝集性脳脊髄炎

ブタ血球凝集性脳脊髄炎ウイルスの感染によって起こる病気で脳脊髄炎を示す型と嘔吐・衰弱を主徴とする型の2つの病型を持つ。いずれの病型も若齢豚で起こりやすく、成豚では不顕性か軽い症状のことが多い。北米や欧州各国で集団発生したことがあるが、日本での発生は報告されていない。しかし、ウイルスに対する抗体は多くの国のブタで検出されており、ウイルスはほぼ全世界に分布すると考えられる。

トリのコロナウイルス病

1.ニワトリ伝染性気管支炎

本病は、急性の呼吸器病で、監視伝染病(届出伝染病)に指定されている。自然宿主はニワトリであり、日本を含め世界的に発生がある。そのほかに養殖キジの発生例からウイルスが分離されているが、稀な例である。感染鶏の鼻汁、涙、口腔粘液、糞便に多量のウイルスが含まれており、これらが感染源になる。ウイルスは空気伝播したり、ウイルスに汚染された養鶏器具あるいは人などに付着して、また、感染鶏の導入によって養鶏場に持ち込まれる。伝染性気管支炎ウイルスの伝播力は非常に強いために、鶏群の間に広く蔓延し、常在化している。また、ウイルス抗原は変異しやすく、多数の抗原性の異なるウイルス株が存在するため鶏群は繰り返し感染を受ける。しかし、ニワトリは感染しても軽い症状を示すか、あるいは不顕性感染で終わるものが多い。症状としては、呼吸器症状、産卵率の低下や異常卵の産出などの産卵障害、腎炎、下痢などが認められる。幼齢なものほど症状が激しく、死亡率も高い。また、マイコプラズマや大腸菌などとの合併症による発育障害や、幼雛期の感染で多数の無産卵鶏が出現するなど経済的な被害が大きい。肉眼病変は呼吸器のカタル性炎、卵巣・輸卵管の萎縮、腎臓の腫大・尿酸沈着・退色が認められる。予防は、隔離飼育の徹底とともに生および不活化ワクチンの使用による。これまでヒトから本ウイルスが分離された報告はなく、公衆衛生上の問題にはなっていない。

2.シチメンチョウのコロナウイルス性腸炎

本病は、ブルーコム病とも呼ばれる。起因ウイルスは、シチメンチョウのみに感染すると考えられている。産卵中のシチメンチョウでは、急激に産卵が低下し、白色卵を産む。幼鳥は感受性が高く、元気や食欲の減退、水様性下痢、頭部皮膚の暗色化などがみられる。肉眼病変は主に腸(カタル性変化、出血)で認められる。幼鳥での死亡率は高い。シチメンチョウは日齢に関係なく感染し、伝播も早い。ワクチンはないので、隔離飼育によりウイルスの侵入を防止する。

(文責:今井邦俊・泉對 博(以上元動衛研)、津田知幸・恒光 裕)