畜産研究部門

写真で見る繁殖技術

牛の体外受精技術

ヒトでは試験管ベービーとして不妊の治療法として行われていますが、牛の世界では大量に受精卵を生産する技術として開発されました。

1)牛の体外受精技術の概略

牛の体外受精

1)牛の体外受精技術は大量に安価に受精卵を作出する技術として開発されました。その特徴は、体内で成熟した卵子を使うのではなく、食肉処理場などでと畜された牛の卵巣から未成熟な卵子を採取し、体外で成熟させ、体外で受精させることです。

食肉処理場で得られる卵巣は使い道のない不用物ですが、その中には数百あるいは数万個の多くの卵子(卵細胞)が含まれています。使 い道のない卵子を体外で成熟させ、体外受精に用い、実際の子牛生産に利用できることが世界で最初に証明されたのは1985年、畜産試験場においてです。

今ではこの技術を用いて、最も美味しい牛肉を生産する黒毛和種の受精卵移植が毎年1万頭程度行われています。 この技術の概略を(1)卵巣の採取、(2)卵子の採取、(3)体外成熟、(4)体外受精、(5)体外培養、(6)受卵牛への移植と順を追って説明します。

2)卵巣の採取

卵巣の採取

2)最初は卵子の準備です。卵巣を採取するために、食肉処理場に出かけます。 試験場や研究所から離れていますので、魔法瓶に生理食塩水を入れ、この中に卵巣を集めて、持ち帰ります。BSEの検査が終了するまで卵子摂取はできません が、15~20度Cで保存すれば1日は生存性があることがわかっています。

3)採取した牛の卵巣

採取した牛の卵巣

3)食肉処理場で採取した卵巣です。卵巣の大きさは親指位の大きさです(拇指頭大)。たくさんの卵巣(1頭の牛に2個あります)が集められていますが、それらの表面に水疱状に見えるのが、卵胞です。普通には5~2ミリの直径の卵胞を吸引します。

4)卵子の吸引採取

卵子の吸引採取

4)卵子の採取は簡単です。注射器で卵胞を刺し、その中にある卵子を吸い取ります。

5)吸引採取した液

吸引採取した液

5)卵胞を注射器で刺し、その内容を吸い取り集めた液です。この液の底に卵子が沈んでいます。

6)卵子の検査

卵子の検査

6)卵子を実体鏡の下で探している様子です。20倍から50倍くらいの大きさに拡大して探します。口に加えたゴム管の先に細いガラス管をつなぎ、軽く息を吸う方法でガラス細管の中に卵子を集めます

7)未成熟卵子

未成熟卵子

7)集めた卵子です。未成熟な状態の卵子は卵丘細胞層に包まれています。円形の透明帯が不明瞭ですが見えています。この卵丘細胞は卵子の発育や成熟に重要な働きをしています。

8)炭酸ガス培養器

炭酸ガス培養器

8)卵子を成熟させるために、培養器の中で卵子を培養します。体内の環境に近付けるために、気相を5%の炭酸ガス、95%空気にし、温度は38°Cに設定します。

(なおここで卵子と言っているものは高校の教科書では卵と書かれており、正確には一次卵母細胞で、減数分裂第1分裂の前期にあたります。卵子は成熟過程の中で減数分裂第2分裂の中期で排卵され、この排卵された卵子は二次卵母細胞といわれます。

9)培養器の内部

培養器の内部

9)卵子を培養するに浸透圧、塩類濃度、pH、 栄養物など体の中の条件を再現できるような培養液を用います。培養中のpHの変化がわかるように、培養液 にはpHの指示薬が加えてあり、そのために赤色をしています。小さなプラスチックの皿に入れ、1日培養すると、卵子は成熟して、精子を受け入れる準備、減 数分裂の第2分裂中期になります。

10)受精能獲得

受精能獲得

10)次に精子の準備が必要になります。ほ乳動物の精子は、卵子に振りかけただけでは卵子の中に侵入して、受精することはありません。ほ乳動物の精子は子宮や卵管の雌性生殖器の中で、一定の変化を受けて卵子に侵入できるようになります。この変化は一般に受精能獲得といわれています。

体外で効率良く受精能を獲得させてやることが体外受精では最も重要な事です。

11)洗浄に用いる遠心分離器

洗浄に用いる遠心分離器

11)受精能を獲得させるために、牛の精子を培養液で希釈して、遠心分離を行って、上清を取り除くことをくり返します。このような操作とヘパリンなどを加 えることによって受精能獲得を引き起こします。(なお日本の牛は人工授精によって生産されていますので、そのための凍結した精子が販売されています。)

12)精子と卵子

精子と卵子

12)受精能獲得のための処理を行った精子を、培養しておいた卵子に振りかけると受精が起こります。卵子の周りに精子が見えます(矢印)。卵子と精子の大きさを実感してください。

精子は遺伝情報を卵子に持ち込むために特化した生殖細胞、卵子は自己の遺伝情報と持ち込まれた遺伝情報を融合させ、初期発生を行うために十分な材料を蓄積した生殖細胞です。

13)体外受精による受精卵の顕微鏡写真

体外受精による受精卵

13)卵子の中に侵入した精子の頭部です。卵子の中で精子頭部は膨潤化します。精子の尾部も見えます。

12-1)受精の異常

受精の異常

12-1)卵子の中にたくさんの精子が侵入しています。多精子侵入といい正常には発生できません。

14)体外受精による受精初期卵

体外受精による受精初期卵

14)受精後、卵割を開始し、2、4、8細胞期へと発生します。1985年当時、これらの受精卵を培養器の中で培養して胚盤胞にまで発生させることができませんでした。

牛の子宮に戻して子牛にするためには、胚盤胞まで培養して、非手術的な方法で移植することが大変好都合です。そのために一時的に兎の卵管内で牛の受精卵を培養して、胚盤胞まで発生させました。

15)兎を培養器としました

兎

15)胚盤胞にまで発生させるのに兎の卵管を5日間借りました。

16)家兎卵管で発生した牛胚盤胞

家兎卵管で発生した牛胚盤胞

16)兎の卵管の中で培養して、胚盤胞にまで発生した牛の受精卵です。兎の卵管から分泌される蛋白質で包まれている様子がわかります。大きく膨らんでいる受精卵が、順調な発生を行った牛受精卵です。

17)世界に先駆けて生まれた体外成熟・体外受精子牛

世界に先駆けて生まれた体外成熟・体外受精子牛

17)このような受精卵を代理母牛に移植して生まれた子牛です。

18体外培養による胚盤胞への発生

体外培養による胚盤胞への発生

18)培養液を改良することによって、培養器の中で胚盤胞まで発生させることがで きるようになりました。 拡張した胚盤胞です。

19)体外培養による脱出胚盤胞

体外培養による脱出胚盤胞

19)さらに発生が進み、透明帯から脱出する段階まで体外で培養ができます。

20)ホルスタイン種からの双子牛

ホルスタイン種からの双子牛

20)2個の体外受精卵を移植して、双子牛を作出する試みを成功させました。乳牛のホルスタイン種は大型の牛ですので、比較的小型の牛である黒毛和種の 双子を生ま せることによって、効率良く肉牛を生産させる考えですが、分娩時の事故が多くなるなどの問題があり、普及はしていません。

現在は1個の受精卵をホルスタイン種に移 植して、肉用牛を生産することが行われています。年間で約1万頭の乳牛に黒毛和種の体外受精卵が移植されています。

21)体外受精による三子牛

体外受精による三子牛

21)3個の受精卵を移植して3ツ子を生ませることも可能です。 牛の多胎は分娩前後の事故が多く、このような三つ子牛の出産が成功したのは、すぐれた家畜管理員の努力の賜です。

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