牛の体外受精技術について、卵巣の採取、輸送、卵子の採取法、成熟、体外受精、発生培養についてのいくつかの研究成果を紹介します。
日本で開発された牛の体外受精の技術の特徴は、未成熟な卵子を体外で成熟させて体外受精に用いることです。体外成熟・体外受精(IVM/IVF)とよばれています。 体外で受精卵を1週間程度培養して発生させることから、体外培養(IVC)の言葉を続け、体外成熟・体外受精・体外培養(IVM/F/C)という表現もされています。 この技術は新しい牛の受精卵生産法として、また貴重な野生動物の保存法として注目されています。
1)牛の体外受精技術の概略
(1)卵巣の採取、(2)卵子の採取、(3)体外成熟、(4)体外受精、(5)体外培養、(6)受卵牛への移植といくつかある技術の成果について説明します。
またこの図で、食肉処理場の牛の代わりに、動物園などで死亡した貴重な野生動物を置き換えた場合の展開について説明します。
卵巣は遠くからでも集めることができる
1)卵巣を採取する食肉処理場と実験室は離れているのが普通です。採取した卵巣は生理食塩水に浸して輸送しますが、その時の温度条件を検討しました。 体温に近い38度Cで輸送することが普通でしたが、室温に近い温度(25度C)の方が長時間輸送には都合良いことがわかりました。
現在では1日程度は卵巣の輸送が可能なことが証明されています。 BSE検査の結果が陰性であることを確認した卵巣が使われています。卵巣の中で、長時間卵子が生存していることは大変すばらしいことですね。
卵子採取法はいろいろある
注射器で吸引したり、卵巣の表面をメスで細かく切って集める方法などがあります。
注射器よりもたくさんの卵子が採取できる
2)卵子を卵巣から採取するには注射器を使うことが一般的ですが、メスで細切したり、あるいはメスで卵胞を切開し、内容を小匙で掻き出す方法が注射器より2倍以上の多くの卵子が採取できます。メスで卵胞を切開しています。
小匙で掻き取り出す
切開後、小匙で内容をすくいだします。この作業には卵巣1個につき5分くらい必要ですが、多くの卵子が採取できます。
卵子の培養は高温で良い
3)卵子に減数分裂を再開させ、受精を起こさせるためには成熟培養を行いますが、この培養温度は38~39度Cの方が37度Cより好ましいことを明らかにしました。
卵子の培養には低酸素が良い
4)卵子や受精卵の培養には5%炭酸ガス、95%空気(20%酸素、80%窒素)の気相条件を作り出すために炭酸ガス培養器が使われます。この従来の気相よりも、生きている牛の体内の酸素濃度に合わせた5%酸素、5%炭酸ガス、90%窒素の気相条件(低酸素条件)が発生のためにすぐれていることを、簡易な培養器を用いることによって明らかにしました。
卵丘細胞が卵子の成熟には重要
5)卵巣から採取した卵子は卵丘細胞層に包まれていますが、密で厚い卵丘細胞層を持っていて体外受精に好適な卵子と、既に卵丘細胞層が膨潤化し、体外受精には使えない卵子があります。
裸の卵子は良くない
卵丘細胞層がない、いわゆる裸の卵子は成熟率や発生率が非常に悪い。
低酸素環境で培養すると、発生率が向上する
6)卵丘細胞層の性状が不良で、体外受精には使えないような卵子でも、低酸素条件で培養すると、最終的に子牛に発生することを証明しました。黒い牛がD 型卵子から産まれた子牛です。白黒の牛はD型卵子から作った受精卵を移植する前に、予め受卵牛(代理母牛)に人工授精しておいたことによって生まれた代理母牛本来の子牛です。
培養液によって発生する卵子の質が異なる
7)体外受精で作出した受精卵は、凍結保存した場合、融解後の生存性が低いという問題があります。 その理由の一つとして、培養条件によって受精卵の内部の構造、特に脂肪組織の大きさが異なっていることを、脂肪を染色することによって示しました。
未受精卵でも凍結保存できる
8)精子は多くの研究の結果、簡単に凍結保存ができるようになっています。 しかし卵子の凍結保存は困難でした。卵子を凍結保存した後、体外で受精を行い出産した子牛です。 この当時、成功したのは日本のグループだけでした。現在では凍結法や凍結液を改良することによって、 成功率が高くなっています。
使われない卵子がたくさんある
10)哺乳動物の卵子(卵母細胞)は胎子期に形成され、牛などでは出生後の数の増加はありません。それでも卵巣の中には数千、数万の卵子があり、利用され るのはそのごく一部分です。これらの利用されない卵子を有効に子牛生産に用いることを可能とする技術の開発が行われています。
胎子期に卵子はできている
11)6ヶ月齢の牛胎子の卵巣の中にある卵子です。一部の卵子は既に透明帯などの卵子本来の形態をしています。
子牛の卵巣にも卵子がある
12)生後30日から50日の子牛の卵巣です。このような卵巣から卵子が採取できます。この例では12頭の卵巣から合計271個の卵子(1頭当たり23個)が採取できました。
超音波診断装置で牛肉を調べる
13-1、2)超音波画像診断装置の発達はめざましく、畜産領域では牛肉特にロース芯大きさや脂肪交雑度合いを測定することに用いられています。
牛肉への脂肪の入り程度が生きた牛でわかる
背部の筋肉内の状況がモニターに映し出されます 。
牛の繁殖にも超音波は使われている
14-1、2)繁殖領域における超音波画像診断装置の応用として、生きた牛の卵巣から卵子を吸引採取して、体外受精に用いることが行われています。膣内に超音波プローブ(探触子)を挿入し、膣壁を介して探触子内にある針を卵胞に刺し卵子を採取(OPU、Ovum Pick-Up)します。
OPUは新しい体外受精法として開発された
採取した卵子は体外で培養して成熟させ、体外受精に用います。この方法は3~7日間間隔で何回でも繰り返すことができ、多くの卵子を採取できます。 アメリカやヨーロッパでは体外受精というとこの技術を意味するくらい多くの移植が、優秀なホルスタイン種を作出するために行われています。 術者は岩水正広島県技師と杉山勇獣医師です。
カナダの研究者の提案
15)胎子の中で既に卵子(卵母細胞)が形成されていることから、胎子から卵子を採取し、体外で発育、成熟、受精させ、子牛を生産することも提唱されています。育種改良を進める上で、世代間隔を短くすることが大変効果的なことから、このような仮説が提唱されました。
子牛の卵子もうまく利用できる
16)未発育の卵胞を体外に取り出し培養したり、あるいは未発育の卵子を既に発育した卵子の中に移植して発生する能力を付与する方法などが開発されています。東京農業大学の河野友宏教授は核移植に準じて若い動物の卵子核の利用法を開発しました。
野生動物の保護に畜産技術が役立つ
17)体外受精の技術を希少野生動物や動物園動物の保存や増殖に応用することが考えられています。図のような天然記念物であるカモシカなど価値ある動物が死亡したりあるいは淘汰されるときに、卵巣や精巣から生殖細胞(卵子や精子)を採取して、受精卵を作出し、個体の生産に利用するという考え方です。
カモシカは天然記念物だ
18)冬季に駆除されたカモシカの卵巣です。
貴重な材料を使って、研究を進める
19)カモシカの卵巣から採取した卵子です。
狩猟された個体も将来利用できる
20)カモシカの精巣です。精巣上体尾部といわれる部分には元気な精子が貯留しています。死後10時間程度の間は精子は十分生きてます。
死んだカモシカから集めた生きた精子
21)カモシカの精子です。
ハムスター卵子でカモシカの精子の検査ができる
22)カモシカの精子が受精能力があるかないかをハムスターの卵子を用いて調べることができます。中央の黒い部はハムスターの卵子内に入ったカモシカ精子の頭部です。
動物園では事故などで貴重な動物が死亡する
23)動物園では貴重な動物が突然事故などで死亡します。餌を食べ過ぎて死亡したコアラの精巣です。
コアラの精子はネズミの精子に似ている
24)コアラの精子です。この時わずかに0.2mlの精液しか得られませんでしたが、2区分して凍結法の試験ができました。コアラの精子は鶏の精液を凍結保存する方法で保存すると、牛の方法よりも良好に保存できることがわかりました。
キリンの精巣
25)動物園のキリンが病気で死亡しました。その精巣です。未だ若かったために元気に運動する精子は回収できませんでした。
受精卵を作出する技術はいろいろある
26)元気に運動する精子でなくても、透明帯の中に精子を入れて受精がおきやすくする方法(最上図)や、1匹の精子をガラス針に捕まえて、卵子の中に注入すること(卵細胞質内精子注入、ICSI)によって受精卵が作出することが示されています。顕微授精(受精)という技術です。このようないろいろな技術を応用することによって、貴重な動物の精子や卵子が入手できるようになる可能性があります。卵子や精子を凍結保存しておき、有効に利用する凍結動物園 (Frozen Zoo)の考え方も提唱されています。畜産技術が是非このような貴重な動物の増殖や保存に役割だってほしいと考えています。
一部未だ未完成です。
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