西日本農業研究センター

所長室だより -地域性の見える研究と専門性の高い研究と-

所長室にて農研機構が地域農業研究センターを置く理由は、地域には固有の地理や気候や歴史があり、そこで育まれてきた農業や食品産業にも明らかな特徴、すなわち「地域性」があるからです。
そして、地域から発生するさまざまな問題の解決やシーズの開発をその現場で行った方がより効果が高く、効率が良いからです。
近畿中国四国農業研究センター(近中四農研)が研究の対象とする近畿中国四国地域は、南は太平洋岸地域、中央は瀬戸内地域、北は日本海岸地域という異なる地理的条件および気候条件を持っています。
そして、そこで行われる農業もそれらのさまざまな条件を背景にして、傾斜地における果樹園芸、都市近郊における野菜園芸、平場から中山間にかけての稲作、肉牛肥育を主体とする畜産など多様です。
当地域における平成19年度の農業算出額は、野菜が3,270億円、畜産が3,166億円、米が3,042億円、果物が1,965億円であり、一部の府県に特徴があるものの、地域全体として特に傑出している分野はありません。
このように当地域の農業は、他の地域の農業、たとえば稲作経営が主体の北陸地域のように、一つの地域性で捉えることはなかなかできません。
近中四農研の前身である中国農業試験場および四国農業試験場は、設立された時から、その地理的な特徴である都市近接性中山間地、マサ土、そして傾斜地を地域性のキーワードにして、これまで優れた研究成果をあげてきました。
なかでも四国山地を背景とする傾斜果樹園における作業性の改善や高品質果実の生産などに関する研究や技術開発は、地域農業研究の中で特筆すべき成果でしょう。
しかし、近中四農研が、今後ともこの地域の農業や食品産業に貢献できる地域農業研究センターとして試験研究を展開していくためには、これまでの地域性に基づく研究を発展させるとともに、新たな地域性を見つけることも大切です。
近畿中国四国地域の地域性の背景を考えてみますと、それは、日本の中でも特徴的な瀬戸内式気候ではないかと思います。
年間を通して温暖で、降雨量が年間1,000mm程度の、時には干ばつも発生するような気候です。
そしてそれらを背景に持つ農業ではないかと思います。
21世紀は「水」の世紀と言われていますが、今世紀半ばには、人口の増加、水質の悪化、そして地球温暖化の進行により、深刻な水不足が起こることが予想されています。
水は農業にとって欠かせません。
農業ばかりでなく、農業以外の産業でも水がとても重要になることが各方面の識者から指摘されています。
この近中四農研が立地する福山市や善通寺市を含む瀬戸内地域は、その気候の特徴から、今後世界的に重要となる水、あるいは水不足を背景にした農業研究を行うには、またとない立地条件を備えているのではないでしょうか。
たとえば、水稲の節水栽培、はだか麦の新品種開発、大豆の干ばつ抵抗性や青立ち防止、果樹の点滴栽培、瀬戸内海や琵琶湖などの閉鎖水系における水質や環境保全と調和する農業など、水を切り口にして、地域性を背景にした研究テーマが生産者や実需者から求められるのではないかと考えています。
もちろん、これらの中にはカンキツのマルドリ栽培やはだか麦の新品種のように成果が上がり、技術が普及しているものもあります。
近中四農研において地域性の見える研究テーマをしっかりと立てることは、作物などの技術開発分野だけでなく社会科学系分野でも重要です。
一方、地域農業研究センターといえども、研究の「専門性」を高めることは極めて重要です。
地域性を反映させた研究を発展させ近畿中国四国地域の農業に適用させるだけでなく、研究の専門性を高め、日本国内、さらには国際的にも普及・利用される内容にまで完成させていく必要があります。
地域性の見える研究と専門性の高い研究は、一見矛盾する内容に見えますが、地域性が見える優れた研究は、国際的にも高く評価されるものと考えます。
たとえば、傾斜地農業研究から生まれた数々の研究成果は、四国地域の地域性に立脚するユニークなものですが、それらの成果に対して、同じような傾斜地で農業が行われているアジアなど諸外国の研究者から高い関心が寄せられています。
したがって、地域性を十分に考慮して完成された優れた研究は、同時に国際的に評価される専門性の高い研究になると言えるのです。
これから、平成23年度からの第3期中期計画を策定することになりますが、この中で地域性の見える研究と専門性の高い研究について十分検討したいと思います。

平成22年8月
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
近畿中国四国農業研究センター所長
長峰司

 (近中四農研ニュースNo.37(2010年7月刊行)より)