西日本農業研究センター

所長室だより -「放牧仕上げ熟ビーフ」を実用化させるために-

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2011年9月7日から9日にインテックス大阪で開かれたフードテック2011in大阪(国際食品産業展)に、近畿中国四国農業研究センターは、最近開発した黒毛和種の「放牧仕上げ熟ビーフ」と食物繊維が多い裸麦「キラリモチ」を試食用サンプルとともに出品した。
フェアには、外食産業、加工、製造関係者、食品機械メーカ、生産者などさまざまな職種の方々が多数参加した。
「放牧仕上げ熟ビーフ」のサンプルについては、サーロインとヒレの焼き肉、そして2種類のジャーキーの合計4種類を用意した。
試食をお願いした参加者にアンケートをした結果、前者の焼き肉では"柔らかい"、"美味しい"、"商品として使いたい"など、私の予想を上回る良い評価をいただいた。
ジャーキーの評価も良く、「放牧仕上げ熟ビーフ」のサンプルの味や外観は概して好評であった。
また、裸麦「キラリモチ」については、キラリモチの粉を混ぜたパンを提供して、外食関係者に的を絞って材料として使っていただけるかどうかのアンケートを行っているところである。
フードテック2011in大阪のような食に関係する多数の参加者が集まる催し会場で試食などを行い、開発した製品に評価をいただけることは、研究者にとってはまたとない機会であり、評価が良ければとてもうれしいことだ。
今回のフェアでは企画管理部の応援をもらいながら、開発した研究者が試食サンプルの説明を行った。
研究者が自ら説明したので、聞く側も納得の行くまで質問ができて開発した技術のエッセンスが理解していただけたことと思う。

一人一人に対する説明の最後の方で、特に外食産業の方々から尋ねられることは、サンプルが"どこで売られているか?"、"どこで手に入るか"という質問である。
今回の試食サンプルは、研究センターが準備した材料から製造したものであり、一般の流通ルートで手に入るものではない。
言い換えれば、開発した技術が研究者の手からまだ離れていない状態だ。
研究センターが自前で商品を生産できれば、実用化への道は近いのであるが、所内に製造販売部門は備えていないので思うようにはいかない。
また、これまでにない新しい研究開発商品であると、商品の良さを認知してもらうまで商品化しても売れないリスクがあり、どうしても企業が手を出したがらない。

「放牧仕上げ熟ビーフ」は、これまでは(二束三文の)安価で取引されていた高齢の経産牛を耕作放棄地などで数ヶ月間放牧して野草などを食べさせて仕上げ、健康志向にマッチした機能性成分を高めた牛肉だ。

放牧により耕作放棄地の有効活用や地域景観の維持にもつながるし、最近の日本人の赤身肉嗜好にも少し乗っかっている。

しかし、わが国の脂肪交雑(サシ)中心の肥育牛の生産・流通の考え方からはかけ離れている。
したがって、この熟ビーフを中山間地帯で省力・低コストに生産できる新しい和牛肉として売り出すためには、開発した技術が研究者から生産者あるいは実需者に手渡されるまで当面は何か新たな、そうは言ってもあまり大がかりでない生産と流通の方法を考える必要がある。

今年度初めから当研究センターは、実用化に向けて島根県大田市在の2つの放牧組合とともに島根県関係機関と協定を結んで、少ない頭数ながら集落の約4ヘクタールの耕作放棄地を利用して熟ビーフの生産を始めたところだ。
放牧組合からは、耕作放棄地の管理の手間が大幅に軽減され、肉を生産して少しでも利益が上がれば、今後も放牧を継続したいとの声が出ているそうだ。

問題は、生産者自身が熟ビーフの肉そのものに対する評価についての情報をほとんど持っていないことだろう。
生産者として生産物に対する評価結果は気になるであろうし、もし、品質に対して高い評価が得られれば、今後の生産へのモチベーションも上がるに違いない。

そこで、研究者の手から離して実用化に移すまでの仕掛けを少し考えてみた。
まずは、今回外食産業などフェアで試食してもらって収集したアンケートの結果を放牧組合に紹介する、あるいは関係する実需者や団体に知らせるなどして、熟ビーフの品質に対する客観的な評価を伝えることが重要だろう。
このような双方向の情報伝達を生産者が実需者あるいは消費者とやりとりできるまで当研究センターが中心になって担当することが重要だろう。

次に、歩留等級(ロース芯の面積、ばらの厚さ、皮下脂肪の厚さ及び半丸枝肉重量)と肉質等級(脂肪交雑、肉の色沢、肉のしまりときめ、脂肪の色沢と 質)からなる現在の牛肉の格付け方法では、どれだけ味がよくても、適度な脂肪と赤身肉が売りの熟ビーフは等級が低く評価されてしまう。
おそらく農協でも取り扱いにくい商品であろう。

そこで、これとは別の流通販売を考えることが必要だ。
この流通販売の主体は、目下のところ最終的には生産を行う放牧組合が担うことが、中山間地域の活性化という面からも一番良いと思う。

そのためには、インターネットによる直接販売や産直のような仕掛けを用いて、まず外食産業や消費者の認知度向上と購買力を高めるとともに、固定客をつかむことが必要だろう。
そして「放牧仕上げ熟ビーフ」を研究開発している当研究センター大田研究拠点の近くの生産者にもっともっとこの技術を紹介して、そして、消費者には当研究センターの一般公開などを通して「熟ビーフ」の品質の良さを知っていただく努力が必要だ。

当研究センターは、「放牧仕上げ熟ビーフ」を近々商標登録することとしており、この技術を使って生産した牛肉にこの商標を無償で使ってもらって生産販売してもらうことを計画している。
消費者の購買力をつかむ優れたコマーシャルネームは新たな研究開発結果を世に出す大きな武器となる。
研究センターで開発した新しい技術を実用化させるため、これからもいろいろな仕掛けを考えて集中して実施したい。

平成23年9月
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
近畿中国四国農業研究センター所長
長峰司