西日本農業研究センター

所長室だより -「常識外れ」の技術を見守る、助ける-

※今回の所長室だよりは、2012年(平成24年)6月1日発行の「農林水産技術 研究ジャーナル」35巻6号の巻頭言「視界」に掲載された内容を、発行元の(社)農林水産・食品産業振興協会の許可を得て掲載したものです。

「常識外れ」の技術を見守る、助ける

 

長 峰  司

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構

近畿中国四国農業研究センター 所長

所長イメージ

わが国の水田農業の生産性を高めるためには、これまでも言われ続けていることだが、イノベーションを起こせる技術が必要だ。これまで水田に適する水稲以外の新規作物の探索や水稲、麦類、大豆、野菜の水田輪作に関する技術開発が行われ、最近では水田の地下水位制御技術が開発され、現在も精力的に研究が継続されている。水田輪作は、中山間地水田が多い近畿中国四国地域での農業技術開発を担う農研機構近畿中国四国農業研究センターでは重要な研究の柱の一つである。

その水田農業にイノベーションを引き起こせそうな「常識外れ」が最近になって当センターで開発された。技術開発にまつわるエピソードを紹介して巻頭言としたい。

はじめから顧客ありきで製品を開発することをマーケットインの技術開発といい、一方、企業が自社の販売や生産計画に基づいて市場へ製品を投入することをプロダクトアウトの技術開発という。作物の品種開発は、生産者、加工や製品化をする実需者、さらには消費者のニーズをもとに、それぞれのニーズに対する改良の目標を定めて実施するとされているが、農研機構が国の研究所だった二、三十年前は、今と比べるとプロダクトアウトの技術開発だったような気がする。農研機構における最近の品種開発は、農家に栽培してもらえる品種、実需者に取り扱ってもらえる品種、消費者に食べてもらえる品種を育成するという、マーケットインの技術開発になっていると言えよう。

そのマーケットインで品種開発をした典型が飼料用稲の「たちすずか」だと思う。「たちすずか」は水稲というよりも水田用の新しい飼料作物と言ってよい。以前にも多収を売り物にしたホールクロップサイレージ用の飼料用稲品種が複数開発されたが、実際に牛に給与してみると、多くの籾が消化されずに糞の中に排出されてしまい、飼料として効率が悪いことを畜産農家から指摘された。こうした顧客である畜産農家のニーズをもとに、稲育種担当の(故)飯田君が穂の小さい育種材料を探し出して、籾の量を少なく改良したのが、「たちすずか」だ。

「たちすずか」は、草丈が1メートル60センチの長身で、穂につく籾が少ない小顔のイケメンである。籾数が少ない分、茎に糖分を貯めるから容易に倒れない。刈り遅れて年末になってもしゃきっと水田に立っている。倒れないことは栽培農家にとっては好都合この上ない。ことわざに「稔るほど、頭(こうべ)を垂れる、稲穂かな」があるが、この品種は頭(こうべ)を垂れようともしない。また、驚いたことに茎を噛んでみると甘い。これまでの水稲と比べるとまさに「常識外れ」だ。

「たちすずか」が開発された当時、研究所の幹部たちは、果たしてものになるのか、農家が栽培してくれるかどうか、疑心暗鬼であったが、研究強化費を配分して見守ってみたというのが本音のところである。普通であればこのような「常識外れ」にはなかなか周りの研究者は見向きもしないものだが、気の毒に思って心配して助けてくれる研究者がだんだん出てきた。最初は、広島県立総合技術研究所畜産技術センターの新出部長や河野副主任研究員たちだ。

新出さんたちは「たちすずか」で作ったサイレージの性質を調べ、このサイレージで肥育牛や乳牛への給与試験を実施してくれた。その結果、「たちすずか」で作ったサイレージは発酵がよく進み、品質が良いことや、乳牛の乳量が増えることなどのすばらしい研究成果を明らかにしてくれた。畜産農家からも牛の飼料の食い込みが良いとすこぶる評判が高い。品種開発はこれまでも生産者、実需者、消費者と研究者の間で意見交換をしながら行われるが、この「常識外れ」はそのタイムスパンが短く、顧客に結果を早く返したことが特徴だ。

「たちすずか」のサイレージが、良質で牛にとっても優れた飼料であることが周りの研究者により分かってきたが、別の問題が発生した。それは、「たちすずか」が長身のため、普通のコンバイン型収穫機では収穫に時間がかかってしようがないのだ。新しい収穫機を開発する必要が出てきた。それを助けてくれたのが、農業機械メーカーの株式会社タカキタの中山執行役員や当研究センターの亀井君や高橋君などの農業機械の研究者たちだ。言い換えれば、「常識外れ」が周辺の技術までを変えてしまう、進歩させてしまうということであろう。研究開発の結果、長稈(かん)品種に対応できる細断型の新型収穫機が製品化される手前の実証段階に至っている。

そして、「たちすずか」を普及するという段になって問題になったのが、小顔のイケメンである。籾の数が少ないため、農家が栽培するために使う種籾がたくさん採れないのだ。長所が短所になった。この短所は品種を開発した当時から予想はしていたが、実際普及の段階になると事は急を要す。その短所を助けてくれたのが、水稲の栽培研究を専門にしている広島県立総合技術研究所農業技術センターの保科主任研究員(当時)や当研究センターの藤本君たちだ。彼らは、移植の時期、栽植密度や施肥法を組み合わせて「たちすずか」の採種栽培の最適条件を検討した。その結果、遅植えで、疎植で、施肥量(基肥)が少ない方が多収になるという、これまでの水稲の多収栽培の常識を覆す研究成果を得た。「常識外れ」が「常識外れ」を生んだ。現在、「たちすずか」の採種栽培ではこの原則で栽培指導がなされている。

こんな「常識外れ」だが、最近ほめられることがあった。昨年12月14日にフード・アクション・ニッポンアワード2011の研究開発・新技術部門で優秀賞をいただいたのである。稲育種の松下君が代表して栄誉を受けた。この表彰は、わが国の食料自給率を上げようとする全国的な取組みで、模範となる活動をほめるものである。思いもかけない受賞に研究者もセンターの幹部たちも驚くと同時に、この「常識外れ」が持つ力を改めて自覚している。

わが国の畜産業は外国に多くの飼料を頼っており、それが自給率の低下を招いている。海外からの飼料輸入は家畜伝染病の発生の危険性を孕んでおり、飼料の自給は重要だ。耕種農家と畜産農家とをつなぐ耕畜連携の取組が30年も前から模索されてきたが、耕種農家側に切り札となる作物がなかったこともあり、なかなか実現に至らなかった。しかし、この「常識外れ」は、耕種農家が水田を水田のままに使って栽培し、畜産農家はそのサイレージを家畜に給与することができるので、水田農業のイノベーションになるのではと期待されている。やはり、イノベーションを起こすには「常識外れ」が必要だ。

うれしいことに、広島県では県の畜産技術センターの神田副部長の陣頭指揮で2012年には200ヘクタールの普及を計画しており、西日本を中心に普及しそうな勢いだ。新たな水田農業の視界が開けるかもしれない。また、「たちすずか」が農林認定品種(農林水産省によって特性が優良で普及が見込まれると認められる品種)に申請されることになった。当センターは高糖分飼料イネ「たちすずか」普及連絡会を立ち上げ、現場への普及をめざして積極的にPRを行っている。「常識外れ」が空振りで終わらないようにしっかりと見守り、助けたい。