疫学モデルによる植物病原菌の生態学的分類と根絶条件

要約

植物病原菌の栄養摂取モード(生体栄養/殺生栄養/腐生栄養)を取り入れた疫学モデルを構築し、感染個体の基本再生産数により病害流行の閾値を評価することで、4つの栄養依存タイプとともにそれら病原菌の根絶条件と防除対策例が提示される。

  • キーワード:基本再生産数、病害防除、菌類生態、疫学モデル
  • 担当:中央農業研究センター・病害研究領域・リスク解析グループ
  • 代表連絡先:電話029-838-8481
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

植物病原菌の栄養戦略を感染生理学的に捉えた場合、多種多様なカテゴリに区分されることが知られている。たとえば、宿主植物を生かしたまま寄生する絶対生体栄養菌や環境中の腐植を利用する真正腐生栄養菌をはじめ、それらの中間的なカテゴリも多数存在する。一方、植物病原菌の栄養戦略に基づく最適な防除対策を理論的に明らかにするためには、栄養摂取モード(生体栄養/殺生栄養/腐生栄養)に着目した疫学モデルを構築して解析することが効果的である。そこで、本研究では、生きた宿主に感染する生体栄養モード、宿主を殺して栄養摂取を行う殺生栄養モード、植物遺体から栄養を得る腐生栄養モードという、3つの栄養摂取方法を取り入れた疫学モデルを導入する。モデル解析を通して、植物病原菌を栄養依存タイプに分類し、従来の感染生理学的カテゴリを新たに生態学的アプローチから整理するとともに、各栄養依存タイプに適した防除指針を提示する。

成果の内容・特徴

  • 本疫学モデルでは、病原菌への感染によって宿主は未感染宿主S、感染宿主I、未感染遺体D、感染遺体Rの4状態間を遷移する(図1A)。3種類の主要な感染サイクル(図1B)を想定し、病原菌の栄養摂取および増殖が、いずれの感染サイクルに依存するかを基準として、病原菌の栄養依存性を定義する。
  • 本モデルの解析から、病原菌の栄養依存性は、I(寄生依存菌)、II(腐生依存菌)、III(条件依存菌)、IV(二重依存菌)にタイプ分けされる(図2)。
  • 本モデルの栄養依存性タイプは、従来用いられてきた感染生理学的カテゴリと対応するものであり、主要な作物病原菌の生態特性を網羅することができる(表2)。
  • 栄養依存タイプは病原菌を根絶する理論的条件を基準としていることから、これを応用して各栄養依存タイプ別の病害防除のための圃場管理指針を提示できる(表1)。

成果の活用面・留意点

  • 本モデルは、ヒトや家畜の感染症に用いられる従来の疫学モデル(SIRモデル)には無かった病原体の殺生栄養や腐生栄養を組み入れているため、植物病害に対しての適用範囲が広い。
  • 本成果情報では簡略化のために、生きた感染宿主(I)から未感染遺体(D)への感染経路の記述を省略した。
  • 研究対象の病原菌を図2上にマッピングすることで、栄養依存タイプに基づく防除方針を示すことができる。ただし条件殺生栄養菌と条件腐生栄養菌では、対応する栄養依存タイプが多岐に渡るため図2上の一点へのマッピングが難しく、想定される条件を網羅した対策が必要となる。
  • 表1について、タイプIへの圃場管理は罹病性品種の連作の回避などの耕種防除による対応のみでも防除効果が見込めるのに対して、タイプIIでは土壌消毒などの「菌を直接除去する手段」を用いなければ十分な防除効果が期待できないという違いがある。
  • 本モデルの応用例として、病原菌の毒性について進化シミュレーションを行い、『殺生栄養を持つ菌株は、宿主に対する毒性と感染率の間にトレードオフを仮定しなくても強毒化してしまう』という理論的な仮説を得ている。

具体的データ

図1 栄養摂取モードを考慮した植物病原菌の疫学モデル,図2 栄養依存タイプによる病原菌の存続条件,表1 植物病原菌の4つの栄養依存タイプに対応する根絶条件およびその具体的な対策例,表2 感染生理学に基づく従来のカテゴリと本モデルにより分類した栄養依存タイプの対応関係

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2014~2018年度
  • 研究担当者:鈴木清樹、鈴木文彦、佐々木顕(総研大葉山)
  • 発表論文等:Suzuki S.U. and Sasaki A. (2019) American Naturalist 194(1):90-103