アブラナ科野菜からの黒斑細菌病菌の特異的検出法

要約

特異的プライマーを用いたmultiplex PCRとmultiplex nested PCRにより、アブラナ科野菜の種子や病斑から黒斑細菌病菌を検出する手法である。選択培地を用いた手法では1週間以上要するのに対して1~2日で評価できるため、種子検査の予備検定や圃場での簡易検定に有用である。

  • キーワード:アブラナ科黒斑細菌病、種子伝染性病害、特異的プライマー、Pseudomonas cannabina pv. alisalensisP. syringae pv. maculicola
  • 担当:中央農業研究センター・病害研究領域・病害防除体系グループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

アブラナ科野菜において黒斑細菌病は、発病による経済的被害が大きい病害である。黒斑細菌病は2種類の病原細菌[Pseudomonas cannabina pv. alisalensis(Pca)、P. syringae pv. maculicola(Psm)]が関与し、病徴、発病の重症度および宿主範囲が異なるため、両者を識別することは病害の発生拡大を防ぐ上で重要である。また、本病は種子伝染によって被害が拡大するため、国内での発生において種子伝染が疑われることがあり、種子や病斑からの病原細菌の簡便で迅速な検出手法の開発が求められている。さらに種子の輸出に際し、輸出相手国から種子伝染性病害に対する無病証明書が求められる場面が増えているが、種子の検査証明書を得るためには、通常、国際標準法に準じた検査が行える機関において選択培地を用いた検査を行う必要があり、これには時間とコストが掛かるため、予め簡便に病原細菌の混入を確認できれば時間とコストの無駄を省くことができる。しかし、細菌病害の種子検査においては、30,000粒の種子を10,000粒の3区に分け、種子浸漬液からの病原体検出が行われるが、浸漬液の容量が大きいため、僅かな病原菌の混入を検出するのは困難である。また、PcaPsmを簡便に識別する方法も確立していない。
そこで、本研究では黒斑細菌病の病原2種の遺伝子解析により、それぞれを識別できる遺伝子領域を特定し、特異的な検出を行える遺伝子マーカーを作製する。この遺伝子マーカーを用いて、種子や病斑から特異的な検出を行う手法を開発する。

成果の内容・特徴

  • 黒斑細菌病の病原2種のexchangeable effector locus (植物病原性関連遺伝子が集中している領域)はそれぞれの種で特異性が高い。この領域をターゲットとする、両者に共通のフォワードプライマー(hrpK_fw1)、それぞれに特異的なリバースプライマー(ALS_rv1、MAC_rv1)の3つのプライマーを用いて黒斑細菌病菌用のmultiplex PCRを行うことで、Psmで約590 bp、Pcaで約900 bpのDNAが増幅する。本プライマーはPsmPca以外の8属23種の植物病原細菌に対してDNAを増幅しない。反応液中に100~200コピー程度のターゲットとなるDNAがあれば増幅可能である。
  • さらに両者に共通のフォワードプライマー(hrpK_fw2)、それぞれに特異的なリバースプライマー(ALS_rv2、MAC_rv2)を用い、1.のPCR産物を鋳型に用いてmultiplex nested PCRを行うことで、内側プライマーではPsmで約260 bp、Pcaで約540 bpのDNAが増幅する。multiplex nested PCRでは、反応液中に1コピーのターゲットとなるDNAがあれば増幅可能である。
  • 種子1000粒に1粒の汚染種子が混入したサンプルからも、multiplex nested PCRを行うことで、PsmPcaを識別しながら検出することが可能である(図2)。また、種子10,000粒中に50の汚染粒を含む、計算上は全体で3×104cfu程度の汚染についても検出できる。
  • 病斑から抽出したDNAを鋳型にしてmultiplex PCRを行うことで、PsmPcaを識別しながら検出することができる(図3)。

成果の活用面・留意点

  • 高い検出感度を要しない場合は作業時間、コスト、簡便性等を考慮してmultiplex nested PCRを行うかどうか判断する。
  • 病斑によっては鋳型となる菌数が少ないため、multiplex PCRでは検出できないことがある。
  • 種子からの検出方法は種苗管理センターにおける「種子の健康作業方法書」として種子検査業務に活用する予定である。

具体的データ

図1 黒斑細菌病菌用PCRの組成と温度条件,表1 特異的検出用プライマーの塩基配列,図2 健全種子1000粒に対してPsm 感染種子1粒(1-3)、Pca感染種子1粒(4-5)、PsmとPca感染種子1粒ずつ(7-9)混入した種子の浸漬液から抽出したDNAに対するmultiplex PCR(上)とmultiplex nested PCR(下),図3 Psm罹病葉から分離したDNA(1-2)、Pca罹病葉から分離したDNA(3-4)、他の病害の罹病葉から分離したDNA(5-8)無病徴の葉から分離したDNA(9-10)に対するmultiplex PCR

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2016~2020年度
  • 研究担当者:井上康宏、染谷信孝、窪田昌春、松田輝子、大﨑康平
  • 発表論文等:
    • 井上、特願(2020年2月4日)
    • Inoue and Takikawa (2021) Appl. Microbiol. Biotechnol. 105:1575-1584