野生ニホンジカにおける先天性奇形胎子の初報告

要約

野生ニホンジカの妊娠メス80頭の子宮を調査したところ1頭の子宮内から重度の奇形胎子を発見したので、ニホンジカにおける初の事例として報告する。本症例では反芻獣で胎子奇形を引き起こす病原体の感染が奇形発生の原因となった可能性は低く、遺伝子異常が原因である可能性がある。

  • キーワード:ニホンジカ、胎子、先天性奇形、病理
  • 担当:中央農業研究センター・虫・鳥獣害研究領域・鳥獣害グループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

先天性奇形の発生は家畜では広く確認されており、発生原因として病原体の感染や遺伝子異常等が知られているほか、その症状や発生率等が報告されている。しかしながら、野生動物では先天性奇形の発見自体が珍しく、知見が殆ど蓄積されていない。野生動物における先天性奇形の症状や原因の把握は、将来的な感染症のアウトブレイクの早期検出や環境汚染の早期発見、野生動物と家畜間の感染症伝播リスクの解明に繋がる。本研究では、野生ニホンジカで初めて発見された重度の奇形胎子について、症状および発生原因を検討する。

成果の内容・特徴

  • 収集した野生ニホンジカの妊娠メス80頭のうち、1頭の子宮内から重度の先天性奇形胎子が発見され、本発見はニホンジカで初の記録となる(図1)。
  • 本症例のコンピュータ断層撮影および解剖では、白線の離開と腹部臓器の腹壁外への脱出(図1)、重度の脊柱後弯等の骨格異常(図2)、口蓋裂、鼻裂、右前肢指骨の過剰背屈、第3および側脳室の拡大、肺の分葉異常、鎖肛がみられる(図3)。組織病理検査では、脳室の拡大と上腕二頭筋の局所的な脂肪変位がみられる。
  • 病理検査と、反芻獣で胎子奇形を引き起こす病原体(アカバネウイルス、アイノウイルス、チュウザンウイルス、ブルータングウイルス、牛ウイルス性下痢ウイルス)の遺伝子検査の結果より、病原体の感染が原因である可能性は低く、80頭中1頭のみの症例だったことから、遺伝子異常が原因である可能性がある。

成果の活用面・留意点

  • 野生ニホンジカにおける先天性奇形の発生状況に関する情報を効率的に収集して実態を明らかにすることが、将来的な感染症のアウトブレイクの早期検出や環境汚染といった、シカ個体数の変動要因の把握につながり、シカ個体群を適切に管理する上で重要な情報となる。

具体的データ

図1 ニホンジカ奇形胎子の外観,図2 ニホンジカ奇形胎子のコンピュータ断層撮影図,図3 異常がみられた各部位

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)
  • 研究期間:2018~2020年度
  • 研究担当者:秦彩夏、須田遊人、佐伯緑、嶌本樹(日本獣医生命科学大)、吉村久志(日本獣医生命科学大)、山本昌美(日本獣医生命科学大)、藤原亜紀(日本獣医生命科学大)、神谷新司(日本獣医生命科学大)、播谷亮(東京大)
  • 発表論文等:Hata et al. (2020) Jpn. J. Zoo Wildl. Med. 25:141-145