植物共生細菌群集のメタゲノム解析のための細菌細胞濃縮法マニュアル

要約

植物共生細菌群集に関するオミクス研究のため、植物共生細菌細胞の抽出法を新たに開発し、普及のための詳細なマニュアルを提供する。

  • キーワード:植物共生細菌群集、群集構造解析、多様性解析、メタゲノム解析、非培養法
  • 担当:北海道農業研究センター・大規模畑作研究領域・大規模畑輪作グループ
  • 代表連絡先:電話011-857-9212
  • 分類:普及成果情報

背景・ねらい

農業や食品に関する研究において、植物に共生する微生物群集の多様性や機能性の解明は重要な課題である。しかしながら、従来の非培養法に基づいた試料調製方法では、宿主植物由来の物質やDNAが大量に試料に混入するため、共生微生物のDNA分析が困難であるばかりでなく、メタゲノム解析等のオミクス解析を行うことも事実上不可能であった。そのため、植物組織から共生細菌の細胞を物理的に抽出・濃縮する手法に改良を加え、普及のための詳細なマニュアルを作成する。

成果の内容・特徴

  • 共生細菌抽出用緩衝液:植物組織中には多くのフェノール化合物等が含まれるため、前処理として最初の緩衝液のみに酸化防止剤であるメルカプトエタノールを添加する。緩衝液中のTriton X-100は非イオン性で穏やかな界面活性効果を持ち、抽出操作過程における微生物細胞の植物組織や器具への吸着を抑制するとともに、核や葉緑素等のオルガネラの膜構造は効果的に破壊するが、細菌類の細胞壁には大きな影響は与えない。このため、核や葉緑素を効果的に除去しながら細菌細胞を濃縮することが可能となる。
  • 上記緩衝液中でブレンダーを用いて植物組織をホモジナイズし(図1A、B)、ろ過により植物残渣を除去する(図1C)。このろ過は、後に続く遠心処理をスムーズに行うために大きな有機物残渣を除くことが目的であるため、Miraclothのような比較的網目のサイズの大きい材料を用いて行う。
  • ろ液の低速遠心により、不溶性のデンプンや細胞成分、核、小さな有機物残渣等を沈殿させる(図1D)。得られた上澄み液を高速遠心処理し、細菌細胞をペレットとして回収する(図1E)。ペレットの緩衝液への懸濁と高速遠心を繰り返して葉緑体を徹底的に破壊・除去し、細菌細胞の精製を行う(図1F)。
  • 最後に、Nycodenzを利用した密度勾配遠心により細胞画分を濃縮・精製する(図1G、H)。Nycodenzは高濃度でも浸透圧作用を低く抑えることができ、かつ細胞毒性が少ないため、細菌細胞へのストレスが少ない。また、Nycodenzは化学的な反応性が低い上に水溶性が高いため、水洗により細胞画分を容易に除去でき、後に続く多様な分子生物学的な操作を阻害する可能性が低い(図1I)。
  • 本マニュアルの活用により、様々な植物種に共生する細菌群集についての多様性解析、メタゲノム解析、メタトランスクリプトミクス、メタプロテオミクス等のオミクス解析が可能となり、これまで困難であった植物共生微生物群集の多様性や機能性を解明するための研究に役立てることができる。本法による解析結果の一例として、窒素施肥がイネ根共生細菌群集に与える影響のメタゲノム解析結果を示す(表1)。この結果から、窒素施肥のレベルは窒素固定遺伝子、メタン代謝関連遺伝子、植物ホルモン関連遺伝子の多様性や機能性に影響を与えることが示唆される。

普及のための参考情報

  • 普及対象:農業・食品分野の国内外微生物研究者・研究組織、遺伝子分析受託会社
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等:国内外
  • マニュアルの詳細については下記の発表論文等の文献1)を参照すること。

具体的データ

図1 ダイズの茎または根を材料とした植物共生細菌の抽出例;


その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費、戦略的創造研究)、その他外部資金(SIP)
  • 研究期間:2016年度
  • 研究担当者:池田成志、大久保卓、鶴丸博人(鹿児島大農)、南澤究(東北大大学院生命科学)
  • 発表論文等:
  • 1) 池田ら(2016)植物共生細菌群集のメタゲノム解析 「メタゲノム解析実験プロトコール」 pp.124-130 (株)羊土社、 東京
    2) Ikeda S. et al. (2014) Microbes Environ. 29(1):50-59