堆肥中の死菌体に由来する有機物の獲得をめぐる微生物間の競合

要約

堆肥中に生息するミクソコッカス目やバシラス目に属する一部の細菌は、死菌体に由来する有機物(菌体バイオマス)を共存する他の細菌よりも優先的に利用することができる。これら細菌は、菌体バイオマスを栄養分として増殖可能な病原菌の競合相手となっている。

  • キーワード:菌体バイオマス、安定同位体プローブ法、堆肥、大腸菌、再増殖
  • 担当:北海道農業研究センター・酪農研究領域・自給飼料生産・利用グループ
  • 代表連絡先:電話 011-857-9212
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

家畜ふんに含まれる病原性大腸菌やサルモネラ菌などの病原菌は、堆肥化過程で発生する熱によって大部分が死滅するが、生き残った病原菌が再び堆肥中で増殖する"再増殖"という現象が報告されている。しかし、病原菌が再増殖する時に、堆肥中のいかなる栄養分を利用しているかは明らかになっていない。堆肥化過程では温度の変化や栄養分の消費にともなって微生物叢が遷移しており、その過程で死滅した微生物の菌体が再び栄養分として堆肥に還元されることから、この微生物に由来する菌体バイオマスが、病原菌の栄養分として利用されている可能性がある。
そこで本研究では病原菌による菌体バイオマスの利用を検証するため、マーカーとして菌体バイオマスを構成する炭素を安定同位体である13Cで置き換えた菌体バイオマスを作出して堆肥に添加し、その堆肥に病原菌のモデル微生物として大腸菌を接種する培養試験を実施する。接種した大腸菌や堆肥に土着の微生物が13Cで標識された菌体バイオマスを栄養分として取り込んだ場合、取り込んだ微生物の核酸(RNA)を構成する炭素が13Cで標識されることを利用した安定同位体プローブ法を用い、堆肥中で菌体バイオマスを利用している微生物を特定する。

成果の内容・特徴

  • 菌体バイオマスを唯一の栄養源として大腸菌を単独で培養すると、菌数は24時間で103から108 CFU/mlまで増殖する。菌体バイオマスは大腸菌にとって利用性の高い栄養源である。
  • 13Cで標識された菌体バイオマスを添加した堆肥の13Cの存在比は、3日間の培養期間中に1.21%から1.17%に低下する(図1)。培養中に堆肥中の微生物による菌体バイオマスの分解(無機化)が起きている。
  • 13C標識した、または非標識の菌体バイオマスを添加した堆肥、菌体バイオマス無添加の堆肥に大腸菌を接種・培養しても、培養後の3種類の堆肥の大腸菌数の間に有意差(p<0.05)は認められない(図2)。堆肥への菌体バイオマスの添加は、大腸菌数の増加に影響を及ぼさない。
  • 堆肥中では、ミクソコッカス目、バシラス目、アクチノミセス目およびリゾビウム目細菌など多様な細菌が、菌体バイオマスを有意に取り込んでいる(表1)。中でもミクソコッカス目細菌は、土壌などに生息し、生きた微生物を栄養源とすることができる捕食細菌として知られている。
  • 大腸菌による菌体バイオマスの取り込みは有意でなく(p値:0.265)(表1)、この結果は菌体バイオマスを添加しても大腸菌数の有意な増加が認められない図2の結果と一致する。大腸菌を単独で培養した時の結果とは異なり、堆肥中では大腸菌は菌体バイオマスを利用できない。
  • 大腸菌にとって菌体バイオマスは利用性の高い栄養分であるが、堆肥中には菌体バイオマスを優先的に利用できる細菌が共存するために、大腸菌による利用は制限される。これら細菌は、菌体バイオマスを栄養分として増殖可能な病原菌の競合相手となっている。

成果の活用面・留意点

  • 病原菌の再増殖に利用される栄養成分の特定、栄養分の獲得をめぐる微生物間の競合など、堆肥の衛生管理において重要な、病原菌の再増殖のメカニズム解明および再増殖抑制技術の開発に向けた情報となる。
  • 本研究では、乳牛ふんと麦稈を原料として2ヶ月間堆肥化した堆肥を使用している。菌体バイオマスは、大腸菌NBRC3301株を13C標識、または非標識グルコースを唯一の炭素源として培養し、90°Cで完全に熱失活させて調製している。菌体バイオマスとして1.3×109 CFU/g-堆肥(乾物)の死菌体を添加し、堆肥由来の大腸菌野生株を接種した後に30°Cで3日間の培養を行っている。

具体的データ

図1 堆肥の13C存在比の推移,図2 培養前後のバイオマス無添加および添加堆肥の大腸菌数の推移,表1 安定同位体プローブ法により菌体バイオマスを有意に取り込んでいると推定された細菌の近縁種とその類似度および全原核生物に対する相対的存在度

その他

  • 予算区分:、交付金、競争的資金(科研費)
  • 研究期間:2014~2018年度
  • 研究担当者:花島 大、青柳 智(産総研・環境管理)、堀 知行(産総研・環境管理)
  • 発表論文等:Hanajima D. et al. (2019) Environ. Int. 133:105235