多収性水稲品種「タカナリ」の高CO2環境下での蒸発散量は現在の水稲栽培と同程度

要約

開放系大気CO2増加実験に基づいたイネ・水田生態系の環境応答モデルの計算によると、将来の高CO2濃度環境で高い光合成能力を持つ水稲品種「タカナリ」を栽培する水田からの蒸発散量は、現在のCO2環境で一般的に栽培される水稲品種を栽培する場合とほぼ同じである。

  • キーワード:多収性水稲品種、蒸発散、群落光合成、高温障害、開放系大気CO2増加実験
  • 担当:農業環境変動研究センター・気候変動対応研究領域・作物温暖化応答ユニット
  • 代表連絡先: niaes_manual@ml.affrc.go.jp
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

高い光合成能力を有する作物品種の開発は、世界的な食料供給を支える戦略の一つとして注目されている。しかし高い光合成能力を持つ作物は、気孔を通したCO2や水蒸気などのガス交換が盛んなため、蒸発散による水消費の増大が懸念される。そこで開放系大気CO2増加(FACE)実験において、高い光合成能力を持つ多収性水稲品種「タカナリ」とわが国で現在広く栽培されている品種「コシヒカリ」の光合成や蒸発散に関わる生理特性を計測し、イネ・水田生態系の環境応答モデル(図1)を用いて、登熟初期における両品種の光合成と蒸発散の大気CO2濃度に対する応答性の違いを比較する。なお、既往の研究により「タカナリ」は「コシヒカリ」と比べて同じ環境下で10-30%ほど収量が高いことがわかっている。

成果の内容・特徴

  • 「タカナリ」は「コシヒカリ」と比べて気孔コンダクタンス(気孔開き具合を示す指標)が3-4割大きく、それに加えて光合成を活発におこなう群落上層の葉身窒素濃度が高いため、「コシヒカリ」より群落全体の光合成量が10%程度大きく、50年後に想定される高CO2濃度条件(現在より200ppm高い)ではさらに群落光合成量が増大する(図2(a))。
  • 同一CO2濃度条件で「タカナリ」の蒸発散量を「コシヒカリ」と比較すると5%程度の増加にとどまる。一方、高CO2濃度は気孔コンダクタンスを低下させ、蒸発散量を減少させるため、高CO2濃度環境で「タカナリ」を栽培する場合の蒸発散量は、現在のCO2濃度環境で「コシヒカリ」を栽培する場合と同程度である(図2(b))。
  • 同一CO2濃度条件における「タカナリ」と「コシヒカリ」の蒸発散量の差は、「タカナリ」の作物体温度(日平均)に約0.2°Cの低下をもたらす(図2(c))。
  • 1~3の結果から、「タカナリ」のような高い光合成能力を持つ品種を将来の高CO2濃度環境で栽培する場合の水消費量は、現在のCO2濃度環境で「コシヒカリ」などの一般的な品種を栽培する場合とほぼ同じであることが見込まれる。また同じCO2濃度環境において「タカナリ」の蒸発散量が「コシヒカリ」に比べてわずかに多いことで、日中の作物体の温度上昇を緩和できるため高温障害の発生を抑制する効果を持つことがわかる。

成果の活用面・留意点

  • 将来の気象環境に適応し、増加する食料需要に対処するために、本報告で示された「タカナリ」の持つ優位な特性を、今後の水稲の品種開発に活かすことが期待される。

具体的データ

図1:イネ・水田生態系の環境応答モデル;図2:イネ・水田生態系の環境応答モデルによって評価した、大気CO2濃度の変化にともなう水稲の光合成量(a)、蒸発散量(b)、作物体の温度(c)の変化(いずれも日平均値)。

その他

  • 予算区分:交付金、委託プロ(温暖化適応・異常気象対応)、競争的資金(科研費)
  • 研究期間:2015~2017年度
  • 研究担当者:伊川浩樹、吉本真由美、常田岳志、臼井靖浩、小野圭介、丸山篤志、桑形恒男、長谷川利拡、Charles Chen(Azusa Pacific University)、Martin Sikma (Wageningen University and Research)、中村浩史(太陽計器)、渡辺力(北海道大学)
  • 発表論文等:Ikawa H. et al. (2018) Glob. Change Biol. 24(3):1321-1341 DOI:10.1111/gcb.13981