高度な水管理のための水田水温シミュレーションモデル

要約

水田の熱収支モデルに、流入・流出による貯熱量変化や水深による田面の粗度長変化を組み入れることで、日単位の気象データから水田水温を精度よく推定するモデル。深水管理による水温上昇効果や灌漑時刻による温度変化のシミュレーションが可能になる。

  • キーワード:水温、水田、粗度長、熱収支、水管理
  • 担当:農業環境変動研究センター・気候変動対応研究領域・温暖化適応策ユニット
  • 代表連絡先: niaes_manual@ml.affrc.go.jp
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

水田水温は水稲の生育や収量を左右するとともに、温室効果ガスの発生にも多大な影響を及ぼす。しかしながら、深水管理による温度上昇効果や灌漑時刻による温度変化など、各地で経験的に知られている水管理方法による熱環境の変化は、既存の熱収支モデルではうまく説明することができない。そこで新たに、水深による水田表面(田面)の凸凹の変化に着目し、それを考慮した熱交換過程をモデル化することで、気象データから様々な水管理条件に対応して水田水温を精度よく推定できるシミュレーションモデルを開発する。さらに、同モデルを用いて水深や灌漑時刻による温度変化傾向を明らかにした上で、水温を制御する高度な水管理に活用できるルックアップテーブル(LUT)を整備する。

成果の内容・特徴

  • 本モデルは、作物群落と田面の熱収支に加えて、水体の流入・流出による貯熱量変化と水深による田面の凸凹の鉛直スケール(粗度長)の変化が考慮されており、それらに伴う熱交換特性の変化が数式として組み込まれている(図1)。
  • 水深が深くなると、地面の凸凹が水没することで粗度長が小さくなり、熱交換が減少するので田面が冷えにくくなる。開発したモデルではこの過程が考慮されており、これまで説明できなかった管理水深による水温の違いを再現することができる(図2)。
  • モデルでは、日単位の気象データ(6要素:日平均気温、日最高気温、日最低気温、水蒸気圧、日射量、風速)から水田水温の日変化が計算される。モデルの誤差(RMSE)は日平均値に対して約1°C以下であり、水稲の生育期間を通じて精度よく水温を推定できる(図3)。
  • 各地での水管理方法による水田水温の変化を、モデルを用いてシミュレーションすることが可能である。例えば、寒地で実施されている深水管理では、平均水温が最大で約2.5°C上昇することが分かる(図4上)。また、灌漑時刻によっても熱環境が変化し、夜間の最適な灌漑時刻では最低水温が最大で約1°C上昇することが分かる(図4下)。
  • 任意の気象条件(日最高気温・日最低気温)に対して、水田水温を最も高く(または低く)できる最適な灌漑時刻をシミュレーションで決定してLUTの形に整備することができる。このLUTを水管理のスケジュールに導入することで、生産者のニーズに応じて水田水温を制御する灌漑を実施することができる。

成果の活用面・留意点

  • 田面の凸凹が水温に影響を与えていることを明らかにした成果である。
  • 開発したモデルのプログラムを用いて、メッシュ農業気象データをもとに全国の任意地点の水田水温を計算するための関数が整備されている。
  • 最適な灌漑時刻のLUTは、水稲の冷害対策および高温障害対策において、適切な水管理を実施するために活用が期待される。

具体的データ

図1 開発した水田水温モデルの概念図;図2 深水管理(10cm)と浅水管理(0cm)の平均水温の差に対するモデルの再現性;図3 水稲の生育期間を通じた水温の
観測値とモデル計算値との比較;図4 水深(Dw)および灌漑時刻による水温変化の
シミュレーション(対象:札幌の6月の低温日)

その他

  • 予算区分:交付金、その他外部資金(SIP)
  • 研究期間:2011~2017年度
  • 研究担当者:丸山篤志、根本学、濱嵜孝弘、石田祐宣(弘前大)、桑形恒男、若杉晃介
  • 発表論文等:Maruyama A. et al. (2017) Water Resour. Res. 53(12):10065-10084 doi:10.1002/2017WR021019