イネの耐塩性遺伝子OsSOS2の変異は放射性セシウム吸収を抑制する

要約

イネの耐塩性遺伝子OsSOS2が変異することで、コメの放射性セシウム濃度は低下する。その原因は根のナトリウム濃度上昇に伴うカリウムトランスポーター遺伝子OsHAK1の発現が低下し、根の放射性セシウムの取り込みが抑制されたためである。

  • キーワード:放射性セシウム、イオンビーム、OsSOS2遺伝子、ナトリウム、カリウム
  • 担当:農業環境変動研究センター・有害化学物質研究領域・作物リスク低減ユニット
  • 代表連絡先: niaes_manual@ml.affrc.go.jp
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

農地土壌から作物への放射性セシウムの移行を抑制する手段として、水稲ではカリ肥料の増肥の効果が高く、2015年度以降、基準値(玄米の放射性セシウム濃度100Bq/kg)を超えるコメは生産されていない。一方、長期にわたって、省力的かつ低コストで行える新たな低減対策も必要である。放射性セシウムを吸収しにくい水稲品種は、従来の栽培方法を変えずにコメの放射性セシウム濃度を低減できるが、イネにおける放射性セシウム吸収に関する詳細な仕組みはこれまで明らかになっていない。
本研究は、放射性セシウム吸収が抑制されたコシヒカリ変異体lcs1から放射性セシウム吸収の低減に関与する遺伝子を単離してその働きを解明し、放射性セシウムを吸収しにくい水稲品種の開発に有益な情報を提供する。

成果の内容・特徴

  • lcs1はイオンビーム照射によって作られたコシヒカリ変異体である。土壌の放射性セシウム濃度が比較的高く(3,682Bq/kg乾土)、放射性セシウム吸収が高まりやすい低カリ条件(交換性カリ含量:7.0mg K2O/100g乾土、図1のカリ施肥なし)で栽培したlcs1の玄米中の放射性セシウム濃度(134Csと137Csの合計)は約40Bq/kgと、コシヒカリにおける濃度の半分以下に抑制される。さらにカリ施肥により、土壌の交換性カリ含量を12mg K2O/100g乾土まで増加させる(図1のカリ施肥あり)と、lcs1の放射性セシウム濃度は20Bq/kgを下回る。稲わらの放射性セシウム濃度も玄米同様、lcs1で低下する。
  • lcs1はイネの耐塩性に関わるタンパク質リン酸化酵素遺伝子であるOsSOS2に欠損がある。OsSOS2は本来塩害などのナトリウム過剰条件で根からナトリウムの排出を促す役割を担う遺伝子である。この遺伝子が変異したlcs1は、コシヒカリに比べて根のナトリウム濃度が高まりやすくなる。ナトリウム濃度の上昇は、放射性セシウム吸収を司るカリウムトランスポーター遺伝子OsHAK1の発現を低下させ、根の放射性セシウムの取り込みが抑制されることで、玄米の放射性セシウム濃度は低下する(図2)。

成果の活用面・留意点

  • lcs1は品種登録出願の予定である。
  • lcs1を利用する事で水田へのカリウム投入量を少なくでき、対策コストの軽減が期待できる。
  • OsSOS2の変異部位を検出できるDNAマーカーを用いることで、コシヒカリ以外の品種にも放射性セシウムを吸収しにくい性質を効率よく付与できると思われる。
  • lcs1は過剰のナトリウムに対して感受性を示す。そのため、沿岸部などの土壌のナトリウム濃度が高い圃場で栽培する場合、ナトリウム過剰害に留意する必要がある。

具体的データ

図1玄米(a)と稲わら(b)の放射性セシウム濃度(2016年の栽培結果);図2 lcs1におけるセシウム吸収抑制モデル

その他

  • 予算区分:交付金、委託プロ(除染農地)
  • 研究期間:2012~2016年度
  • 研究担当者:石川覚、林晋平、安部匡、井倉将人、倉俣正人、齋藤隆(福島農総セ)、小野勇治(福島農総セ)、石川哲也、藤村恵人、後藤明俊、高木宏樹(石川県立大)
  • 発表論文等:Ishikawa S. et al. (2017) Sci. Rep. 7:2432