チベット高原の高標高地域の温暖化は低標高地域ほどは進行していない

要約

チベット高原の4000mを超える高標高地点を含む2ヶ所、計16地点での12年間にわたる現地観測の結果と、チベット高原全域の気象観測所の統計資料の解析の結果、4000mを超える標高が高い地域の温暖化は低標高地域ほどは進行していない。

  • キーワード:気候変動、チベット高原、標高
  • 担当:農業環境変動研究センター・気候変動対応研究領域・影響予測ユニット
  • 代表連絡先: niaes_manual@ml.affrc.go.jp
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

チベット高原(青海-西蔵高原)は、平均標高が4000m以上で面積が約250万平方キロと広大なため、アジアの気候、さらには地球環境に大きな影響を及ぼしている。チベット高原は、地球温暖化に最も敏感な地域の一つと考えられている。気候の温暖化は、生育期間の拡大等によりチベット高原の50%を占める草原の生産性を向上させる可能性があるが、チベット高原の標高4900m以上の高標高地域では、気象観測がほとんど実施されてないため、高標高地域を含むチベット高原全域の温暖化の実態は不明である。
そこで、本研究ではチベット高原の高標高地域を含む2ヶ所の観測地点で12年間にわたって実施した詳細な現地気象観測の結果と、チベット高原の標高2750mを超える65の気象観測所(図1)の統計資料を解析し、高標高地域の温暖化実態を明らかにすることを目的とする。

成果の内容・特徴

  • 2ヶ所の現地観測地点で、それぞれ標高差約1200mの斜面に沿って実施した観測の結果では、両地点の各標高で、年平均気温の経年変化率には統計的に有意な変化傾向はないが、標高が4000mまでは年平均気温が経年的に上昇し、4000mを超えると低下する傾向がみられる(図2)。
  • チベット高原全域の65の気象観測所の1951~2014年の年平均気温の経年変化率は、標高3000m付近では約0.21~0.81°C/10年、4700m付近では0.30~0.45°C/10年と異なる。しかし、地点間のばらつきが大きく、チベット高原全域では標高と年平均気温の経年変化率との間に統計的に有意な関係はない。これは、標高に加えて、緯度の影響が含まれているためと考えられる。一般に、緯度が高いほど温暖化の進行が速い。
  • チベット高原を3つの緯度帯(30°N以南、30-35°N、および35°N以北)に区分すると、それぞれの緯度帯の年平均気温の経年変化率は標高とともに低下する傾向を示す(図3)。この結果は、図2で示した詳細な現地観測で得られた傾向と合致する。すなわち、チベット高原の比較的標高の高い地域の温暖化は、標高が低い地域ほどは進んでいない。
  • その理由として、標高が低い地域では都市化や過放牧による温度上昇を受けいている可能性があり、一方、標高が高い地域では氷河と永久凍土の融解に熱が配分されているなどの局所的な影響が考えられる。

成果の活用面・留意点

  • 従来、高標高地域は低標高地域より温暖化の進行が大きいと言われてきたが、観測所の多い低標高地域での人為的な影響により過大評価されている可能性を指摘でき、温暖化に伴う生態系の生産量の増加の将来予測を見直すために有用な情報となる。
  • チベット高原の高標高域での10年を超える気温の観測例は本研究以外にはなく、本成果はその現地観測によって導き出された貴重なものである。ただし、2地点のみでの観測結果からの帰結であることには留意する必要がある。

具体的データ

図1 チベット高原の標高2750m以上の気象観測所の位置,図2 現地観測を実施したDX(2005-2016年)およびBT(2006-2016年)の各標高の年平均気温の経年変化率,図3 チベット高原の緯度帯別の気象観測所の標高と年平均気温の経年変化率(1951-2014年)との関係

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(環境省、地球環境保全試験研究費)
  • 研究期間:2011~2019年度
  • 研究担当者:杜明遠、米村正一郎、李英年(中国科学院)、張憲州(中国科学院)、唐艶鴻(北京大学)
  • 発表論文等:Du M. et al. (2019) International Journal of Global Warming 18(3/4):363-384